妻と黒猫と腰痛と不眠症と戦うデスパレートな男の日記 -55ページ目

勝負の時

今日は妻を誘ってパチンコに行くことになっている。


いつ以来だろうか?

妻は無類のパチンコ好きで、勿論私もパチンコ好きである。

久々のパチンコと言う事で、妻の表情は稀に見る輝きをはなっている。



はなしは突然ですが、車のミラ-を自分ちのかべにぶつけ、少し精神的にダメ-ジを、うけましたので、また、ブログの続きを書くことにします。







































































































日がな1日運転手

1日遅れの日記


昨日は1日わが妻の運転手をつとめた。

ほぼ、1日中一緒にいた気分になるもの、つかれるがおもしろいし楽しい。


普段、あまり動かない私は、よるになると疲れきっていた。


よる、持病を抱える愛猫に少し遅れの(通常は朝8:30と夜8:30に投薬してあげなければいけない。)薬を、ねこにとっては、大変な苦痛であろうが、(なにしろ、一番デッカイ薬は、自分の目玉の半分近くある。)をあげた。


ここのところ獣医師のおかげで、調子がいいのがありがたい。

なにしろ、今年でたしか15さいになる。


にんげんでいえば、かなりのジジイ?という計算だ。人間にねこの年令を勝手に、あてはめるのもどうかと思うが、世の決まり。


まだ、ぜんぜん元気だし、ねこの能力を全開に駆使し楽しんでいる様に、私には見える。


ラッツアンドスタ-のクワマンのブログを読んだ。

親子で仲良く肩をくんでいる写真が印象的だった。


相変わらず、クワマンはおっかなそうな顔をしている。

歳をかさねても、とんがっている。

テレビでは、最近見ないがふざけている印象が強いが、おこるとまじでヤバそうな感じがする。


大阪の食い物屋の記事が、写真とともに紹介されていた。

いか焼きが美味そう。


いかは、妻の好物。はらわたまで塩からにして、至福の顔でご飯の上に、ちょビットずつのせる。


以前、近所のス-パ-で、目を皿のようにして、魚介専門コ-ナ-をぐるぐると徘徊し、彼女なりに「これだ!!」。という見るからに、プリプリした活きのいい、いかを手にいれた。。


帰ってきた妻は、嬉々としながら、真っ先にス-パ-のロゴがバチっと入った買い物袋から、いかをムンズと取り出した。


先ほどの泳ぎ出しそうな、活けているいかは、無残にも解体され、かわと足だけにされてしまっていた。

そして妻がもっとも楽しみにしていた内臓が見当たらない。


妻は当然、突風が吹き荒れる様に文句をいった事があった。


私は、そんな妻を見ながら「そんなに大事なら」店の人に、前もっていえば良かったのに。」とアドバイスのつもりで言ったら、猛反撃にあった。


「ふつう、すてないの!。一番美味しいところなんだから!すてないの!。ふつうはね。」といっていた。


私は、そういうものなのかあ、と素直になっとくした。


私は塩からを食べる習慣があまりないので、江戸の食文化というか、気質というか

、こだわり、みたいなものを、その時にはじめて知った。

きっと、あの丸々と太った大きなイカからは、少ししかとれない大変に、レアな食材なのだろう。妻にとっては。


そう言えば「バカじゃないの」といっていたような気もする。

よほど頭にきたのだろう。よかった私のミスじゃなくて。


ゆうべ私はベッドメイクや、妻のお気に入りの湯たんぽを早々に準備し、疲れきった体を風呂もとばして、居間のホットカ-ペットに横たえた。

なんとなくTVを見ながら、そっと目をとじた。


妻がもう寝るの?と一言。

うううん、寝ないよ。と私。

でも、目つぶってるジャン。

いや、目を休めているだけ。

うそだね。

うそじゃない。


ほら、やっぱり、寝てるジャン。

うん、疲れた。


妻は凛とした顔で、私を見た。

おこっているわけでもなく、かといってハッピ-な顔でもない。感情をおさえた綺麗なポ-カ-フェイス。


朝、9時に目覚めた私はあわてて、愛猫に薬を与えご飯をあげた。

私が起きて行くと、愛猫は「にゃあ-!にゃあ-!にゃあ-!にゃあ-!」と、言ってずっと私に抗議していた。

「何やってんだ?こっちは腹も減っているし、第一に、薬ど-すんだ、薬!。また具合悪くなるだろうが!おお!」

とでも言っているように私には聞こえた。


私は、「すまない!っ」と口にしながら、薬を与えた。

あわてていたので、あげかたが悪かったのか、「苦しい、のどが苦しい。」とばかりに、私をギョロリと睨み、右手で私の手を引っ掻く。


乾燥フ-ドとデリシャスな感じの生餌のどちらがいいか?愛猫にというより、今となっては相棒か?

