燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」 -9ページ目
今日の御紹介は「天然温泉 有馬富士 花山乃湯」なのです。

<スーパー銭湯度☆☆>
日本経済において誰しもが忘れ得ない出来事といえば「バブル崩壊」
と、その後の未曾有の景気後退期の序章とも終わりの見えない暗黒
への入口とも言うべき「失われた10年」でしょう。
しかしながら、人間という生き物は悲しいかな悪いことばかり、記憶に
残ってしまうものです。悪い時期があって、良い時期が来る。そう信じ
たいものです…なんだか説法みたいな始まりですが、日本に交互に
やってきた好景気と不景気。その光と影が交差し続けた街があります。
それが今日御紹介する「有馬富士温泉 花山乃湯」が所在する「三田市」
だろうと思うのであります。
高度経済成長期以降、大小の景気の波は日本の至るところにやって
きました。そして1980年代バブル景気に突入した日本には新たな形の
レジャーの波がやってきます。関西エリアでレジャーブームの真っ只中
にいたエリアは、主に滋賀県や京都府であったように記憶していますが
大阪都心部から遠方へと向うレジャーはドライブと呼ばれ、主に景勝地
や名勝へ向うことが目的だったのが、1980年代にはその目的に変化
がやってくるのです。その変化は消費者の嗜好にも多大な影響をモタラ
したのでした。好景気による所得の向上は、人々の価値観を変えていき
衣食住においても、より「個人」や「豊かさ」を求めるようになったのです。
しかしながらそれら価値観の変化は、ライフスタイルの変化と正比例した
ものでした。そのライフスタイルの変化は深夜営業の店舗需要を呼び込
み、かつできる限り短い時間で目的を達成する業態が増え始めるので
あります。ライフスタイルの変化はレジャー産業にも変化をもたらしました。
住宅地からクルマで1時間前後の道のりで、楽しむことの出来る施設が
誕生します。それは「個人」と「時間」を反映したものでした。
「深夜」というライフスタイルに加えて、「個人」「豊かさ」という価値観は
ただ単に景勝地を見学する、だけのレジャーだけでなく実際に体験する
「個人」主体のレジャーがブームを呼ぶのです。スポーツレジャーである
「ゴルフ」「テニス」など、そして「豊かさ」の価値観は貪欲に外国文化から
紹介された、大自然と一体となるレジャー「アウトドア」をも生み出すので
あります。住宅地から1時間前後の移動で、「体験」でき、「スポーツ」が
出来て、それらが大自然=「アウトドア」で楽しめる。そんなレジャーの
変革が一般にも広がり、屋外で「個人」が体験するレジャーが市民権を
得た時代でもあったのです。つまりは「大自然」とは誰かに制限を押し着
せられることなく、空間と時間を自分自身の為に楽しむことを意味する
ものであり、「個人」「豊かさ」そのものでした。
戦後の日本人がひたすら「衣食住」という「所有」「消費」を追いかけた
ことが忘れられたようにバブル期以降の日本人は「衣食住」の追求から
離れて、非日常の「空間」「住」を一時的に野外=大自然に求めたのは
時代の流れだったのでしょうか。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

