旧鶴岡町消防組第八部消防ポンプ庫/旧風間家住宅丙申堂 【山形県鶴岡市】 | OUTDOOR 番外地!

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2024年4月28日(日)の記録です。

 

旧鶴岡町消防組第八部消防ポンプ庫ですが、国指定文化財等データベースのページによりますと・・・

 

大正8年4月の大火後に増強された蒸気消防ポンプ車の車庫として建設。

桁行3間半,梁行2間半規模のイギリス積煉瓦造で,瓦葺,切妻造,妻入とする。

平成8年,約60m曳家され,内川河川緑地内の公衆便所・公園管理倉庫として活用整備が図られた。

 

ということです。

 

では画像で簡単にご紹介します。

 

 

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次に向かったのが、旧風間家住宅丙申堂ですが、鶴岡観光ナビのページによりますと・・・

 

風間家は、鶴岡城下で庄内藩の御用商人として発展し、後に鶴岡一の豪商となり産業の振興に力を注ぎました。

明治29年丙申の年、武家屋敷跡に風間家七代当主・幸右衛門によって住居と営業の拠点として建てられた丙申堂は、薬医門(約200年前の武家門)のある商家として当時の繁栄ぶりをよく残しています。

約4万個の石が置かれた石置屋根が特徴で主屋を中心に4つの蔵や広大な板の間と大黒柱など、豪商の往時の面影を今に伝える貴重な歴史遺産として国指定重要文化財にも指定され、注目を集めています。

風間家の祖先は、越後の国 沢海藩(そうみはん)(現在の新潟県中蒲原郡横越村)の武士でした。

村上で商人となり さらに酒田に移り、鶴岡には18世紀後半に移住したと伝えられています。

創業を安永8年(1779年)としています。

その後、鶴岡城下の五日町(現在の本町一丁目)で庄内藩の御用商人として呉服・太物屋を営み、幕末には鶴岡第一の豪商となりました。

明治時代には貸金業に転じ、庄内地方では酒田の本間家に次ぐ大地主に成長。

その一方で児童福祉などの慈善事業や幼稚園経営を支援。

昭和20年代には 丙申堂で女子教育を行っていました。現在は育英事業等に力を尽くしています。

明治29年(1896年)に、風間家7代当主 幸右衛門が、住まいと営業の拠点(店舗)として建てられたもので、広大な板の間や蔵など商家の特徴をよく残しています。

この年の干支が丙申の年であったことにちなみ「丙申堂」(へいしんどう)と名づけられました。

主屋を中心に、南側は道路に面し、薬医門と前蔵、西側に中蔵と奥蔵、北側に内蔵(金庫蔵)があり、座敷や茶の間など部屋数19室、計180畳の和室、広大な板の間、大黒柱が当時のままに残っています。

この建物は、明治27年の酒田地震を教訓にして建てたと伝えられ、広い板の間にかかる梁をトラス(三角形)状にするなど工夫のあとがみられます。

平成8年12月に主屋、同11年6月に表門(薬医門)・各蔵・板塀などが国指定登録有形文化財の指定を受けました。

また、同12年12月に主屋・各蔵・便所・浴室が国指定重要文化財となりました。

 

と、長々と失礼しました。

 

では画像で・・・

最後の2枚、石屋根がハイライトになりますかね~

 

では次回、同じ風間家の釈迦堂をご案内します。

 

 

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