に声にだして聞いてみる。

はじめにドライフ-ドを相棒専用食材BOXからとりだして、昔恵比寿にあった高級食器店で購入した、相棒専用トレイにサ-ブする。


やっと相棒の怒りもおさまり、フンフンと匂いをかいでどちらが美味そうか、首をふりふり確認している。

とりあえず、お気に入りのカリカリ食感を、ぽりぽりと食べる相棒の姿を確認しつつ、居間に戻った私は、コタツに入ってTVをつけた。


すぐに食事を終えた相棒は、私の膝のうえに乗り、食後の満足感とコタツのぬくもりを感じながら、びよ-んと伸びた姿でくつろぐ。


こんな日々があと何年続くのやら、いつか、必ず終わってしまう、刹那的な小さなしあわせな時間を、相棒と私は共有できた気がした。


昨日、妻と約束した。

今日はパチンコで勝負する。


妻の寝相と寝顔

私の妻は良くねむる。

ねこのように良くねむる。


妻は喘息を患っているので、夜中に何度もおきて、薬を飲んでいるからである。

喘息の発作は、見ているこちらが死んでしまいそうになるほど恐ろしい。


妻は東京の下町の生まれで、まあ、言ってみれば剛田武みたいな性格をしていたそうだ。

幼少期は常に男子との喧嘩にあけくれ、すてごろでは無敵を誇っていたそうである。

幼少期というのが素敵な感じがする。

妻の必殺技はマウント。相手はなすべもなくボコボコにされる。

なんでも義母が、よく幼稚園の先生から(また、喧嘩してますよ)となかば、あきれた口調で電話を受けたそうだ。

彼女よりひとまわりも、体の大きな男の子がいて、互いのチャリンコがぶつかって、すっころんだとき、彼女のほうから謝ったのに、男の子が、彼女を突飛ばしたことがあった。

彼女は烈火のごとく怒り、男の子から眼鏡をひったくり、地面にたたきつけて、ふんづけ、こなごなに破壊した。


そんなバイオレンスな妻なので、少しでも、女の子らしくと、妻の両親が近所のお寺さんで、書道をならわせた。

妻のどんなカンにさわったのか、妻は教卓机に「こんな寺燃えちまえ」と、書置きを残し寺を去っていった。そんな彼女が私は好きである。

きっと彼女の言い分が、正しかったにきまっている。


妻の産まれは文京区にある病院。結婚まえの本籍は墨田区。育ちは江東区。と縄張りは広い。


当時、東京の下町にある亀戸という街の9丁目で妻一家は暮らしており、そこで彼女の武勇伝はとどろいていた。9丁目というのがまた面白い。

東京都内で9丁目というのはあまり聞いたことがない気がする。

すぐ近くを、多分、当時あったかどうか、ぽんぽん船が通れるほどの川と、少しはなれて荒川が流れている。

はなしによると当時は、当時当時というと戦後みたいだが、そうではなく、日本が高度経済成長真っ只中のはつらつとした昭和である。


妻一家が暮らしていた界隈には京葉道路という、下町では有名な大きな道路があり

、当時はちんちん電車が走っていたらしい。

妻は仲良しで同い年の従姉妹と京葉道路を、右から左、はたまた、左から右へ走って横断していた。

今、その当たりを愛車に乗って二人で通るたび「考えられないでしょ?」と笑いながら思いでをかたる。


私は幼少期に車にひかれた。夏まっさかりの、良く晴れたすごく暑い日だった。


現在も亀戸9丁目という交差点がある。

その角に交番がある。当時からあったらしく交番の警官は何をしていたのかと不思議でならない。


かめクかめクと妻と二人でよく口にする。地の人は、(かめきゅう)と呼んでいるらしいが、それが昔、某宗教団体があったサティアンかピカチュウに聞こえておもしろい。


そんなデッカイ道路の近所だから、当然、空気は(雰囲気)ではなく大気は汚染されていて、その汚染された空気の中で、日々暴れまわっていた影響もあるのかも知れない。


汚染された空気は、容赦なく小さな女の子の気管支を確実に破壊していった。

それを危惧した妻の両親が、空気の綺麗な千葉に引っ越したときいている。


難儀なはなしだ。


そんなこんなで、妻はとにかくねる。

もってうまれたファイタ-の血は、今でも建在で、ねむっている時でも彼女は決して油断はしない。

両方のひじを真横ひひらき、手はグ-を握り、むねのまえでそろえている。

カラテの基本稽古にある、裏拳肘うちの姿勢である。


妻の腕は細い。

ひじがヤリの様にとがっている。

私が寝返りをうつと、ヤリみたいなひじが私の顔に突きささる。私は当然のように

一発で目覚める。


いわゆる一撃必殺で、暫くは痛みが残る。


私は徐々に、ベッドの端へおいやられてディフェンスラインをわってゆくことになる。

