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久々に一日中、

仕事のない休暇となった。


「どっかいこっか」


TVばかり見てる娘にそう言ったら、


「うん!」


って言ったから、

ポカポカの昼下がりに、

自転車に乗って、

小さい頃僕がよく遊んでた、

近所の「伏見港」へ連れてった。


自転車を停めて、

川沿いへ降りて歩いてたら、

偶然「三十石船」が目の前を通った。


江戸時代の大阪京都間を、

米や酒を乗せて運んでた「三十石船」。


一回り小さい「十石舟」と、

合わせて現在一日30便程が、

観光客を乗せて約一時間水路を進んでる。


「おぉい!」


船に向かって娘は手を振った。


船内の人達が優しく応えてくれた。


娘はジャンプして笑った。


連日の雨から一転、

空と雲はキラキラ光ってた。


その青と白を見て、

あの唄を歌ったら、

さぞかし気持ち良いだろうな。


そうふと思った。


その曲は、


大好きな「絢香」さんの、

みんな空の下 」。


新宿の路上で二時間、

誰にも聞いて貰えず、

ライブ機材を片づけてた時、


大きなショッピングモールなのに、

炎天下のせいか自分達で設置した、

パイプ椅子には誰もいない中、

汗だくで30分歌ってた時、


必死に涙をこらえてた。


そんな時彼女の歌詞と歌声に、

救われた事があった。


そんな事を経て、

今ふと思うのは、


一期一会って言葉通り、

今までのミュージシャン生活で、

数千人の人達と出会えたのは、

本当奇跡的な事なんだなぁって。


でもその中の数百人とは、

いや99%の人とはこの先、

一度も再会する事はないだろうなって事。


だからこんな事も逆に思ってしまう。


「みんな元気かな又会いたいな」


って。


コトバショ 」の第三弾として、

北海道から沖縄まで今まで、

ライブをして出会った全国にいる、

みんなへの想いを言葉にして、

二番をオリジナルの歌詞に変えて、

ここにいつか歌いに来よう。


そう決めた。


「見守ってるよ 遠い空から みんな空の下」


自転車にまたがって、

サビを口ずさんでたら、

不思議な感覚になった。


数千人のみんなが逆に僕を、

見てくれてるって思えた。


そっか。


二番の歌詞は僕からみんなへ、


って言うより、


みんなから僕への気持ちを、

勝手に妄想して書いてみようって思った。


みんなに憑依して、

みんなが僕の口を通して、

僕にみんなが歌う感じ。


「一人いたこ」状態(笑)。


でもそっちの方がより、

歌詞を書く時も歌う時も、

みんなの事を沢山、

考えたり想えたりするはず。


そう気付いた時、

ペダルが少し軽くなった気がした。



※上記写真:櫻井幹也(京都・伏見)




「明日はあいにくの雨が降るでしょう」

お昼の天気予報で、
キャスターがそう言った。

もしかしたら今日が、
桜のピークかもしれない。

そう思い、
以前許可を頂いた事もあり、
ギターとビデオカメラを持って、

母校である「伏見南浜小学校」へ自転車を走らせた。

そして教頭先生にご挨拶をし、

誰も居ない校門と桜並木を、
(バックではなく)フロントにして、

主人公のその後の雰囲気として、
今の僕の心境を二番の歌詞として添え、

コトバショvol.2」として、
「森山直太朗」さんの「さくら(独唱)」を歌って来た。

タイトル通りまさしく、
「独唱」だったけど、

鳥のさえずりと、

風の音色と、

行き交うバイクや、

車や電車の音と、

ハーモニーを奏でてた気がする。

誰もいないのに、
メチャクチャ緊張した。

誰もいないからこそ、
自分の心の細かい細かい部分が、

瞑想してるかのように、
あらわになって唄と向き合えた。

テクニックに走ろうとする自分を止めたり、

前から誰かが歩いて来て、
目が合ったらどうしようとか、
っていう妄想を振り切ったり、

とにかくこの唄と言葉に、
集中する為に全精力を注いだ。

そのせいか歌い終わった後、
内臓がすごく痛かった。

「唄ってすごいエネルギーを使うんだなぁ」。

一年間ライブ活動から遠ざかっていた事で、
改めて歌う事の凄さと難しさを感じた。

帰り際ギターに夕陽が映り込んでいた。

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ギターホールの中に、
沈んでいきそうで何だか、
ずっと見ていたかった。

