(阿佐ヶ谷「打ち薫る亭」)
老母の入院最後の日は、翌日からの介護老人保健施設入所の準備に朝から追われた。
老母の洋服ダンスから着易そうな衣類を選んでクリーニングに出しておいたのだが、仕上がりを明るい所で改めてじっくり見ると相当着古している。肌着もほつれがあったりしてとても他人様にお見せできるようなものではない。こうやって万事倹約して不肖の息子に少しでも多く残そうというのだろう、私はうれしさよりも不憫さが先に立ってあわてて西友とユニクロに行き、衣類一式すべて新調した。
(馬子にも衣装 明日はブルーのシャツを着てもらおう)
夕刻お見舞いがてら翌朝の晴れ着を母に届け、そのまま阿佐ヶ谷で何か食うことにした。
老母の様子を見るにつけ、何事も元気なうちが花、この際今のうちに旨いものをたらふく食っておこうと決意を新たにしたのである。手前味噌だがそれが倹約一筋で旨いものをロクに口にしたこともない老母に対するせめてもの恩返しのようにも思える。
旧中杉通りをブラつくと、以前鰻屋だったところに新しい店ができていた。「打ち薫る亭」というカウンター割烹である。品書きを見ると青森産軍鶏(シャモロック)と宮城産穴子がお勧めらしい。
(店内は雑然としているがカウンター席は広くて清潔感あふれる)
まずは
「シャモロック5種盛り合わせ」。
「穴子白焼き(ハーフ)」、
「イベリコ豚青唐辛子みそ焼き」、
「車エビ酔っ払い漬け(車エビを二週間ほど焼酎に漬け込んだもの)」
を注文した。
(つきだしは松茸のお吸い物 旨し)
(シャモロック5種盛り これも旨い ビールが進む)
(イベリコ豚 これはアイリッシュウイスキーで)
穴子の白焼きが出てきた。身の厚さからみると相当大きいサイズと思われるが、決して大味でなくどこまでも繊細で豊かな味わいだ。
(レモンと塩で穴子の旨さを存分に味わえる)
(酒は適当に選んだ篠峯(奈良 千代酒造)と天遊琳(三重 タカハシ酒造) 篠峯がより旨く感じられた
ので今宵はこれで行くことに)
品書きに「穴子刺身」があった。
穴子刺身は新鮮な穴子が手に入らないとまずお目にかかれないシロモノで、私の知る限りでは日本橋
「玉ゐ」で7~9月限定で出してくれる程度だ。
「刺身、旨い?」
「はい、旨いですよ」
というわけで、穴子刺身を追加。
(炙りをいれている)
「旨いね~。これは阿佐ヶ谷いち、いや杉並いちだな。ことによると東京いちかもしれない」
「え、ほんとですか。ありがとうございます」
「いや、ほんとに旨いよ。そうだ、ついでにさ(どこが?)、穴子蒲焼きでミニ穴子丼作ってくんない」
「はい、承知しました!」
(ちょうどよい分量のミニ丼)
飛び込みの店で白焼き、刺身、蒲焼きと穴子を堪能することができた。
子を思う母心が天に通じたのか、はたまた母を思う子の心が通じた命冥加なのか。約2か月にわたる
母の入院生活の大団円を飾るにふさわしい出来事であった(もっとも母は病院メシだが)。