愛はおしゃれじゃない | …

i am so disappointed.

ブログを本当に書かなくなった。以前はほぼ日課に近い感じだった頃もあったのだが、いまやさっぱりである。ブログに書くことが何も無いほど単調な毎日を送っているのかというと、そういうわけでもなく、というか逆にかなりいろいろな意味でヤバめな日々を過ごさせていただいている。そんなわけで、書くことが無いわけではなく、書けないことばかりがある、という感じである。

 

Negiccoの「愛のタワー・オブ・ラヴ」に「誰にも話せない ブログにも書けない そんな悲しみだって」という歌詞があるが、つまりこういうことなのだろうか。たぶん絶対に違うけれども。

 

Negiccoといえば、来週、新曲の「愛、かましたいの」がリリースされる。YouTubeでMVを観たが、あらゆる予想を覆す、なかなか攻めた作風であった。こういうの、本当に好きだ。このシングルのリリースイベントあたりから現場にも復帰しようかとも目論んでいたのだが、実際にはそうでもなく、相変わらず仕事やそれ以外のことに忙しくしている。

 

とはいえ、Negiccoへの興味が失せたのかというとそんなことはまったくなく、とある空間で行っているDJプレイの真似ごとのようなものではNegiccoや関連アーティストの曲がかかる頻度がひじょうに高く、また、ラスト2曲ははNegiccoの「さよならMusic」とShiggy Jr.の「Listen to the Music」と決めている(8月までは「サマータイムラブ」だったが)。

 

先ほど「悲しみ」という単語を用いたが、悲しいのかといえば確かに悲しい。しかし、それを知ることができたことは、私の人生をより生きるに足るものにしてくれたといえる。

 

現在の私はきわめてテンションが高く活動的だと思いきや、ふとしたきっかけで死にたくなったりするようなわりとガチでヤバめな精神状態ではあるのだが、その原因もまた信じられないというか、自分自身でも完全にひいてしまうような類いのものである。意外と常識人である私にしてみれば、狂気に片足突っ込んでいるのではないかとう行動を知らぬ間に取っていることもあり、つまりアイドルのイベントに行って和んだり癒されたりしている気分ではまったく無いのである。

 

では嫌なのかというとそんなことはなく、むしろこういうことのためにこれまでの人生があったのではないかと思えるほどである。と書いていて、自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。つまり、混乱しているのであろう。

 

今年は数年ぶりに年末に大阪に行くこともしないが、それもおそらくまったく同じ理由からである。

 

とにかく、やがて終わってしまうであろうことがあらかじめ分かっている時間を、出来るだけ引き伸ばしたいし、その意味の濃さを感じていたい。他のことに時間を使うのが、ひじょうに勿体ないのである。

 

思い通りなどということはあり得ないことだが、それでも後悔は少しでも少なくしたい。言葉にすればするほど、まったく何を言っているのかさっぱり分からない。

 

将来、この時期を振り返る時、それはどのような位置づけになっているのであろう。もう何もかもさっぱり分からない。とにかく夢中でやりまくって、すべてを振り切る以外に術はないのであろう。

 

こんな気持ち、うまく言えたことがない。

 

 

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