不思議な出会い光枝 -6ページ目

不思議な出会い光枝

人生とは何か?楽しく老後を暮らすためにはどうしたらよいのか?など色々書いて行こうと思います。

こんにちは輝心龍原です。本日はどうしても皆さんにお話したくて珍しく2回更新してしまいました。今朝も話しましたが自己中の人は何故、この人は私だけに辛く当たるのだろう?【私はこんなに頑張っているのに】何で私だけがこの人から嫌われないといけないのよ。自己中の人はそう思ってしまうのです。それは相手が妻であったり、夫であったり、同僚や取引相手だったり、相手は自己中の貴方に対してここが間違っている。だから、こうこうこうしなければ駄目なんだよと、結構細かく注意してくれます。ところが、自己中な人はそれを聞き入れたくないから、自分の都合の悪い事は、耳で聞いても心でシャットアウトしてしまうのです。自分が悪いのかもしれないと言う気持ちが無いものだから、せっかくのアドバイスを、アドバイスとして取らず、自分は理不尽に攻撃されていると勝手に思い込みその結果どうなるか?被害妄想・泣き叫ぶ・暴れる・喚く・失踪するなど言い出したらキリがないほど周りに迷惑をかけるのです。不幸なすれ違いと言うのは結構ありまして身を捨ててこそ浮かぶものもあると言うのは、こういうところにも真実がありそうですね。心の余裕が無い状態の場合に、こう言う事が次から次に起すのですからこちらはたまったもんじゃないです。自己中の人間がアドバイスを受ける訳ですから最初から心の余裕が無いのですから、受け止めた・理解したふりをして吟味に話を合わせ、周りから見たらなるほど、それではこうしようというような対応を見せる。しかし、長年一緒にいる人にはそんな子供騙しは通用しないので本来の行動が取れない。自分を守ろうとする事で精一杯になりテンパルからです。アドバイス送る方も、やむにやまれない状態になってから物申すと言う事になるから、相手を傷つけないように、親身になってアドバイスする事が出来ない。むしろ怒りを覚えてしまうだろう。もっとも、心の余裕が無いのは、アドバイスをする相手の治して欲しい問題点を貴方に明確に話すのだから自己中の貴方からしたらイライラするんでしょうね。貴女が一呼吸置き相手の話を聞く行為を持てば、そんなに難しい事ではないのです。どうしても相手の言葉に対して物事を考えられない場合は、攻撃されているという感覚が先に来所が貴方がしたいのは相手の言葉をさえぎり早く終れよこの野郎と言う態度としぐさをするので話す方は傷つく度合いも増えますよね。どこまでも自我を貫く人もいるんですからたまったものじゃないです。本当に迷惑な話です。真実も嘘も無くなり、二次元な所があると言う事を我々は認めるしかないのでしょうか?真実と言うのは、嘘をつく人間は受け入れられないものです。それ以前に自己中を、変えられるべき歴史があったかも知れません。そう言う意味で貴方の自己中な考え方は間違っていた、正確に言えば話を聞くべきだったと言う事に貴方自身が後悔するのです。しかし、一般には家族だったり、職場だったり、他者と協調して行かなければ、快適に生きて行けない人が大勢いるものだから、自分を反省して行動をして行くなんてだるくてやりたくないのです。その場合は、その人が誤りと言うか反省するべきだったと理解するまでにいったいどれだけの年月と労働を私達は共にするのだろう。協力性を大事にするのか?自分を大事にして自我を貫くのか、メリットとデメリットはこんなところにありそうです。自分で自分の事を人類史を変える偉い人だと思わないのなら、旦那さん、奥さんの言う事にもっと耳を傾けた方が賢明です。インドだかバングラデシュだかスリランカだか忘れましたがお偉いお坊さんが仙台に来て、怒りは自分の事として考え直しなさいと説かれたそうですが、少なくとも家庭内の怒りは、そのとおりです。なぜ、自分が攻撃されるのか、嫌われるのかと感じたら、今の自分は、心に余裕があるかを自問自答するしかないと貴方が自己中だと認めて改善する道はないです。
