キャノンボ-ルラン2
その光景に絶望にしたのは私だけではない。
私は絶望し、妻は私に失望している。とりあえず突き当たりまで行ってみるしかなかった。
ユ-タ-ンは基本的に選択肢にはないことになっている、時間を非常にロスッタ気分を味わいたくないしカッコ悪いうんぬんのまえに妻にも味合わせたくない、年令を重ねた事は重要なファクタ-にはなっていないと思う。
ドンつきまで車を運び確実に突破は無理と判断した私はすぐに次ぎのエスケ-プを見渡した。左を見ると普通車1台が通れる実に見事なまでに二等辺三角形状をし鋭角に阻まれた小さな交差路がある。どうやら住宅街へと続く生活道路のように見える。鋭角をカワしてハンドルさばきも鮮やかに進入してゆく。
さいわい対向車はなかった。両サイドは高いコンクリ-トの塀が城壁のようになった住宅が行く手をはばむかのように聳え立っていた。
住宅街は入り組んでいて道も狭い、先の見えない鋭角や限りなく鋭角に近いカ-ブをくねくねと走り希望をつないだ。いつデッドエンドになっても不思議はない。
そしてそれはこのレ-スの負けを意味する。
妻の目なぞ気にしていられない、何としても抜ける、この際トイレも我慢してもらう。
すてる神あればひろう神ありなのか小さな城壁都市は私と妻を受け入れてくれた。
そして国道か県道かわからないが私達の希望を繋いでくれた。その上、T字交差までみちびいてくれた。一瞬迷った後右を選択した。太陽の傾きが頼りだった。
その先はゆるく長い下り坂がほぼ直線を画いており中央を貫く白線が希望の糸に思えた。
なんとなくではあるがその希望の道が私と妻の目的地に繋がっていると感じていた。妻も同じ気分で一安心といったところだろうか。
そして暫くの間車を走らせた時、妻が聞いたことのない地名を口走った。大きな声で叫ぶように行けるよ行けるとハシャギながら、もうすぐだよ、もうすぐ。だってここ松ヶ丘の裏だもん。
そのまま行けばすぐそこが蘇我だよ。ウチウチ。
妻の方向感覚には絶対の信頼を寄せている私は、ほんの僅かな不安を消し去り突き進んだ。それしかすべは残されていない。信じるしか。
妻の言葉は確実だった。
前方に京葉道路の高架橋が道路を斜めに切り裂いているのが見えた。
ヨッシャいける、あとは入口を探し高速を風のごとくぶっ飛んでゆけばいい。
高架橋をくぐり、なおアクセルをあけた。見たことのある風景が眼前に展開してきた。以前に妻と2人で房総に遊びに行ったときに妻が地図で一生懸命探し当てた道だった。
いずれ道は上り坂になり、下り坂になりを繰返して右眼下に京葉道路が見えてきた。
一瞬並走する私ラの道路は京葉道路をはなれ、隣接する十字路交差点にさしかかり信号を確認して一気に左に曲がった。妻は覚えていないが妻が見つけた道、私の頭にはシッカリと記憶されていた。
その先が緩やかな右カ-ブを有する短いトンネルである事もインプットされている。
緊張と集中のはざ間でヘッドライトをすばやく点しトンネルに入っていく私と妻と愛車。
まだ陽は落ちていないのにトンネルにはオレンジ色の誘導灯が等間隔に光をはなっていた。トンネル内は2車線で少し進むと左側に車列が見えた。そのすぐ先には陽の光が差し込んでいる。
なぜか右車線に車列はなかった。私は迷う事なくウインカ-をあげ右車線に移った。私は身体をドアよりに預けアクセルをあける。
けたたましいクラクションが短いトンネルに響き渡った。
正面から走ってきたRVタイプの車がパッシンクとクラクションの嵐を浴びせながらブレ-キをかけた。
トンネル内は私と妻からは上り坂になっている、全て理解しウインカ-を左に上げ同時にキャッツアイに乗り上げながら車線を戻した。
さいわい左後部に車両が来ていなかったのも助かった。
何人もの対向車線からの罵声や恐ろしいまでの形相をしり目にトンネルを抜けた。
妻は大笑いしていた。これで3回目だね、ひさびさにやったねえ、ひさびさにやったねえ。逆走、ひさびさに見せてくれるねえ、逆走。やってくれるとは思っていたけど。なんどもなんども言って楽しそうに笑っていた。
私はそれどころではない。
京葉道路の入口を全神経で探っていた。よもや私の頭のなかでキャノンボ-ルラン優勝の栄冠がよぎった。
可能性は限りなくゼロに近いがゼロではない。
栄光のルマンだ。
ようやく見つけた京葉道路の貝塚入口、妻が、もう乗ろう!高速ならすぐだよ、優勝の可能性もゼロではないかも。私もまったく同じ事を考えていた。
高速入口付近の通行量は少ない、一気呵成とばかりETCバ-をくぐりぬけギアを落とすとメいっぱいアクセルを踏みこんだ。
もうすぐもうすぐと妻も一緒に運転している気分になって楽しんでいる様にみえた。
栄光のフラッグはもしかしたら私達の手に。蘇我だよね、蘇我だよね。
いずれ緑色の行き先通行表示板が徐々にちかづいてきた。嫌な予感と気配を2人とも心のどこかで感じとっていたのだと思う。
表示板には(東京)という文字だけが無情にも白抜きで、はっきりと2人の目に飛び込んできた。
闘いは終わりを告げた。
ふんばっていた右足をアクセルから離すと垂直に立ったスピ-ドメ-タ-の針は一気に左方向へ落ちていった。
小さな声で静かに2人でまた笑った。でも心のそこから笑った。
驚いたことに妻はまだあきらめていなかった、せめて2着2着!