三田市は、そんな「アウトドア」にはストライクど真ん中の街でした。
北摂三田ニュータウン開発が計画される以前の三田市は農業・畜産を
メイン産業としたノドカナ田園風景の広がる街でしたが、特筆するべき
観光スポットもなく民家もマバラなヒッソリとしたイメージの街でした。
しかし大自然が広がる立地は北摂エリアにおけるアウトドアレジャーの
メッカとして、1980年代に花開くのであります。
「GO!GO!三田スケート!」の掛け声と共に列を組んだ子供達が
大はしゃぎでスケートリンクを滑るCMをオマエタチ皆々様は憶えて
おいででしょうか?三田市下槻瀬にあった「三田スケートリンク」は
そんなアウトドアブームの真っ只中にオープンしたスケート場でした。
1000台は収容できる無料のパーキングを備え、100mX50mの本格的
屋外リンクを持つ巨大アウトドアレジャー施設でした。ナイター設備も
備え、夜8時までの営業でタップリと楽しめる施設でした。そして三田
スケートの北西に位置した「乙原バレイ」というプールやバーベキュー
スペースを備えた施設もありました。残念ながら「三田スケート」そして
「乙原バレイ」ともに2000年までに閉鎖となりました。
ですが当時は「西日本初!」と謳われた、36ポイントのアクティビティを
備えたフィールドアスレチックを中心にした「三田アスレチック」は現在も
営業を続けています。テニスコートやサイクルモトクロス場、夏季には
屋外プールを備えた本格的アウトドアレジャー施設であります。
現在はバーベキューとバンガローの宿泊をメインとしていて、ネットで
検索するとフィールドアスレチックはあるようなのですが、あの巨大な
迷路「サンウッディメイズ」はまだあるんですかね?まあ、その辺りが
気になる人は各自御調べ下さいませ。
他にも観光農園など体験型の施設が多数ある三田市でありますが
多数のゴルフ場が所在する街でもあるのです。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

バブルの崩壊と共に「アウトドアレジャー」ブームを牽引した各施設は
閉鎖だったり、入場者減だったりマイナス方向へ向うようなのですが
北摂三田ニュータウン開発が施行され、大手企業に勤める世帯主が
ジョジョに北摂三田ニュータウンの「郊外の一戸建て」というステータス
を手に入れ始める前後から、三田市の人口は増加をたどり発展へと
向うのです。三田市の駅沿線は人口が増え、その結果、週末の限られ
た時間を楽しむ為の商業施設がドンドン出来上がって行くのです。
パチンコ遊技場・コンビニエンスストアetc…
この限られた時間を楽しむ傾向はバブル期以降、さらに拍車が掛かり
個人で個人で費やす時間をイカに有効的に、効率的に提供できるかが
求められていくのです。アウトドアレジャーはこういった「安易」に楽しめ
るレジャーと競合することになるのです。パソコンやゲーム機の登場や
ビデオやDVDコンテンツのレンタルなども登場し、これら「個人」の家庭
で楽しむことのできるレジャーも台頭し始めるのです。
しかしながらアウトドアレジャーは丸1日を費やして楽しむ形態が多く
前述の「個人」の家庭で楽しめるレジャーの登場により、「アウトドア」
レジャーはより競合を強いられることになるのであります。
この三田市はレジャーの新たなジャンルとなった「アウトドア」レジャーの
正しく「光と影」を体現した街でした。
バブル崩壊後、三田市にアウトドアレジャーのスポットライトが再び浴びせ
られる時がやってきますが、「ニュータウン」の存在は必須でした。
「神戸三田国際公園都市」という新たな呼称を得た三田市にとっては
大自然=アウトドアを前面に押し出す形で「公園」を整備することは急務
でした。更にニュータウン開発を後押しした「バブルの余韻」は、「公園」
の整備に好影響を及ぼしたことは想像似難くないと思うのです。
こうしてニュータウン入居開始で人口増となった三田市は、急ピッチで
有馬富士のすそ野を整備、平成13年には県立有馬富士公園をオープン
させ、バブル崩壊後の新たな「アウトドア」レジャーのメッカとして、名山
「有馬富士」周辺のレジャー施設は再び時代と共に歩むことになるので
ありました。それまでの有馬富士周辺のレジャー施設が昭和の時代には
民間が主体だったのが、行政がやっと整備に乗り出したこともあってか
名山「有馬富士」周辺のアウトドアレジャー施設は活気付きます。
話を有馬富士温泉 花山乃湯に絞って進めると、地元三田市の建設
・不動産業を主な事業とする大手企業は、昭和の関西アウトドアレジャー
のメインストリームだった三田市北部に、平成3年「三田スポーツクラブ」
ゴルフ練習場をオープンさせます。そして満を持して平成15年には同じ
営業敷地内に併設して「天然温泉有馬富士 花山乃湯」がオープンする
のです。しかも天然温泉を擁する温浴施設とゴルフ練習場をコラボさせた
温浴施設なのであります。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