おはようございます輝心龍原です。自己中心的な人間は自分が可愛いと思っている為悪い事をしても反省などしないと思います。自分は人間としての正しい人なんだと思い込んでいる為誰かに反省しろと言われても反省する前に、自己の行為に対し何故いけないの?と認めようとしません。例えばいじめ被害者が学校の生徒だったとして、いじめている本人が担任を通じていじめを辞めるように言われました。普通の感覚では、【あぁ~あの子そんなに苦しんでいたんだ・・・ごめんね。私反省するから】となるかも知れません。しかし、反省をしない人は【あの野郎先生にチクリやがってマジ許せねぇ!】となり、どこまでも自分の行為を責める事は一切なく、悪いのは全部外部の奴らだろ!と決めつける傾向があるのです。そして元々そう言う性質の人は、集団の中にそう多くはない気がします。変な言い方をしますが、そう言う人はいじめのリーダー格と言いますか、その人が【ムカつくからいじめようぜ】と言い出せば周りも同意せざるを得ないような存在なのです。そして周りの人間も初めはただ無理やり同意していたのが、一緒になっていじめをするうちに快感を覚え被害者の嫌な部分ばかり見えて来るものだから更にいじめが大きくなっていく。私は色んな方々のいじめ問題に仕事で関わる事があります。反省しない人の中には元々そう言う思考回路が無いと考えても間違いないでしょう。自分が嫌なもの、自分の気に入らないものは【全て自分をがいするもの】として排除しようとします。そしてその振る舞いを、何も言えない周りの人間が集団で集まっているので本人も自分の感覚がおかしい事に気がつかないのです。
おはようございます輝心龍原です。人間の「脳の癖」とは、皆さん一人・一人の脳にすでに出来上がっているのです。それは【首都高速道路】のようなものでありいつも【24時間通行可能】にしている。このように思考の【首都高速道路】に乗れば、早く色んなものが到達出来る。しかし、道がない・【一般道】(癖が出来ていない)を通らなければならない・渋滞しているそうなると道が無ければ道路を作る為に道路工事から始めなければならない。渋滞が終るまでのんびり運転をしないといけない為凄く時間がかかってしまう。だから、その手間に嫌気がさして癖づけ出来ていない事は人間は途中で辞めてしまうのです。何気なくやっている事、何気なく出来る事が、人が本当に出来る事を表していると私は思います。私や多くの日本人が、外国語がなかなか上達しないのは、そう言う理由が関係しているように思います。そもそも日本語だって難しいのですから、主語 + だらだら~ + 結論、みたいな事を日本人は頭の中で考え、主語 + 結論 + 関係する事で表される外国語は何かと考え始める思考がある。しかし、海外の人からしたら元々言葉が通じない為お互いに理解しあえるまでなかなか波長が合わせられないのは当然です。そもそも、日本人の一番いけない所は言い訳やら、いろいろ理屈を並べてから、恐る恐る、結論を差し出す、日本人の思考が駄目なんです。そこから抜け出すのは、そうそう簡単ではないでしょうね。誰だって、心の中に弱い部分や嫌な部分をもっているのですから幸せに暮したいいと願えば、上手く行かなくなり心の奥底に眠っていたはずの、激しい憎しみ・恨み増悪感情などが静かに目を覚ます。でもね、皆さんゆっくりしか歩けないのなら、ゆっくり歩けば良いだけなんですよ。もう自分をかざるのは辞めませんか?疲れるだけです。弱い所は弱い所として素直に見せて行くそれは、惨めでも何でもない当たり前の事なんです。私達は、自分の感情に支配される行為を自らしてしまうのです。その時々の感情で、ゆっくりしか歩けなかったり、物凄く早く走れるようになったり。感情だけでなく心ばかりか身体までも動かしているからそうなってしまうのでしょうね。