生前、病室で彼は、何度も、
「俺が死んだら、葬式来てな。」
「お墓参りにも来てな。」
と、言っていた。私の答えは決まっていて、
「絶対イヤ。お葬式にも、お墓参りにも、行かないから。」頑として断り続けた。
遂に、最後の日が来ても、私は、会いに行かなかった。
無論、お通夜にもお葬式にも、初七日も四十九日も初盆もお墓参りも、行かなかった。
だから、私は、彼の最後がどうだったのかを知らない。知らなくていい。だって、知ったら、死んだ事を認めなくちゃいけなくなるじゃない?
ただ、サヨナラをしただけ。そう、もう会えないんじゃなくて、もう会わないって決めた。それだけの事。
そんな風に思って過ごしていた。
有難いことに、日常は忙しくて、頭の片隅から追い出すには十分だった。
けれど、数年過ぎた頃から、奇妙なメッセージが、時々送られてくるようになった。
それは、スマホのカメラアプリを起動したときに、撮り貯めた写真の一番上に、数年前に撮った彼の写真が表示されたり、
やたらと白血病で亡くなった人の話を聞く機会があったり、
見知らぬ人から「うちの息子は亡くなったけど彼女をとても大切に思っていたの」なんていうハガキが送られてきたり、
彼が買ってくれた観葉植物が風も無いのに葉をひらひら揺らしたり…。
わかった。わかりましたよ…。お墓参りね!?
でも、お墓の場所、知らないのよね。生前に、聞かなかったし。
それでも、なんとなく思い当たる場所はあって、施術の合間に、それと思しき場所へ行ってみた。
その日は小雨が降っていて、墓地は小高い丘のような場所にあった。もちろん、誰一人いない。
思った以上に、墓石の数も多くて、区画整理されていない昔の墓地だから、順番に見て回りたくても、どこから手を付けたらいいのか、わからないほど。
数分ほど、どうしたものかと佇んで、それから声を出して告げた。
「○○さん、お墓参りに来たよ。でも、どれなのかわからないから、教えてくれる?」
自分でも、バカだよねって笑った。仕方ない、端っこから探そうって思って、歩き出した時に、
バサバサって、音がした。雨の中、鳩が2羽降りてきて、かなり遠くの墓石に止まったのが見えた。
2羽とも同じ墓石に止まったから、何だか窮屈そうにも見える。
仲の良い鳩だな〜、じゃあ、あの墓石に行ってみよう。
なんとなくそう思えて、真っ直ぐそのお墓に向かった。
私が墓石に近づくと、2羽の鳩は何処かへ飛んでいった。
でも、お構いなしに近づいていって、墓石の名前が読めるほどに近づいた時に、こんな事があるのかと思った。
それは間違いなく、彼の名前が刻まれた墓石だった。
泣くまいと思ったのに、こんなの見たら、死んだって認めなくちゃいけなくなるじゃんかー。
でも、お墓、教えてくれて有難う。
誰も居ないのをいい事に、ひとしきり墓石に向かって色々喋ってみた。近況報告もして、頑張ってるから、心配しないで、また来るねって、告げて、墓地を後にした。
それからは、奇妙なメッセージはピタリとなくなった。
でも、私は以外と薄情らしくて、それからまた数年、お墓参りに行かなかった。
だって嫌いなんだもん。お墓参りって。
そしたら、昨年の夏、朝早くに自宅の庭に水やりをしていたら、すぐ真上の電線に、2羽の鳩が止まった。鳴くわけでもなく、ただ、羽をバサバサとさせて大きな音を出してた。1羽がやめたら、もう1羽が。かわりばんこに、バッサバッサ。
イヤイヤ、うるさいよ?そう思って頭上を見上げて、ふと気がついた。
そういえば今日は、8月13日。お盆の入だってことに。
でもねー、お盆期間は施術の予約がみっちりなんだ。死んだ人より生きてる人優先なんだよ、ごめんね?
だから、声を出して、こう伝えた。
「お墓参り、来月の命日に行くから。待っててね。」
そしたら、羽バサバサ攻撃してた鳩、ピタリとやめて、しばらくして何処かへ飛んで行っちゃった。
命日の日に、彼の共通の知り合いと一緒に、改めてお墓参りに行った。
鳩の話をしながら、お線香に火を灯し、
「でもさー、何で鳩なのかな」と言いながら、顔をあげた。
その目線の先には、ちょうど家紋があった。
羽が2枚、交差された家紋が。
うん…。そういう事?だから、鳥なのね?
家紋の意味するホントの鳥は、鷹だけど、鷹が2羽、墓石に止まったら、近づかないわね…。
かと言って、カラスだったら、お墓参りがそもそもダメなのかと思って、Uターンするわ…。
スズメなら、きっと気づかないわ…。
なるほど。それで、鳩なのね。グッジョブ!
それからは毎年、共通の知り合いと共に命日にお墓参りをする事を、決めた。
お墓の前でそう伝えた。
そして今年。8月14日。
朝の日課の水まきをしていたら、背後にバサバサと聞き慣れた音がする。
くるっと振り返ったら、私の肩にでも飛び乗ろうとしていたのか、鳩のどアップと目があった。
その距離鼻先20㌢。うわッ、と驚いて声を上げたら、鳩もまさか私が振り返るとは思ってなかったようで、慌てて羽を大きく動かして少し後退して、塀の上にとまった。しばらく塀の上をくるくる歩いていたけど、もう1羽の方は、少し離れた駐車場の屋根の上で、涼しそうな顔でこちらを見てた。
「わかってるからね。覚えてる。」
そう伝えたら、2羽とも飛んでいった。
きっと、忘れてないかの確認じゃなくて、
今、こっちに帰ってきてるよって、伝えたかったんだろうなぁって、ふと思う。
命日には、お墓参り行って、
その後は共通の友人と、倉敷アフタヌーンティーを楽しむのだ♥
生きてる私達が、今を楽しんで生きていること。
それを伝えるのが一番大事🤗