「天然温泉 有馬富士 花山乃湯」のインプレッションでございます!
国道176号線から県立有馬富士を目指します。すると美しい傾斜を見せ
る、有馬富士が見えました。有馬富士はかなり整備が施されたようで
道路は登山道というよりは幹線道路と同様のキチンとした道路でして
有馬富士のすそ野に、様々な施設が広がります。そうして山を下って
小学校の手前を左折して5分ほどクルマを走らせると、延々と続いて
いく田園風景の右手に巨大なネットを張った支柱が見えました。そして
クラブハウス?らしき建屋には大きく屋号の看板が見えました。
温浴施設とゴルフ練習場、つまり「打ちっぱなし」が隣接というより一緒
になっていて、入り口も一緒でした。ゴルフの「打ちっぱなし」は巨大な
ゴルフ練習場で、天然芝を持つ250ヤードの奥行きがある施設のよう
であります。入り口から右手がゴルフ場への通路、左手に温浴施設の
フロントが見えます。そして左手奥には畳のフロアがあって休憩所の
ようです。そのお座敷休憩コーナーの手前には「レストラン」があります。
本格的なお食事処というよりは、「食堂」といったテイストであります。
フロントで料金を支払い、大浴場へ。
脱衣所はいかにもスポーツクラブって感じの造りです。大浴場は男女別
で山乃湯が女、花乃湯が男と、この日はなっていました。日替わりで男
と女と変わるようです。この日体験したのは「花乃湯」でした。
しかしながら、これだ!っていう特筆するべき特徴はありません。むしろ
普通の街の公衆銭湯の作りに近いですか。タイル貼りの壁床、真ん中
にタイル貼りの浴槽が二つ、大湯船と立ち湯によるジェットバス。そして
サウナは大浴場の入り口右手に小さなサウナルームがあり、大人4人
入ればも一杯な感じの、そんなコジンマリしたサウナ。
そして露天風呂、唯一の天然温泉が使われた露天ひのき風呂が一つ
ありまして、露天風呂としては珍しく電気風呂も備えています。さあ、イザ
浸かって見ると、天然温泉特有の柔らかな肌への刺激はあるものの、
ガッツリと塩素臭はします。でも天然温泉は感じますよ~
これと言った特徴はない有馬富士温泉 花山乃湯でありますが、館内
のコジンマリとした雰囲気は隠れ家のようにも思えるのであります。
そうしてお客さんの殆どはゴルフ練習場で練習後に汗を流す人が殆どで
温泉のみって感じの人はワタクシだけのようでした。
しかし人の混雑の無さや特徴的でもないが特に悪い所もない、中庸の
御風呂はまた来てもいいかな?って気になんとなくさせますね!

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

<御気軽度☆☆☆☆>
料金は大人600円(中学生以上)小人300円(小学生)と、近隣の温浴
施設が値上げ方向にあるのに対して非常にリーズナブルであります。
またゴルフ練習場や、その他の施設との利用で安くなるセット料金も
設定されて、良い感じです。これら料金は「天然温泉有馬富士 花山乃
湯」の公式サイトで必ずご確認を!

<レジャー施設度☆☆☆☆>
営業時間が午後11時(受付が午後10:30まで)でゴルフ練習後にユッタリ
できそうですし、岩盤浴もシッカリあって、思ったより使えそうですよ!