その感情が気に入らないからと言って隠し始めれば、当然の事ながら上手く行くと思ったら、とたんに、動きがさらに鈍くなったりもする。何事もなく暮らせている時になにげなく感じた感情にこそ、本当の自分が見えてくるものなのです。自分って、本当はこんな奴だったのかって自分を責めるのではなくて、そんな感情をもっている個性を面白がった方が良いのです。嫌な奴なら、それはそれで良いじゃないですか。他人の嫌な所を自分は理解出来る材料を持ってる事になるじゃないですか。弱い奴なら、それもまた良し他人の弱さも貴方が解ってくれている。普段は見えてこない感情こそ自分の本当の個性。本当の自分に
出会えた事に感謝する!それが我々人間が一番しなければならない事だと思います。より詳しくお話を聞きたい方は輝心龍原ホームページまで
おはようございます輝心龍原です。皆さんは物事に対して白・黒はっきりさせたいですか?私が今回皆様に教える事はマイナーチェンジをしつつ、周りと自分の状況を見直し黒でも白でもない、それがブレンドされた灰色の自分を認めながら進んで行く事が大事と言う事です。完全にこれまでの自分と同じではない、では、完全にこれまでの自分と違うのか?いいや完全にこれまでの自分と違うわけでもない。古い自分と新しい自分が融合した自分ではないだろうか。それが私が皆さんに言いたい【灰色主義】と言うものです。今の時代にはこのような考え方は必要な考え方ではないかと私は思います。自分の能力に対して、ほぼ100%理解して自分の中でどういうふうにしたら、自分自身が100%の力が発揮出来るか、上手くいくか、成功するか、スッキリさせたいと人間誰しも思うものです。自分の能力ではそう言う事が望めない場合は貴方ならどうしますか?もしも、身近に、まだまだ可能性のある人とか子供がいたら、今度は、その人達の能力を貴方が指導しその人達の潜在能力を100%引き出して、成功させる方法を貴方と共に100%知り尽くしたいと思うかも知れません。しかし、仮に、今現在100%分かったとしても、時代や環境が変われば、それがいつまでも通用すると私は思えません。やはり、分からなくなる部分を抱えながら生きていくのが人間なのです。そして、そもそも、人間には100%なんて事は初めからないのですからやっぱり思い通りに出来ない部分を自分の中で見つめながら生きていく覚悟が必要なのです。より詳しくお話を聞きたい方は輝心龍原ホームページにてご相談致します。
おはようございます輝心龍原です。全ての人が幸せを毎日求めている。しかし幸せと言うものは、そうやすやすとやって来るものではない。時には不幸と言う宅配便が届く事もある。だからみんな恐れて逃げてしまうが、実はそれが幸せの正体だったりするのだ。人間は、人を好きになる事は誰でも簡単に出来ます。しかし人を永遠に好きでいる事は難しいのです例えばお互いに好きな人がいたとします。彼氏・彼女が【お前の事一生幸せにする】【貴方と一緒に幸せになりたい】など簡単に幸せにするなんて無責任な言葉、どこで覚えたのですか?そんなものは、生活をちゃんとお互いに支えてから言わなければならないのです。幸せとは、過去形で語ってなんぼの世界なんです。これから先の事は誰にも解らないから、口に出さずに黙々と行動で証明するしかないんだよ。だってさ、人を愛する事は本当に難しいから、自分から見たら矛盾と思える部分まで相手を受け入れなくてはいけないんだよ。その人と一緒に生きるって事は大事な相手を傷つけたり、こっちが傷つけられたりする事も、増えるって事ですから貴方からしたら本当は怖い事だし、危ない事も、お互いにあるはずです。そして、今の若い世代の方の一番の間違いは愛情と言うのは与えるものではなく、愛したいと感じる気持ちを、お互いからもらう事だと言う事を理解していない事です。恋愛やこれから先の人生の中で拒否と言うのは何度も出てくる事でしょう。どんなにがんばっても拒否される事は人生の中では何度もあるのです。自分にとって、本当に大事な事ってなんだろう?自分にとって、本当に大切な人って誰だろう?このふたつを、本気で考えた時に出る答えは本当に人を愛するという事は、その人が一人でいても生きていけるようにしてあげる事です。しかし、あやまった愛の心は持ってはいけません。あやまった愛の心の先にあるのは思いあがりの心、うらやむ心、逆上して怒る心の3つです。皆さんお忘れずにならぬようご注意くださいませ。
