罪悪感を手放す③ | 記憶

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記憶、覚え書き、つれづれなるままに。



前記事からのつづきです



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そこで、夫の話になる。




彼は今までも

お年玉問題でも、他にももろもろ

義実家に意見を言うことを
なかなかしてくれなかった。


今回のお年玉のことも、夫に伝えるが
苦笑して呆れた様子なのに

↑私の手紙のことも知ってるからね



うやむやにうまく言うような

義母を傷つけないような方法を
編み出していた( ̄▽ ̄;)





他にも大晦日に夫を激怒させた一件も


私に対して「お前が間違ってる」と責めるのではなく

「そんな義実家を傷つけること言えるわけない」

という言い方をしてた。





あれ?そういえば??


今までもずっと何かあるたびに

義実家にちゃんと言ってくれない!ともめたとき



一旦は私の言うこと自体は納得している風だったな?


↑だからこそ余計にもめてたんだけど





義母のやることに呆れたり
苦笑したりしてから


「そんなこといえるわけない」とか

「やんわりといっておくわ」とか







あれ?じゃあ彼は


義母のやることは自分にとってもあまり好ましくないとは思うけど

「言えない」だけなのか…



あー、そっか。



そしてこんな風に博士に言われた。




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旦那さんは、とことん揉めたくないんだと思うな。

揉める可能性のあることはできるだけしたくないんだよ。


それがどういう理由なのかわからないけど、なんかあるんだろうね、旦那さんの中に。


旦那さんのなかに、徹底的に
「義実家と対立したくない」
っていう思いがあるから、


「お前が素直に受け取ってくれれば
それですむ話なのに」
ってことになるんだと思うよ。




だけど、旦那さんも義母のやってること自体には疑問が残るから「ritaちゃんが間違ってる」とも言えないんだよね。


それで、
「俺から言っとくから」
っていってお茶を濁そうとする。


旦那さんがきちんと戦ってくれないから、ritaちゃんと義母の溝が深まる一方なんだよね。



でも、戦ってほしいっていうのを旦那さんに望んでも無駄だろうね。

義母さんに変わってほしいと望むのも無駄だとわかった。

変わらないもの、できないことに対して変わってほしいできるようになってほしいって思ってると、相手も苦しめるけど、何より自分が苦しい。


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はぁーーーーーーー


これですべての謎が解けたみたいな感じ。




バンジー飛んだ甲斐はここにあり?

やっと納得した。






夫も私と同じ意見なのに言ってくれない気持ちと、でも私が言うのも拒否しない気持ちが。


夫もやっぱり義母のやり方自体には納得してるわけではないんだ。



納得してない上で、年寄りの言うことを聞いてあげてるんだ。


それも優しさや親孝行という名前で上塗りされているなにかの縛り、罪悪感?




夫に言ってもらうのも
私が言うのも
義母にわかってもらうのも


戦うのは諦めよう。


受けとるのもどっちでもいい。




いやなときはいやだとハッキリ言おう。
↑だって、図太いし(笑)


私も、義母に対する「やらせてあげられてない」罪悪感は持たないことにする。




心から感謝しなきゃなんて思ってたけど。

不機嫌になっても悲しませてもいい。



義母に「なにもしてあげられない」と言われて落ち込むことも不要。





あー、いい人だと思ってたから

素直に感謝しなきゃ
受け取らなきゃ

と思ってたけど

こんなに図太い人だから、私がヤキモキして繊細に対応することなかったー



アホだったーー






そりゃーさ、

夫もこれだけ言った私に対して
義母がやってきたことは
肯定もしないけど否定もしなかった。



今までは義母を肯定して、私を否定してきた(異常呼ばわりしたお前を許さない、みたいな)けれど、今回はさすがに義母を肯定もしなかった。


たぶん義母が一人で、なにかの罪悪感から空回ってるんだ。


そして、夫は親に迷惑かけたという罪悪感がある。



彼も、今やっと自分のお給料で生活して、メンタルが不安定な妻(笑)を支えて、親になり、やっと親孝行できる状態になり、これ以上悲しませたくないと必死だよね。





だから、義母と夫という親子関係だけが、ただ単に埋め合わせるように密着してるだけなんだ。



お世話したい義母と、お世話されていたくてそれが親孝行と信じる息子である夫


(そんでそこに、いい具合の罪悪感を持った私が巻き込まれた(笑)?)




でも、夫の親子関係、親孝行観や家族観はそれはそれで私にとって肯定できなくても、否定するようなことでもないってことよね…




んで、肯定できない私を責める必要もない、罪悪感持つ必要もないってことね。


その代わりに、夫を常識論で責めたりしてもいけないってことね…

まぁそこはもう別々でいいってことね。






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あーーー

こーんな境界線のこと


あなたはあなた
私は私、のこと


わからなくていい
わからせなくていい

ただ違うだけってこと
それでいいってこと


なんでわからなかったの~





夫と信頼関係ズタズタになるまで

なんで、イヤだってこんな簡単なこと

言えなかったの~

↑だって、他に人には言えるもんね





そう思ったけど

まぁそれも必要なプロセスで
私の罪悪感を埋めるためだったりするわけなんだろうね( ̄▽ ̄;)





やっとそんな気持ちが

私の中にきた。





そしたら少し浮上してきた。




まだつづく?