<天然温泉 有馬富士 花山乃湯>
http://www.hanayamanoyu.com









今日の御紹介は「天然湧出温泉 北神戸ぽかぽか温泉」なのです。
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
<スーパー銭湯度☆☆☆>
高度経済成長期、就労を求める人々が都市部へ流入した結果、人口
は爆発的に増加し、その人口増加は深刻な社会問題となりました。
これを受けて国は本腰を入れて新たな居住エリアを開発するべく、都市
周辺にニュータウンを計画、開発したのです。
しかしながら昭和40年代までに開発されたニュータウンにより、人口増
による深刻な住宅不足は解決されることはありませんでした。
昭和60年代には、それまでのニュータウンよりも更に大規模な開発が
計画されるのです。ここ関西でも象徴的なニュータウン開発が計画され
施行されました。北摂三田ニュータウンそして神戸リサーチパークです。
この2つのニュータウンは、単独でも300ヘクタール以上の開発面積で
したが、兵庫県・都市再生機構そして大手ハウスメーカーも加わった
巨大開発プロジェクト「神戸三田国際公園都市」として更に発展していく
のです。それは総開発面積1200ヘクタールに及ぶ壮大なものでした。
今日御紹介する「天然湧出温泉 北神戸ぽかぽか温泉」の所在する
神戸市北区に話を絞りますと、独立行政法人都市再生機構によって
開発が進められた「神戸リサーチパーク」は鹿の子台、上津台、そして
工業団地を有する赤松台によって構成されるニュータウンなのです。
(参考および引用:ウィキペディア 神戸リサーチパーク)
これらのニュータウンは居住地の開発と企業の誘致とを兼ね備えた
ものでした。しかしながらニュータウン開発は、住宅地開発だけでなく
周辺地域の開発にも影響を与えていくのです。
神戸市の公式ホームページより参照した「道場八多地区特定土地区画
整理事業の完成記念碑除幕式について」を見ると、神戸リサーチパーク
の開発に伴い、その玄関口とも言える道場八多地区の整備が行われた
イキサツが見えてくると思います。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」


この資料によれば平成5年に都市計画決定とあります。山陽自動車道
の神戸北インターと、その山陽自動車道と中国自動車道を結ぶ神戸
ジャンクションが平成8年に開通したことを思うと、招致合戦が行われた
ことは安易に想像できると思います。これらの高速道路が整備された
ことによって、北六甲のノドカナ農地が広がる田園地区はニュータウン
開発の余波を受けて、ジワジワと発展が始まるのです。
そうして整備されたのが、神戸リサーチパークの公共交通とも呼べる
神戸電鉄道場南口駅でした。幹線道路も次々に整理整備されて行き
今度は消費行動の象徴であるショッピングセンターが道場八多エリア
に建設されるのです。正直申しますと農業以外はコレといった産業も
盛んでなく、家屋よりも田畑のほうが多いという印象の土地です。
神戸リサーチパークを始めとするニュータウン開発、そして人口増加が
なければ、大規模なショッピングセンターがこの地に誕生することは考え
られなかったんじゃないでしょうか。
こうして平成15年に大規模な複合商業施設「グリーンガーデンモール
北神戸」が誕生するのであります。
そうしてグリーンガーデンモール北神戸のオープンから2年後、敷地内
での温泉掘削を経て、遂に待望の温浴施設がオープンするのです。
それが「天然湧出温泉 北神戸ぽかぽか温泉」でした。
しかしながらナゼ、この場所に天然温泉利用の温浴施設ができたのか。
それについてはサンザン調べたのですが、ハッキリとした理由は分かり
ませんでした。ですが、サマザマな資料から推測すれば「神戸国際港
都建設事業道場八多地区特定土地区画事業」により農地を含む土地
がイッタン整理され、宅地開発された区域と商業エリアとして開発された
区域に分かれたようでして、その商業エリア部分に量販店や飲食店等
の企業を誘致した結果、複合商業施設となり「グリーンガーデン北神戸
ショッピングセンター」となったようです。その証拠に「グリーンガーデン
モール北神戸」としての公式サイトは見当たりません。それもその筈で
当初開発から運営までを手掛けていた大手ショッピンセンター開発等の
不動産開発を手掛けていた大手企業は2008年に民事再生法を申請、
しかし支援企業がないまま倒産となったようで、その大手ショッピング
センターディベロッパーが公式サイトを運営していたようなのです。
ネット上で検索した資料を見る限りでは温泉の掘削許可も、この企業
が受けていたようです。
それで、なんで温浴施設を作ることになったのか?分かりません…
しかし三田市の北摂三田ニュータウンにある「三田温泉 熊野の郷」が
2006年オープンと、ほぼ同時期になることから神戸市も神戸リサーチ
パークにも温泉を!ってなったんですかねぇ…