おはようございます輝心龍原です。皆さんは人とコミュニケーションを取れていますか?コミュニケーションの基本は【話す】【聞く】聞くですが、この【聞く】と言う事が人間の中で一番難しいのです。話をちゃんと聞けないと、相手が返して欲しい言葉をきちんと返す事など100%出来ません。それは、皆さん当然ですよね?話し手は気持ちを言葉と言う形を作っているのに、聞き手は正確に認知する事が出来ない。それこそが大きな問題なのです。連想ゲームでもないのに、話す人と聞く人のたった二人だけの間で、正しく意思伝達が出来ないのです。何故でしょう?それは、正確に話す(話し手)→歪んで捉えて聞く(聞き手)言葉の意味だけではありません。【聞く】と言うのは話の内容だけでなく、話す人の声の調子などからもどんな感情か?と言った情報を読み取る事も出来ます。相手が喜んでいるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか。どんな気持ちなのかを知る事が出来るのです。しかし、相手が話を聞けない、と言う事は、相手の気持ちも理解出来ないと言う事になります。自分ではしっかりと聞いて答えていると思っていても、相手が「そうじゃない!」と言ってしまえばコミュニケーションが取れていないのと同じだからです。話の内容も、気持ちも、【解ってくれない】【話をまともに聞いてくれない】と受け取られてもそれはしかたのない事です貴方自身が逃げたくて聞かないのですから。会話にズレが生じないで成立させてこそ、コミュニケーションが成り立っている証です。しかし、それはしかたのない事でしょうね。今の悟り世代の若者は【聞く】と言う事を教えてもらった事はないのですから。それは、私達の世代でも同じ事が言えますよね。子供の頃に【人の話を聞く】事を誰かに教えてもらった覚えがあるでしょうか?無いですよね。しかし、【人の話はちゃんと聞きましょう】と言う事ぐらいは誰に言われた事はあっても、その具体的な方法は誰も教えてくれた事はないはずです。何故でしょうね?人間なんていい加減なんだ!貴方もそうなんでしょ!と言いたいですか。確かにそうかも知れませんね私自身も【聞く】と言う事に関しての教育を受けた事がないからです。学校で文字の読み書きは学びます。言葉をしゃべると言う事も学びます。でも、考えてみて下さい!言葉を【聞く】と言う事に関しては、確かなアドバイスをもらう事はないのです。だから人間は聞く事が出来ない。【コミュニケーションはお友達と自然に~】と一切、学校の先生が教えてくれる事はありません。その影響は大人になってからも、変わらず残ります。そして社会に出てから人の話を聞く事が苦手と、初めて若い世代の人達は悩み始めるのです。話をちゃんと聞くと言うのは重要な事です。コミュニケーションは【正しく伝える、正しく受け取る】の二つだけです。この二つのうち、【正しく受け取る】が欠けては会話が成り立たなくなってしまうのは当然の事です誰かが直接教えてくれる事が無かったからしかたありません。しかたないのですが、そのままで良いと貴方は思いますか?【あいつに話しても無駄だ】【日本語が通じない奴だ】【私の言葉が届かない奴だ】そんなふうに思われたままでは嫌なはずですよね。解り安い話し方も人と接していく上で必要な技術なのですが、相手の気持ち、伝えたい事を読み取る技術もけしてないがしろには出来ないのです。相手の言葉の意味をきちんと理解してこそ、相手の望んでいる言葉を返す事が出来るのです。