前回の続きです。
入院した目的は、毎日起きているてんかんを止めるためです。
まずは抗てんかん薬の中でもメジャーだという、「エクセグラン」という内服薬を10日程入院しながら処方することに。
12月14日、大学病院へ転院となった当日の夜から処方を開始します。
てんかんは、発作が1日3回だろうが1回だろうが、完全に0にならなければ意味がないらしく、1回でも発作があると脳の発達に望ましくないとの事。
そして、中でも乳児期の発作は1日でも早く止めないと予後に大きく影響が出るとの事です。
乳児期発症は特に予後不良・・・
8割超は知的障害・・・
症状によって好発年齢が異なり、仮にてんかん症状が0になったとしても、5歳過ぎからは皮膚病変が、思春期頃からはコレが、成人過ぎてからはアレがと、個人差はあれど、小児科やてんかん科にとどまらず、皮膚科や眼科、外科など様々な科に生涯お世話になるのだとか。
毎日、朝と夕方の回診で主治医の先生とお話させて頂く中で、だんだんと冷静になり今後の治療の方向性や将来起こり得ること等をうかがい、少しずつですがグチャグチャだった頭の中が整理されていきます。
1週間前の今日は、仕上げなければならない図面の納期のことで頭がいっぱいだったのに、
今は息子の予後のことや退院日のことて頭がいっぱいです。
それでも、頭は主治医の言葉を必死に理解しようとし、体もメモを取ろうと動いています。
非常事態も非常事態なのに、そしてパニックで半泣きのはずなのに、もう1人の冷静な自分も常に隣にいて、黙々と薬を飲ませたり、メモしたり、毎日何回発作が起きたのか、どういう動きをしていたのか等、報告用にマジメに書き留めたりし、不思議な感覚で入院生活を送っていました。
以前の記事でも先述しましたが、入院期間中にたくさんの検査をして頂き、どの臓器にどのくらい結節(腫瘍)があるのか調べて頂きました。
その結果、心臓・腎臓は異常なし。
結節性硬化症の心臓腫瘍は、最初その所見があったとしても、乳児から幼児、幼児からもっと成長するに連れて次第に消失したり悪影響を及ぼさなくなってきます、と確かこのような説明を受けた記憶があります(息子の場合は心臓には結節無しと言われたので、詳しく覚えていないため、完全な記憶ではありませんのでご容赦願います・・!)
次に、CTとMRIで脳の結節を見た結果です。
頭の中に小さい結節のがたくさんあるようですが、今のところ水頭症になり得るような箇所にはなく、大きさもそれほどでもないとの事でした。
たしかに、脳の画像を見ると、素人なりにも結節らしきプツプツが無数に散在しているのか見て取れました。
この結節が大脳の神経細胞を興奮させ、その結果てんかんが起きるという仕組みらしいのですが・・・
ここで疑問が出てきます。
なぜ小さな腫瘍がてんかんという痙攣に繋がるのか?
例えば子宮筋腫なんかは、体内にあってもてんかんは起こらないですよね。
なぜ脳や心臓にあるとてんかんが起こるのか?
不思議でならないのですが、
それが解明できないから難病なのだという事でした。
そして、子宮筋腫や盲腸などのように、手術でこの腫瘍だ!と予測できる部分を切除しても、症状が消失するとは限らないのだとか。
全く見当違いの部分から異常波が出ていたりするのだそうです。
一通りの説明を受けて、改めて手強い病気なのだと思い知らされました。
さて、エクセグラン開始後1週間の日記では、
•発作の間隔が空いてきた
•より少なく、より短くなってきた
と書かれています。
しかし、投与から10日間経っても、発作が完全0にはならないことから、新たな試みを提示されます。
それが「ホルモン注射」。
具体的な治療名は「ACTH療法」です。
この注射、最低でも2週間入院を要するもので、1週目は連日打ち、だんだんと打つ間隔を2日に1回、3日に1回と空けていく・・・というスケジュール。
私は、12月中旬から1月いっぱいまで、会社を休職することを決めます。
続きます。
ACTH注射の副作用である、ムーンフェイス。その名の通り、ほっぺたが満月のように丸くなります。
赤ちゃんらしくて可愛いけど・・・複雑な気持ちでした。