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」


さて、肝心の北神戸ぽかぽか温泉のご紹介であります。
この「ぽかぽか温泉」の名称はご存知の方もおいででしょうが、四国・
中国地方を始めとした温浴施設の運営などを手掛ける大手企業の運営
であります。以前にも丸亀ぽかぽか温泉も御紹介しました。
インプレッションであります。中国自動車道西宮北インターを降りてナビ
に従いクルマを一路、神戸電鉄道場南口駅を目指します。そうやって
道場南口駅を通過すると高速道路の高架を過ぎた辺りから急に開けた
光景が目に入ります。ここが「グリーンガーデンモール北神戸」であり
ます。茶色の壁の御屋敷風の建物がグリーンガーデンモールの南端
に見えました。白地に赤く「ゆ」と書き抜かれた看板を目印に建屋へと
入ります。館内に入る前に無料の足湯があるはずだが…行ってみると
午後5時までの利用とのことで扉がしまってました。残念。汗
館内は、郊外にある温浴施設ということで期待して行きましたが広くは
ありません。ショッピングモールの限られた営業面積を御裾分けして
もらった感…は拭えません。1階はほぐし処・食事処などが詰まっていて
肝心の御風呂は2階です。大浴場へ早速移動すると、メチャクチャに
広い訳ではありませんが、そこそこ開放感はあります。浴場の2/3は
露天風呂という造りで寝湯やジェットバス、サウナも当然ありました。
それよりも特筆するべきは露天風呂の「黄金の湯」でしょう。
この「天然湧出温泉 ぽかぽか温泉」はこの「黄金の湯」に尽きると思う
のです。敷地内1500m地下から湧き出ている、その天然温泉は、あの
名湯有馬温泉の金泉と同等の泉質を持つ「療養泉」だそうです。
まずは、黄金の湯以外の湯船ですが脱衣所から内風呂に移動すると
サウナ、大湯船、ジェットバス系、水風呂とあります。地下水を使用した
沸かし湯のようです。内風呂から奥を見通すと情緒タップリの露天風呂
があります。露天の周囲をぐるっと囲んだ塀は、建屋の数奇屋建築風
外観と同様の木材・塀材が使われており、鄙びた温泉情緒を醸し出し
ます。そして露天の各湯船の頭上には日本瓦を連ねた櫓があり、雨の
日もジックリと露天風呂を楽しめます。そして石畳の床。
そうして、深紅の層が漂う源泉100%のナトリウム泉の湯船は中央に
鎮座し、ヒトキワその存在感を放ちます。その「療養泉」は紅に黄金が
溶け込んだような輝きを湛えながら、癒しへとイザナイます。
泉質はあの有馬温泉の金泉に負けじとも劣らない、ガッツリ感のある
湯触りであります。全身をユッタリとほぐされている、そんな錯覚さえも
起こしそうな感覚であります。しかもその湯色の濃いこと!ずっと見て
ると吸い込まれそうな奥行きがあるのです。
御近所にこんな素敵な温泉があるって羨ましいですね~!神戸リサー
チパークに御住まいのオマエタチ皆様!
なお露天風呂エリアには他に、壷湯、寝湯もあり、更には外気浴には
モッテコイの畳敷きの寝転び処もあります。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

<御気軽度☆☆☆>
北神戸ぽかぽか温泉利用で割引が受けられる優先駐車場が235台と
マイカー派には余裕ですね。神戸電鉄道場南口駅からは歩いていく
ことは出来そうですが、湯冷めしちゃうかもしれません。
入浴料は一般が700円、シニア(65才以上)が600円となっていて近隣
の温浴施設と比べても安からず高からずという具合ですか。その他の
入浴料などは「北神戸ぽかぽか温泉」公式サイトで御確認の上ご利用
下さいませ!