人の話を聞けないのは貴方自身が集中出来ていないからです。目の前で話しかけられているのに相手の話を何故聞けないのか?それは、相手が話している間に【怒られる、逃げたい、怖い、どうやって言い訳しょう】と考えているからです。相手の話に集中しているのではなく、自分の思考に気を取られているのです。つまり、本当に聞いていない事になります。自分の事で一杯になっているので目の前に話している人がいても、自分の世界に入り込んでしまうのです。その結果どうなるか、話を聞けな言う事なってしまうのです。【どうやって言い訳して逃げよう、話を終らせよう】と意識してしまって話しをしている人に対して集中が出来ない。どうしても【相手の事ではなく自分の事を考えてしまう】誰だって自分の事に意識を向けてしまうものです。それに話を聞くと言うのは相手が話し終わるまでずっと集中していなくてはいけません。人間は4~8分の間に無意識に性的夢想をしてしまうのです。どうしても空想にふけってしまうのが人間なのです。何度も言いますが話を聞くのが苦手なのは、貴方自身が集中して聞きたくないからです。最後まで集中して、相手の話の終わりまで付き合ってみてください。相手が話してる途中で【次、どんな言い訳しょうかな?どうやって話を終らせてやろうかな?】と考えるのは無しです。間を空けても構わないのです。トンチンカンな返事をしてしまう事になるより、はるかに良いです。相手の話に集中して、聞いて、内容と気持ちを正確に理解する。そして相手が望んでいる言葉を返してあげる。集中する事は簡単なようで、とても難しいです。ですがそれだけの価値があります。【人の話を集中して聞く】是非、意識して日常に取り入れてみてください。
こんにちは輝心龍原です。皆さんは【傷つくのが怖いから】とやりたい事をやらずにいられますか?確実に貴方の心は徐々に傷ついていきますよ。好きな人に好きと言ってふられるのと、好きな人に好きと言えないでイジイジしてる間に他の人と結ばれるのをただ眺めている事が貴方には耐えられますか。どちらにしろ貴方の心には傷がついてしまうそれはどちらにしろ同じ事なんです。やりたい事、伝えたい事があるのに勇気を出せずに、ずるずると年を重ねてしまって後悔するよりも、やりたい事をやる為に、今の貴方を変える為に一度全て投げ出して、大失敗して落ち込むのも、今の貴方は同じように傷ついてしまうでしょう。人はどちらを選んだとしても、自分に都合の良い解釈を見つけられるからです。傷つく事が最初から同じなのですからそれなりの解釈を見つけられるのも同じだとしたら、選ぶ事、やってみる事を悩む必要は無いと私は思う。人は生きていくほどに、傷ついていく生き物だからである。同じように、知らず知らずのうちに、誰かを傷つけていく生き物でもある。傷つき、傷つけられる事を避けては生きられないのが人間なのです。だったら、傷つく事を、そんなに怖がらなくても良いのではなかろうか?生傷が絶えないような人生の方が、良いのではなかろうか。そんな考えもしてしまう事でしょう。人生と実に難しい課題ですね。
おはようございます輝心龍原です。皆さん心に傷を負った人をどう思いますか?誰かから、「消えたい」と言われた時、「自滅したい」なんて言われた時、皆さんならどうしますか。誰だって、びっくりしますよね。まして身近な人ならショックを受けてしまいます。自滅したいとか、自分はいらない人間だとか、この世からいなくなった方がみんなの幸せなんだとか、そんな事を親友や家族から言われたら、心は崩壊し、冷静さを失い、そして、貴方自身も不安になってしまいます。人は、他の人の望ましくない言動で自分が不安を感じると、正論を吐きたくなり自分自身が正しい事を言いたくなってしまうのです。【もっと強く生きましょう。】これらの言葉は、【正しい】言葉であり正論です。こう言う正論を一生懸命話してているうちに、自分自身の中の不安がだんだん下がってきます。