片づけて門を出ようとした時、
アウトロで画面を左から右へ、
歩いてった黒猫が僕を見てた。

なんだか23年前も、
この猫に見られたような、
錯覚におちいって首を振った。

歌詞通りあの頃の友達は、
いまどこで何をしてるんだろう。

この場所で又、
会える日が来るといいな。

その時桜の花びらが一枚、
僕の自転車のカゴに入った。

掴もうとしたら、
スルリと落ちて飛んでった。

「又会えるよ。
掴もうとせずに、
ただ待ってれば必ず」。

そう言われた気がした。



※上記写真:櫻井幹也(京都・伏見)

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「小学校の桜今年もキレイやったわ」


昨日晩飯を食べてる時、
お婆ちゃんが言った、
その何気ない一言に、
僕の心でヒラメキが起こってしまった。


「小学校かぁ…。

桜の季節かぁ…。


そや!


母校の桜並木の下で、
桜の唄を歌いたい!」


って。


何百回何千回と、

歩いたあの並木道で、
お世話になった恩返しとして、
あぐらをかいて歌ってる、

自分を想像したら興奮した。


そのせいか、


いつもしないご飯をお代わりしてた。


善は急げって事で今朝、

娘を連れて親になって初めて、

母校である「南浜小学校」の門をくぐった。


「キレイ~」


娘は覚えたての日本語を使った。


こういう時にこの言葉を使う。


そんな細かい事は、
いつも教えないのに、
子どもは高い確率で、
いろんな言葉を一つずつ、
適切な時と場所で使えるようになってく。


そんな事に驚きながら、
木々のアーチを抜けて、
グランドに行くとお年寄りの方が、
ゲートボールをされていた。


それを二人で見てたら、


「何歳ですか?」


中腰になってお爺さんが、

娘に話しかけて来られた。


照れながら小さな声で、


「さんさい」


と僕の太ももの後ろに、
半分体を隠して娘は答えた。


「僕ここの卒業生で、

知ってる先生が今日、

いないかなぁと思って来たんです。」


そう僕が言うと、


「じゃあそこの部屋ノックしてみては」


と教えてくれた。


そして思い切って、
ドアをコンコンとノックした。


するとお一人先生が出て来られた。


ドキドキしながらも、


「初めまして。


実はここの13年前の卒業生で、
東京に住んでたんですが、
去年帰ってきて今歌の先生をしてまして、
もし可能でしたらあの桜並木の下で、
桜の唄を生声で数分間だけ、

歌わせて貰えないでしょうか。」


不思議な顔をされて、


「ちょっと相談してきますね。」


と言い残して職員室へ入られた。


数分後戻って来られて、


「この日のこの時間なら大丈夫ですよ」


と嬉しくも許可をして下さった。


そして頂いた名刺には、

「教頭」の文字が。


時間が合えば、
お許しの出たその日のその時間に、
先週スタートさせた「コトバショ 」の、

第二弾として桜の唄を歌いに行こうと決意した。


ウキウキしながら娘と手を繋いで、

家に向かって歩いてる最中、


「何を歌おうかなぁ」


色々と考えた時ふいに、

「森山直太朗」さんの「さくら」の
2番の歌詞を僕がリメイクして歌いたいと思った。


そして、


第一弾の「ふるさと」同様、
原曲の歌詞の世界の「続き」を書きたくなった。


僕は今年の卒業生ではなく、

卒業して20年以上も経つ身。


親となった今だから、
あの日の友達や恩師へ、

何よりも自分自身への、

手紙をつづるような言葉が、

必ず生まれる気がしたから。

そして先ほど完成した。


軽く歌ったら泣きそうになった。


プロでやってた時のような、


「売れ線」


とか、


「大衆うけ」


とか、


「ポップさ」


とか、


そんなんじゃなく、

ただ心の底から、

ポコポコって昇って来る、

泡を捕まえるような作業だった。


来週無事に歌わせて貰えたら、

YouTube 」にアップしますね。


お楽しみに。



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「さくら(独唱)」


作詞:櫻井幹也 作曲:森山直太朗



1番


あれから時は流れ

大人になった僕は

さくら並木の道の上で

初めて唄歌うよ


移りゆく街の中で

あの日のままの景色へ


さくら さくら 未来を向いて

僕らはここまで歩いて来たよ 

泣いた友よ 今もどこかで

飾らないあの笑顔で 

変わらない想い抱いて


いるの?


いるよ 


いるさ



※上記写真:櫻井幹也

(京都・伏見南浜小学校の桜)