<レジャー施設度☆☆☆☆>
グリーンガーデンモール北神戸内にあるので、他の御店で買い物等を
済ませてから、御風呂というのも当然アリだと思うんです。やはりそこは
現代の温浴施設ですから。もちろん「北神戸ぽかぽか温泉」施設内に
は岩盤浴・お食事処・ほぐし処・美し処・髪切処と充分な施設が揃って
ます。また夕方5時まで「足湯八多温泉」が利用できますし、☆4つは
付けてもイイんじゃないですかね。



<天然湧出温泉 北神戸ぽかぽか温泉>
http://www.pokaon-k.com/

<出典および参考サイト・文献>
○「まっぷるマガジン 日帰り温泉関西」2007年版 昭文社刊

○神戸市ホームページより「北区道場八多地区 特定土地区画整理
 事業の完成記念碑除幕式」
http://www.city.kobe.lg.jp/information/oshirase/backno/2008/img/20080318up01








3)ニュータウンとスパ施設
日本人の温泉好きは今や世界に知られつつある昨今です。温浴施設
が数多くあるのも「お風呂」好きを反映してのことだと思うのです。
我が家の「お風呂」が、もしも天然温泉だったら…
そんな夢のような話が実現するかも!っていうエピソードがあるのです。
三田市の市議会議員だった中西博夫さんの著書に、そのエピソードが
記されていました。その部分を要約して見ますと…
舞台は前述のニュータウン計画により、大規模な造成が行われた時期
であります。昭和62年に造成中だったフラワータウンの富士が丘エリア
にて、兵庫県が工業用水の水源を探しての掘削工事で偶然に「温泉」
が湧き上がったのです。この温泉源の発見後、兵庫県はその温泉源
周辺のエリアを「健康増進地区」に位置づけると公式発表したのでした。
その富士が丘は今回御紹介する「三田温泉 熊野の郷」がある場所。
その富士が丘でマイ温泉ブームが起こったのです。
それは温泉源を掘り当てたフラワータウン富士が丘エリアを兵庫県が
健康増進地区に位置づけると発表後、各マスコミが「フラワータウンの
各家庭に温泉を引く計画!」の見出し記事を掲載した結果、該当エリア
のフラワータウンに入居者が殺到する状況が起こったのです。
自分の家に「マイ温泉」がある、まさに夢のような話ではありませんか!
オリシモ、日本はバブル景気に突入した昭和62年であります。誰もが
好景気に浮かれ、収入増となったイワユル日本の中流階級の人々は
こぞって財産を形成しようとした時代。それまで憧れだったマイホーム
つまり終の棲家を競うように購入した時代に、マイホーム購入を検討
していた人々にとっては「天然温泉付きマイホーム」は夢を実現へと
導く存在であったろうと思います。
戦後の敗戦ショックを乗り越え、日本国憲法第25条が唱える生存権
社会権により衣食住の確保を渇望した日本国民が「団地」による「まち」
を形成した昭和のニュータウンを経て、バブル期に計画された大規模
ニュータウンでやっと、衣食住の「確保」から「豊かさ」「ゆとり」を追求
する時代へと突入した日本を映し出したエピソードではないでしょうか。
そうなのです!「温泉」は正しく時代を映す鏡なのであります!
しかしながら紆余曲折を繰り返してきた日本の経済情勢は、そんな夢
さえも簡単に打ち砕いてしますのです。そう、バブル崩壊です。
フラワータウン富士が丘エリアの各戸への天然温泉配給ですが、様々
な憶測が飛び交ったものの、バブル崩壊による財政悪化を理由に県は
その計画そのものを否定したようでした。
(出典および参考文献:「我が街は本日も晴天なり:還暦からの市議会
議員・奮闘の記録」中西博夫著 文芸社刊2007年 Google Booksより)
長時間の通勤通学を差し引いても魅力的な郊外のマイホーム、しかも
各家庭に天然温泉が配給される、これに飛びついてフラワータウンに
マイホーム購入を決め、移住した人々は残念ながら、その夢の実現を
見ることはありませんでした。
しかしながら、捨てる神あれば拾う神あり、この富士が丘の温泉源は
閉じられず日の目を見る、その時がやってくるのです。それは皮肉にも
バブルの余韻による作用もあったのではないでしょうか。
血税のムダ遣いが槍玉に上げられた時代、国による直接関与を避ける
ように多数の独立行政法人が統廃合を繰り返し、更にはその独立行政
法人の直接関与さえも避けるように設立されたイワユル第三セクター。
兵庫県と住宅・都市整備公団により設立された、第三セクターによって
富士が丘源泉を利用した温浴施設が計画されるのです。
それが「さんだネスパ」でした。
平成7年の「阪神大震災」の悪夢から3年後の平成10年、復興への光
が見え始めようとした頃に、その源泉はようやく日の目を見たのです。
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」



