美しいものにふれていると、魂が浄化されていくような感覚を得ることができる。宗教的恍惚とは、おそらくこれにわりと近いものなのではないかという気がする。よくは分からないが。
この時期になるといろいろなエンターテインメント系雑誌などで、今年のベスト映画などが発表されたりする。これまでは、その中ですでにDVD化されていたり配信されていたものを順番に観ていったりはしたものである。
今年の場合、そういう気がまったく起こらず、ますます無趣味化が深刻に進行している。
記憶をなぞっている方がよほどドラマチックであり、より満足感が得られる。
ひじょうにイタいことを書いているなという実感はあるのだが、本当なのだから仕方がない。
これ以上のことがまったく何も書けない。語彙力の限界を感じる。その美しさは圧倒的であるため、言葉を失うというのは、まさにこのことなのだな、と思う。
また、寝ても覚めてもという言い回しは何らかの比喩や誇張的表現だとばかりずっと思ってきたのだが、まさに本当に寝ている時も起きているときも、とにかくずっとなのだなということを、今頃になってやっと身を持って体感した。
私がいま死なずに生きている理由の約97%はそのことに違いないと思うので、とにかくこの状態が一生続いていけばいいのに、と思う。まあ、終わったと同時に死んでしまえば、それでもちゃんと一生続いたということになるのだと思うので、それでも別にいいのかな、と思う。
いや、それはそれで美しいのだが、現実問題として迷惑をおかけする方々も少なからずいらっしゃるので、それはやはりよくないと思う。
ならば、何とかこの状態が続けられないだろうか。もしくは、続かなくても大丈夫なように、その尽きることのない魅力のすべてを自分のものにできやしないだろうか。いや、それは無理に決まっている。
まさかいい大人になってまで、こんなことで心を悩ませているとは思ってもいなかった。もちろん、嫌いではない。むしろ、最高である。心底望んでこうなっているとしか思えない。たぶん。おそらくそうなのだろう。だから、人生って素晴らしい。
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