(ライトアップで昼間とは見違えるようにゴージャスになった新宿御苑前のサクラ)
「お久しぶりですね。どうされましたか」
5年ぶりにお目にかかった友人A君の奥様にして、眼科医のB先生は私のことを覚えていてくれた。
「すっかりご無沙汰してました。よく覚えていてくれましたね~」
「だって顔が面白い、じゃなくて、主人のお友だちですから」
最近日差しがまぶしく感じるからことによると白内障ではないだろうか、
クルマの運転をしている時に昔より見落としが多くなったのは緑内障で視野が欠け始めたからではないだろうか事実つい先日も地域課のお巡りの存在を見落として罰金を食らったばかりです、
と縷々訴えると、アマテラスのような衣装に身を固めた先生は(ただの白衣だっての)私を天岩戸のような暗室へと誘い、「祓え給い~清め給え~神ながら守り給い~」と検査を始めた。
待つことしばし、神の憑代と化した先生からご託宣が下された。
水晶体の濁りなし。
眼圧正常。
視野の欠けもなし。
今のところ何の心配も要りません、とのこと。
ああ、よかった。先生さまありがとうございます。
(木星の写真? 違います健康そのものの私の眼球です)
(鴨ロースの脂のところ? 違います(何だっけ))
「じゃあ特に通院しなくても」
「大丈夫です。また来年の桜の季節にでもいらしてください」
先生さまはにっこり微笑んだ。
そうこうするうちに先生さまのダンナからLINEが来た。そっちに向かっているからしばし待ってろ、とのこと。
私が崇敬するのは先生さまの方で、そのヒモまがいのダンナなんぞには金輪際興味がない。
さっさと帰っちゃお、と会計を済ましているとあたふたとヒモ氏が飛び込んできた。その権幕たるやまるで美人局(つつもたせ)だ。
私が拉致された先は「築地銀だこ」である。
名にしおう歓楽街で銀だこはないだろ、と思いつつもそこは卑しい酒飲みの性、ジンジャーハイボールで乾杯するとツマミも店の佇まいもどうでもよくなった。
(眼科を訪れた友人にここで眼球状のものを食わせるのが楽しいらしい)
「商売はんじょで」
「ナカもってこい!」
外(ソーダ)を3本、ナカ(具のとこ)を6杯飲んだあたりで自慢のアップルウォッチをちら見したヒモ氏はやおら会計を済ました(←おごってくれたわけではない)。
続いて向かったのは「のぶ太郎」なるショボい居酒屋。開店が5時なものだから、「銀だこ」はそれまでの埋め草だったらしい。
(ペーソスフルな後ろ姿 全く売れない小説家といったかんじ)
(5時ジャストに入店したのに先客がお一人 ひょっとしてオーナーかも)
ここは安い。そして旨いツマミがずらりと揃っていた。
旨いだろ、安いだろ、とヒモ氏は得意満面である。
(イナダ、イワシ、赤海老、なかおち、ホタテ、ブリ これで800いくら)
我が八ヶ岳南麓の誇る銘酒七賢があったので(残念ながら風凛美山ではなく「天鵞絨の味」)1時間半ほど飲んでから、ヒモ氏はあたふたと夜の街に消えていった。
仕事が残っていたのか、先約があったのか。
なんにせよ忙しいところを私のために時間を割いてくれたことだけは間違いない。
65年使い込んだ眼球は健康、50年に及ぶ友情(というか腐れ縁だ)も健在。
そんな春の宵はどこまでも心地よい。