目覚めた時、ビックリするほどベッドの端にツライチになってねていた自分がいる。


何年も一緒に寝ていれば、気配を察知することは、さして難しいことではない。

そんな状況であるからして、私は動けない。これが剣術でいうところの一足一刀の間合いなのかと感心した。


仕方がないので、レスラ-がマットから転がり落ちるようにベッドから降りる。

一度、軽く妻の身体を押してみた。ディフェンスラインを押し上げ様としたら、容赦ないヒジ打ちが私の顔面を砕いた。

それ以来、一足一刀の間合いをとられたら、二度と妻に触れないようにしている。


何度か、こちらが白旗を高だかと掲げているにもかかわらず攻撃を受けたこともある。


その一方で彼女は、まるで蝉が木にとまるよろしく、私の背中にくっついて、ク-ク-と寝息をたてて眠る。よく眠っている時にク-ク-と表現描写をするが、彼女は、本当に(ク-、ク-、ク-、ク-、)といって寝ている。


私はとても安心する。妻がもっとも良い眠りを満喫している時だ。


私達はセミダブルのワイドロングのベッドでねむる。六畳一間を簡単にうめ尽くす大きなベッドでねむる。快適な寝場所。


布団は冬掛けも夏掛けも、最高級のピュアダウンを使用した何十万円もする布団、ダブルのまくらも最高級でフルセットだと100万円をこえた。

昔、アルバイト先から失敬した。


大きなベッドは時として戦場にかわる。ファイタ-である妻は起き抜けると私に、スリ-パ-ホ-ルドをかける。起き抜けに。

あごでかわそうとするが、一瞬遅れをとって見事に私の首に彼女の細い腕が巻きつく。

その細い腕はビックリする力で私の首をしめあげる。私も黄金の左腕で振りほどこうとするが、全く歯がたたない。

驚くべきは、タップしているのに更にしめあげてくること。助からない。

しょうがないので、私も、ばねの様にしなやかな背筋を使って身体をひねり、彼女の上に背中からのしかかる。

そして、加減しながら体重をのっけてゆく。すると妻は「いたい、なんでそんなひどいことするの」と急に女になって抗議する。



こっちは寝起きのほわ-んとした心地よさを全身でかみしめているの。


すると妻はえへへと笑い、ピョンと飛び起きてマウントをとる。

しまった!と思う間もおしいので妻の両足をつかもうとするが、時は遅し。完全にマウントポジションはキマった。

こうなるとなすすべは無い。

じっと嵐の過ぎ去るのを待つ。ただただひたすらじっと。


ひとしきり時間がたつと、あ-面白かった。といってスルスルスルと戦場をおりてゆく。

私もなんとなく心地よい気分で、フツ-にベッドからおりる。


私が夜中や朝方に帰る事がある。

妻はねむっている。ひろいおおきなベッドに対角線をひいたみたいに。

私が朝帰りをすると必ず、対角線をひいてねむっている。細い両腕を女神の様に広げて。


暗闇にうっすらと十字架が浮かぶ。私は笑うしかない。その妻の姿に

そしてそっと妻の足を押す。最低限の自分の寝場所を確保しなければならない。


妻の身体は、折れた十字架のようになる。そして少しだけ苦しそうに、う-ん。とうなる。

その姿が面白くてまた笑う。


何度か折れては戻りを繰り返し、対角線にベッドに横たわっていた妻は、やっとのおもいで少しだけ、私にスペ-スを与えてくれる。

わずかなスペ-スへ、なんとか身体を潜りこませ、そっと布団を自分のほうへたぐりよせる。


たぐりよせよたい。布団を。

しかし布団はびくともしない、ミノムシのように妻をくるんでいる暖かい布団は、ほんの30cmか、そこらのわずかさで私の腕だけを暖めてくれる。

妻のうでは細いが、信じられないスペックを秘めている。


妻はねむりながら抵抗を繰返す。「この布団は私のもの、私が暖めたの。独りで。」

妻をおこしてしまったら、もともこもない。

ねむりの浅い妻が、今は、熟睡している。とても貴重な時間と空間。


夜遊び、朝帰り。


反省と後悔と、妻の対する呵責の思いと、自分の欲求とのあいだで、私は自分の都合を優先させる。そしてねむりに落ちようとする。


妻はそんな私の気持ちを、感じているのだろう。そっと私に布団をわけてくれる。

少しだけ。

ゆっくり寝返りをうちながら、私によりそう。おこしてしまったのか、ねむっているのか、わからない。



そしていい訳をくりかえす、妻にも自分にも。

心に都合良く折り合いをこじつけ、今度は本当のねむりにおちてゆく。ゆっくりと。

そんな寛大な妻を、私はまた裏切る。
なんでじゃねえ つ-の。
そして私の顔のすぐ、ほんとにわずか数cmの、すぐの場所に、妻の必殺のひじはある。
田舎育ちの私には本当に考えられない。