4)スーパー銭湯ブーム到来~三田温泉 熊野の郷 誕生へ~
キシクモ、第三セクターが設立に関与した大阪の「スパワールド世界の
大温泉」の大成功からか、平成9年以降の温浴施設はスパ・クアハウス
業態が多く誕生していきます。その影響からか「さんだネスパ」は健康
増進を目的としたスパ施設として誕生します。水着着用で利用するスパ
ゾーンには温水プールも備え、また男女別大浴場にはサウナやジェット
バスなどのサマザマなアクティビティ湯船、露天風呂を持ち、館内には
エステ処・食事処・マッサージ処を備えた豪華な施設でした。
ガイド本などによれば、世界唯一と言われたセラピースパや海洋療法
も行っていたとの記述がありました。
しかしながら時代の波は各温浴施設にも平等に訪れます。イワユル
「失われた10年」が蝕んでいった日本経済はデフレに突入し、アラユル
産業がその規模を縮小させるのです。その不景気は「さんだネスパ」を
も蝕んでいくのです。第三セクター設立の温浴施設ながら民間企業の
施設運営だったさんだネスパ。スパ施設を多く手掛けてきた大手企業
の運営でしたが、当時の世相の安心・安易そして安価を求めた時代に
取り残されていったのでした。というのも平成10年以降は安心・安易
安価と「温泉」を前面に押し出したイワユル「スーパー銭湯」がブーム
となり、良質の温泉源を持つ「さんだネスパ」はオープンから僅か6年後
の平成16年1月に、惜しまれながらその営業を終了します。
そして同じ平成16年5月、「さんだネスパ」内の温泉源を新規に掘削し
さんだネスパの施設・設備に大幅な改装・改築を施された新たな温浴
施設が誕生するのです。
それが「三田温泉 熊野の郷」でした。
和歌山県に本社を置く、建設機械総合レンタル・リースを主とした大手
企業は異業種である温浴事業に進出しました。平成16年、以前にも
ワタクシのこのブログ、稚拙「スーパー銭湯へ行こう!」でも御紹介した
「鳴尾浜温泉 熊野の郷」を皮切りとして温浴施設の運営に乗り出した
のであります。
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11084543862.html
そして鳴尾浜温泉 熊野の郷のオープンの翌年、平成17年にオープン
した福岡「筑紫野温泉 アマンディ」に続く新たな店舗として平成18年
4月に誕生したのが「三田温泉 熊野の郷」なのでした。
この平成16~18年は正に「スーパー銭湯」のオープンラッシュでした。
当時の温泉ファンの嗜好を考えると「さんだネスパ」の天然温泉は支持
されていたようですが、水着着用のスパ・クアハウス業態が不評だった
というよりもプールに重きを置いた施設でして、温泉ファンが求めている
都会の中の温泉情緒を味わえる男女別の大浴場、中でも「露天風呂」
が結構コジンマリした設備・湯船で、温泉情緒目当てのさんだネスパ
利用者が離れていき、遠方のスーパー銭湯に行くのも当然の流れと
言えるのでした。そんな事情も反映したのか、しなかったのかは知る
由もないのですが、三田温泉 熊野の郷はスーパー銭湯ブーム時代の
メインストリームにストライクど真ん中の設備・温泉を備えた温浴施設
として、さんだネスパから大幅な変身を遂げ生まれ変わったのです。
それでは「三田温泉 熊野の郷」の御紹介なのであります。
さんだネスパで人気だったのは皮肉にも温水プールではなく岩風呂を
配した露天風呂だったようなのですが、「三田温泉 熊野の郷」は一転
して、和風からバリ島の高級ホテルリゾートを思わせるエキゾチックな
温浴施設へと生まれ変わりました。