自分の心がしだいに落ち着いて来たらこちら側は【わかったね、じゃあ、さようなら】と去らなければなりません。言っている本人は、100パーセント善意なのですが、一生懸命語ったこの言葉は、実は、相手の為ではなく自分の不安を下げる為の言葉だったりするからです。人は悩みがそれほどではない時には、元気な励ましで強くなれます。しかし、悩みが深い時はどうなりますか?本人からしてみれば元気な正論をぶつけられても、【あぁ~この人も私の気持ちを解ってくれない人なんだ】と、その場を去っていくだけです。それで会話は終わってしまいます。そこに解決があると皆さんは思いますか。ただ明るく前向きな言葉がいつも良いとは限りません。 深い悩みを持っている人にとって必要な事は何かと考えた時に、話を聴く事が一番大事だと考える事が出来ます。自滅したい何て言われたら、誰でも不安になりますが、それでも、【わかったね、じゃあ、さようなら】と話を聴く事を心がけて下さい。相手の言葉に、相手の心に耳を傾け、話を聴く事が自滅したいと言ってきた人の予防にもなるのです。しかし、我々もそんな話を聴く事は、楽しい事ではありませんよね。楽な事ではありません。話を聴く方も本当は辛い事なのです。しかしそんな弱音を吐いていたら、自滅予防の為に必要な事が無駄になってしまいます。自分がこの世から消えてしまいたいと思うほどの苦しみ、辛さ、悲しみ、悔しさ、恨み、怒り。話さないまま自滅してしまうなんて、そんな事しないで、どうか話してくださいと願いますよね。話を聴いてもらう事は、僕達が想像している以上に、大きな力になります。話を聴いてもらい、共感してくれる事は、生きる意欲にもつながっていきます。【うん、辛いよね。うん、うん、悲しいよねと。】そんな気の弱い話を聴いていると、説教したくなる人もいるでしょう。でもまず、話を聴いてください。お説教や、感動的な話は、また後で、その人の心がもう少し強くなって、話が聴ける状態になってからでも、遅くはありません。まずは話を聴いてください。正論によって会話を終わりにさせないで、会話を続けてください。とにかく会話を続けましょう。会話している間は、自滅出来ないからです。【また電話してください】【また明日話してね】など話を聴き、共感する事が、生きる意欲につながり、自滅予防につながります。また、会話を続ける事で、自滅を先延ばしに出来ます。どんな理由でも良いから、とにかく自滅を先に延ばせれば、その間に弱った心が徐々に回復します。そうなれば、苦しい現実が何も変わらない時でも、自滅はしなくなります。まずは最初に話を聴きましょう。最後になりますが皆さんそれぞれにに価値はあるのです。貴方にも生きる意味がある。貴方自身も愛されている。貴方は一人ではない。その事に、気づいて欲しいだけなのです。貴方はどうですか?大切な人に自滅なんかして欲しくない。でも、ただ生きているだけで良いですか。出来る事なら、自分の価値を信じ、愛を信じ、生き生きと暮らしいて欲しいと願いませんか?こう言う考え方が、真実なのかどうかは、宗教や哲学の分野で、心理学のような科学が、答える事ではないかもしれません。しかし、こう言う考え方をもつ事が、生きる意欲と心の健康につながる事は、間違いではないと言う事が私には少なからず言えますだから私は皆さんに心を込めてメッセージを伝えたいと思います。【貴方も愛されているし、貴方も一人ではないのです】このメッセージを伝えるとても有効な一つの方法が、お説教ではなく、カウンセリングであり、共感してくれるんだって相手に安心させる事です。私は誰でもそうですが相談に乗っている時に、自滅したいと思っている人の話を一生懸命聴く事に加えて、何かを語りたいとしたら、こう言いたいと思います。【貴方の話を、もっと、もっと、聴きたい】だから【貴方が自滅すると私はとても悲しい】
