妻と黒猫と腰痛と不眠症と戦うデスパレートな男の日記 -41ページ目

久しぶりの会話

先日、地元の友人と電話で話しをした。元気そうだった。友人はコックをしていて一流の腕を持っている。昔コックをはじめた頃一年間朝から夜遅くまで一日中鍋を洗っていたので腕が太い。そしてコックなので喧嘩っぱやい。おかげで何度か迷惑をこうむった。しかし私が駐禁切られた時はよく変わってもらっていたり、人には言えない私の悪事に手を借りたりしているのでいってこい。

友人はとても大事なことをいつも、あとになってから報告する。報告というより私が連絡をしなければ知らずじまいだろう。私の親父が死んだ時コックという休みが取れない仕事にも関わらずかけつけてくれた。なのに自分のおやじさんが亡くなった時は連絡もよこさなかった。そして今回連絡したら結婚していた。そして離婚していた。

数年前の事になるが仕事中に突然ろれつがまわらなくなり、それでも包丁を握り続けていたら働いている仲間に無理から病院送りとなり、脳梗塞で入院した。それでもすぐに退院し「まあだ、ろれつがまわんねえさ。」と言いながら酒をガブガブ飲みながら一緒に将棋をさした。どうせ言っても聞かないだろうと思ったが便宜上一度だけ「そんなに飲むと良くないよ。」と言った。友人は全然聞いていないで盤面をじ-っと見ていた。友人は将棋が強いので私も盤面に集中した。

今はどうやらコックはやめてとあるアウトレットのフ-ドコ-トで働いている。仕事は楽だといっていた。「仕事は楽さあ、フ-ドコ-トだからさあ。」と言って明るく話していたが心の内はわからかった。

仕事は楽にこした事はない。これは私のモット-。死んだ親父に聞かれたら怒られるだろう。もしかしたら草葉の陰でなげいているかも知れない。でもしょうがない。

今度地元に帰ったら友人を訪ねてみようかと思う。何となく照れくさいんだよね。故郷を捨てたという後ろめたさみたいな気持ちもあるし。田舎もんが上京して一生懸命東京の人間になろうと苦悩する典型的なパタ-ンなのだと思う。


うちのパソコン

我家にパソコンがはじめてやって来たのは13年前のこと。

当時は最新のスペックを持ち、素晴らしいパフォ-マンスを誇っていたが今となってパフォ-マンスは劣る。だが、しかし気合は他の追随を決して許さない。

そもそも、13年以上何の手入れもせず、当時初心者だった私がいじくりまわしても耐えぬいた。

たまに反乱を起こし動かないふりをしたり、はたまた、本当にヘルプデスクに世話になったりした。

しかし、今でも現役で私の要求にこたえてくれる。仕事ぶりは少し遅いし、タマにミスるけどキッチリこなしてくれる。

今でも「そんな難しい事はできねえよ」と言って、申し訳なさそうに小さなウィンドウをのぞかせて「エラ-が発生しました。」と私の発注を断る。

私は「ピ-」と根を上げているパソコンにメチャクチャにキ-入力をして気合を入れなおすと「わかったよ」とばかりに復活する。

しかし、本当にヤバイときはうんともすんとも言わなくなる。その時は少し休んでもらってもう一度お願いする。

少しのあいだ休憩したパソコンは「さ、いこうぜ」とまた私のお願いを聞いてくれようと「ジジジジ-」と音をたててうなりを上げ始める。

もしかしたら引退してそろそろ限界をむかえるかも知れない。とてもよく働いてくれたパソコン。君の功績は決して忘れない。

ぺタ

何でぺタしてないのにぺタしたことになってんの?