妻は不屈だった。
私の心は完全に折れていた。スピ-ドメ-タ-の針が倒れてゆくみたいに。
どうでもいい、私は愛車の計器類をチェックするとゆっくりとシフトノブをもとにもどした。
追記とお詫び
私がトンネルで逆走した時、よけてくれた対向車の人へ
3月20日15時30分頃に名前はわかりませんが右カ-ブしている短いトンネル内で逆走していった者です。
誠に申し訳ありませんでした。心からお詫び申し上げますと同時に今後、この様な事がない様安全運転に充分注意致します。本当にすみませんでした。
つぎのインタ-を降りると長めの交差点をユ-タ-ンして、もう一度高速に乗り目的地を目指した。ねこのはなし
私の家には黒いねこが一匹住んでいる。犬はひとに懐き、ねこは家につくといわれるが全くそのとおりだと思う。
その昔、ねこをくれた友人に預けて1週間ほど旅行をした事があって、帰ってくるなり大急ぎで妻と2人で愛車を飛ばし、新宿の若松町という小さな町にある友人宅に駆けつけた。
大久保通りを神楽坂方面から新宿に向かってしばらく走ると右側に大きな病院がある。少し小さなロ-タリ-状になった脇道を入ったところに友人宅はあった。
脇道の少し手前あたりにくると、のらねこなのか友人宅にすんでいるねこなのかわからないが、数匹たむろしていたり、よその家の塀の上を歩いたりしていた。
別の友人は(はあはあ、ねこ屋敷の人ですよね。)とよんでいた。
当時、友人宅には、ねこが約20匹ほど住んでいた。玄関を入り友人へのお礼もほどほどに全力でうちのねこを探した。
私は幼少期よりずっと犬を飼っていたので、頭の中のイメ-ジだと向こうが私を見つけ尻尾をプロペラのように回しながら正面衝突さながらの勢いで突進してくるものだと思っていた。期待は見事にうらぎられ私が一瞥した瞬間、同じく多分20匹近いねこが、玄関に立っている私と妻を一瞥した。
友人宅にはいろいろな柄のねこが当然いるわけで、もちろん黒いねこも何匹かわからないが居る。
名前を呼んで寄って来るくるはずはなく、数匹居る黒いねこのどれが自分等のねこか判らない。友人も(あれ、どれだっけ?)とか言って探してくれているのだが、ねこ達は飯を食うのに夢中で訳がわからない。あれれ?みたいな雰囲気につつまれながら、さらに名前を全員で連呼した。
ひとしきりたって、ずっと奥の方の餌場で飯をくっていた一団にいた黒いねこが、人間ではあり得ない、しなやかで柔らかい身体を駆使し首だけを玄関に向けた。
長く、すっと伸びた自慢の尻尾越しに振り向いたねこは、うちのねこにそっくりだった。さらにそいつに向かって名前を呼ぶと我々の方にゆっくりと歩き出した。
妻は友人宅に数回訪れた事があるが、極力息をしない。友人には申し訳ないが家全体がねこのトイレやえさの匂いで妻にとっては異臭となっている。
私と妻に歩み寄って来た黒いねこは、残念ながらうちの黒いねこではなかった。とても不思議な行動だと思う。
不思議なねこがきびすを返し再び餌場に戻り始めたその時、さらにずっと奥の方でこっちをじっと睨んでいる黒いねこがいた。まぎれもなくうちのねこだった。
私はすぐに友人宅に上がり愛猫のもとへむかった。妻は友人宅に上がるのをためらっていたがそれは致し方ない。妻はアレルギ-を持っている。