おはようございます輝心龍原です。皆さんは人の心について考えた事はありますか?人の心と言うのは実に簡単な構造で出来ていてぐっと力を入れて曲げればどうにでも左右できる不安定なものなのです。そもそも精神とは固形物などではありません。皆さんが今この時だって心から信じている事が、誰かの都合によって注ぎこまれた、つまらない思いこみにすぎないかもしれませんよね。それは皆さんも知ってる言葉の心が折れると言う表現があります。今、書店にいけば「心が折れない子供」の育て方、なんて言う本も出ているぐらいです。しかし、折れないように折れないようにと必死に守りながら育てた結果、逆に簡単に折れてしまう心を育ててしまう可能性もあるとは皆さん思いませんか。実際に、昔の私自身にも、そんな部分があったように今振り返るとあったと思います。心が本当に折れないように育てると言う事は何度も折れさせる、と言う事のように思えてきました。自分で折れる経験を何度も何度も繰り返し自分と言うものを強くしていくしかないと言う実感を感じるまで。そうしないと、人は強くなんてなれないと私は思います。
こんにちは輝心龍原です。最近では、女性の皆さんにも社会進出がごく当たり前の世の中になりました。しかし、その一方で増えつつある「ダブル不倫」ご存知の方が多いとは思いますが、ダブル不倫とは家庭のある&配偶者のある既婚の男性と女性が恋仲へと発展する事を言います。実はこの『ダブル不倫』皆さんが考えているような普通の不倫とは若干違います。いったい何が異なると言うのでしょう?今回私がこの『ダブル不倫』についてお話したいと思います。まず、『ダブル不倫のメリット&ハッピーポイント』とは何処にあるのか?「不倫における最低限の恋愛ルール―をお互いが守る場合が多い」と言う事ではないのでしょうか。ダブル不倫における最大のメリットと言えばやはり、男女の両方に家庭がある為、片一方が既婚者である不倫と比べ、揉め事が起こりにくく長続きするケースが多いのが特徴です。その為「ドキドキ感が長続きする」と言う事も聞きます。お互いに家庭がある為、日頃中々思ったように連絡を取り合う事や会う事が出来ない事もあり、合えた時の幸福感や出会った頃のドキドキ感やピュアな感情が長続きしやすくいつまでたってもラブラブな関係が継続出来る事が多いようです。「別れを意識した時」片一方が既婚者と言う不倫と違い、ダブル不倫の場合は両者に家庭があり、お互いにそれを了承して付き合いをスタートしている為、別れ話の際に話がこじれたり、思いもがけない悪いハプニングが起こることが少なく、不倫関係を清算しやすい場合が多いようです。しかし、出会いがあれば別れがあるように『ダブル不倫のデメリット&辛さ』と言うものが存在します。「なかなか会えない」お互いが既婚者の為、時間的余裕やすれ違いで中々会えない事も多いダブル不倫ですがいつまでも新鮮さを忘れないピュアなお付き合いが出来ると言うメリットの反面、どうしても会いたいと思う時に中々会う事が出来ないと言う辛さがあります。自分やお相手にお子さんなどがいる場合などは特に最悪でしょうね。休日はもちろんの事、平日の夜間であっても中々、ゆっくりと満足の良いデートを楽しむ事は一切が出来ない事が多いです。そんな思いまでしてW不倫を真剣に考えている貴方!「真剣に好きになればなるほど辛い」一方が既婚者の不倫とは違い、別れの際にも比較的揉め事が起こりにくい事が多く、不倫相手が体だけの関係を目的として付き合っているケースも少なくないのを理解しなくてはなりません。その為、貴方自身の相手への好きと言う気持ちが大きくなれば大きくなるほど幸せな思いをすると思いますか?いいえそれは違います。貴方自身が辛い思いをする事になるのです。最後になりますがお互いが絶対に一線を越えず(相手への好きという気持ちも含め)付き合う事が出来れば、これほど束縛のない楽しい恋愛はないと私も言います。しかし…もし、貴方がその一線を越えてしまったらその瞬間からダブル不倫には、不倫以上の辛さが待っていると覚悟して付き合うしかなくなります。