なんと私が愛猫の名前を呼びながら近づいていくと愛猫なのに、警戒の姿勢をとり、そして逃げた。ショックというより驚いた。私は友人と違ってねこのプロではないし、はじめて飼ったねこだった。ねこの習性を理解出来なかった。
ねこは不思議。
一番最初に不思議に思ったのは、なぜうちのねこは朝可愛くないのだろう。可愛くないというよりか顔が怖いのである。仕事が終わり帰宅するといわゆるイメ-ジどおりの可愛いねこに戻っている。しばらく理由がわからなかった。だから朝はあまり可愛がらなかったし、夜になるとよく遊んだ。
ねこの目は明るいうちはヘビの目をしている。夜になると瞳が大きく丸く、そしてエメラルド色に変わるつくりになっている。(そりゃ ぜんぜん違うわ)と気付いたのがいつ頃だったかあまり記憶に残っていない。あまりじゃなくてほとんどか。多分、ねこにしかわからないんだろうと思う。(なんで急にこんなに可愛がってくれるんだろうなあ?こいつ?)って。
あと、ねこが高い所にジャンプして飛びのる時に私は当然の様にねこの身体能力のたかさに驚いていたが、ある時雑誌かTVで、飛びあがって着地する時に後ろ足から着地している事を知った。しかし、信じなかった。通常ねこはあり得ない高さまで助走なしで跳ね上がる能力を持っている。私なりに考えたら(ふつう、前足からでしょ。)って結論したからである。勿論のこと妻も信じなかった。しばらく観察の時間を費やした。そしてその瞬間がやってきた。一瞬からだを小さく丸め自慢の長い尻尾を丸めた身体にまきつけ、上をじ-っとみつめる。そして飛んだ。私もじ-っと見つめていた。
ねこは確実に自分の身体の何倍もあるランディングポイントに後ろ足から着地していた。マサイ族がそのまま高い場所へ飛び移るかのごとく。驚いた。
最近では家の雨どいにねこの足跡がついているのを妻が見つけた。つまり垂直に伸びている雨どいを頭を下にしておりてきているのである。雨どいについた肉球の模様がおしえてくれた。
ねこが高い場所へジャンプするとき、ねこの位置からでは自分が行こうとしている先がどうなっているか、例えばそこに物がおいてあるとか、平面で自分がちゃんと着地出来るかなどの様子は全く見えない。しかし、ねこはまるでその先が見えているかのごとく飛ぶ。そして確実に着地する。何度もくりかえしていれば何気ないことで人間から見ればねこはスゴイね。で終わりだけど、まずファ-ストトライがあるわけで、こうもりやイルカが超音波で障害物を探知するのと同じなのか?もしかしたら、ねこには見えているのかもしれない。いろいろな事が。
一度いつも飛びあがる場所に水の入ったコップを置いてみた。そしてねこの位置からはそれが見えない事を確認してしばし待った。そしてねこは飛んだ。見事であった。勿論コップは倒れていない。決して広くないランディングポイントにしっかりと後ろ足から着地した。
不思議でしょうがない。
あるいは、チキンア-ムロックみたく後ろから軽く抱いて鼻を近づけると後頭部からうなじ、首筋にかけて、甘くキャラメルソ-スみたいな香りがする。ウソではない。
自称鼻の良い妻にはそれがわからない。私の方が鼻がいい。
いったい、ねこの謎はどれくらい解明されているのだろうか?
古代ロ-マ帝国でねこは神とされていた。一方で時代や国によっては不吉な生き物と忌み嫌われた。日本の化け猫のように。これほど人間に翻弄された生き物も少ないと思う。
私はねこを飼うようになってから基本的にダ-ウィンの進化論には落ちどがあると信じて疑わない。ダ-ウィンが地球上の全ての動物を事細かに観察したわけではないと思うし、ダ-ウィンだって人間だからミスもするでしょ。大筋では当たっているんだろうけど。
シ-ラカンス発見!にしても、もしダ-ウィンが生きていたら(チョットまって)ってなると思うし。
ねこにはきっと科学では解明出来ていないことが多い人間にもっとも近い生き物だろうと思う。
ちなみに私の友人はねこに取り付かれていて、ねこのために人生を生きているような人です。奥さんと2人で同じ職場で働いていて、帰宅するとまず10個近くあるねこのトイレを掃除する、次は家中の掃除、最後にねこに餌をあげて水をあげる。そのねこ達に囲まれて2人で夕食をとる。生活の中心はねこだった。私にはそう見えた。
以前友人と話したことがある。人間至上主義をねこ達は苦笑いしているのではないかと。
20匹以上、あるいは半野良を含めれば30匹近いか、とにかくすべてのねこが健康で可愛くて体毛がファサ-っみたいなねこではない。いわずもがな。
私はその友人を尊敬している。
キャノンボ-ルラン
妻の実家は千葉のとある街にある。通常なら車で30分ほどの距離だ。
3連休の初日ということもあり、多少の渋滞は覚悟していたのだが、これがとんだ計算違いにまきこまれた。
季節も気候も良かったためか、どの道路も観光地に向かうであろう一般車両でうめつくされていた。ご先祖供養がすんだ後、3台の車でつるんで向かう算段となり、私と妻の車が最後尾を持つかたちで一路妻の実家へ向かう。
私の車には戦闘機さながら今時はほとんど見かけなくなった大きなカ-ナビゲ-ションシステムが装備されているが、壊れている。システムが壊れているから当然本来の機能は果たさない。代わりにCDプレ-ヤ-としてアナログな音質で好きな音楽を楽しめる。
先頭を疾走してゆくのは弟家族、義父家族、私と妻の順。
首都高速7号線から市川を抜け途中渋滞を避けるために幕張で高速をおりて国道16号にはいった。運の悪い事に高速が渋滞していれば当然国道16号も渋滞しているわけで、ここからが本当の渋滞のはじまりだった。私はうまれながらの方向音痴であり、あとは弟のカ-ナビに運命ををあずけた。
何台か先に弟の車と義父の車を追尾確認しながら車を走らせた。しばらくのあいだ渋滞は容赦なく続いた。キャノンボ-ルの口火をきったのは生来が江戸っ子で短気な気性をもっている70歳を越え、なお新型ワゴンRを操る義父であった。穴川を少しばかりこえた京葉高速のわきを並走する一般道のとある交差点にさしかかった時キャノンボ-ルの火蓋はきっておとされた。
突然先導してくれている弟家族の車と義父の車がル-トを割った。弟家族は直進、義父の車は右折レ-ンに進入した。弟のデジタルル-トか義父のアナログル-トか選択をせまられた。一瞬迷った後、弟のデジタルル-トをとった。デジタルル-トが渋滞の波に呑み込まれるのに時間はかからない。
わるいことはかさなるのが世の常で私の妻(おしっこしたくなってきた)。妻のこの一言に私はなれている。しかし妻は慣れていない。生理現象に慣れている人は数少ないだろう。妻はコンビニのトイレを忌み嫌う。理由は妻本人にもよくわかっていないのだと私は思っている。妻の好きなトイレは銀座の高級デパ-トか恵比寿駅アトレのトイレ。
さらにしばらく車を走らせても一向に渋滞の波はひく気配をみせない。デジタルル-トを選択した私と妻の車はとうとう信号渋滞にとっつかまった。ここまでくると妻の尿意も少し沈静化したみたいで基本的にアタックタイプの性格を秘めた妻が、(誰が一番にゴ-ル出来るか)と気持ちを切替えた。そして私に一番でゴ-ルしろ!との目線を送ったのを4台前にいる弟の車を確認しながら気配で感じた。まず今迄のル-トを整理した、幹線道路が空いていてもなぜか裏道を颯爽と疾走して行く義父に勝目はないと判断した。それにデジタルル-トとアナログル-トに別れてから時間がたち過ぎている。どう甘くみても勝目はない。義父のタイヤがパンクでもしないかぎりは。
しかし妻の手前もあり男としてビリはカッコわるすぎる。私も当然1番でゴ-ルして愛車のボンネットを空けゼンゼン余裕だったぜとカッコつけたかったしね。とりあえず信号渋滞はヤバイので脇道に入った。
運よくバス通りみたいな広めの道路に合流できた。ヨッシャとばかりギアを落としアクセルをあけた。
標識にそって千葉駅方面に突っ走った。市街地をぬけ信号渋滞をカワすことに成功した私は妻の方を見た。妻もやったねと尊敬の眼差しではなく自分が危機を乗りきった気分になってよろこんでいた。
こうなるといろいろな角度からビリはありえないわけだし、私のプライドがそれを許さない。もう一度、ル-トを割ってからの時間を計算し優勝の可能性を考えた。優越感にひたる私と妻と愛車に考えをめぐらせながら。ふと前方をみると2~300メ-トル先で道がなくなっていた。