国道176号線から吉川方面を目指すとスグ、小高い丘陵エリアに住宅街
が見えます。それがフラワータウンであります。広々とした庭のある邸宅
が続く街並、その小高い丘陵の坂から何やら温浴施設らしき建築物が
見えました。そうしてパーキングに車を停めて「三田温泉 熊野の郷」の
玄関を目指すと、バリ島などインドネシアで見られるようなヒンズー教の
様式の門がありました。ヒンズー教「風」ではなく、ヒンズー教寺院その
ものであります。これには温泉への期待感を高揚させられます。
しかしながらこれが入口ではなく、門の向こうにはなにもありません。
そして玄関口から一歩足を踏み入れると、ここは日本ではなくバリ島!
と錯覚するぐらいのホテルリゾートの雰囲気が漂っているのです。
それは鳴尾浜温泉 熊野の郷でも感じましたが館内のエキゾチックな
内装、フロント前から男女別の大浴場が一望できる、開放感バツグン
の造りがバリ島の高級リゾートホテルを彷彿とさせるのです。
近隣のスーパー銭湯業態の温浴施設が和風を前面に押し出した施設
造りに対して、「バリ島」のキーワードはむしろ新鮮に感じられました。
そうして、大浴場へと向かいます。
バリ島リゾートの雰囲気は、館内の至る所でも途切れることなく続いて
いきます。こうして気分を高揚させたまま脱衣所から大浴場へ。
ところで三田温泉 熊野の郷の大浴場は「バリ風」と「和風」とありまして
それぞれ日によって女湯、男湯となるようです。
ワタクシはバリ風・和風とも体験していますが、今日はバリ風大浴場を
御紹介したします。
大浴場入口からは、アンティーク色の大理石を敷き詰められた内装が
広がり、そこから日常から開放された温泉による癒しの空間が始まって
いるのです。入口からスグのところには掛け湯がシッカリとあって、その
左手の奥には、ジャグジー風の円形のお風呂が見えます。この湯船は
もちろんアンティークホワイトの大理石であります。
そしてガラス張りの露天風呂との間仕切りの奥には富士が丘丘陵から
の眺めが広がっています。イザ露天へ!と行きたいところですが、まず
は、その間仕切り手前にある遠赤外線サウナへ。天井は高くないです
が、奥行きのあるスタジアム型の座面をもった広い室内で、内風呂と
の仕切りは壁ではなく、ガラス壁になっており開放感は十二分にあり
ます。そして露天風呂へと足を運びます。
内風呂同様にアンティークホワイトの大理石で構成された露天風呂は
開放感バツグンであります。さらにその開放感を際立たせているのは
富士が丘の丘陵から新三田周辺を眺望できる景色でしょうか。
ニュータウン住宅地にありながら自然との一体感を満喫できる、温泉の
真骨頂なのであります。そしてスーパー銭湯にありがちな、イカニして
狭い営業面積を広く見せるか、そんな見え透いた建築ではなく、広い
営業面積を更に広大に見せる、その余裕感が心地よい開放感を与えて
くれるのです。
癒しに包まれた露天風呂に配されたジャグジー風の湯船群は、長方形
から円形まで、まるで幾何学模様のような構築美を提供してくれます。
そして控えめに佇む、バリのリゾート地からやって来たヒンズーの神々。
これら空間の余裕をムダとせず、「ゆとり」そして「豊かさ」を感じさせる
よう設計された露天風呂の奥行きは、イタズラに湯船を増やさなかった
その設計者の理想と願いを表現しているように思うのです。
泉源の発見から紆余曲折を経て、やっとその役割を担い始めた天然
温泉のウッスラと褐色味を帯びた、その御湯に身を委ねて馳せる思い
は、戦後復興から衣食住の確保を渇望した時代を駆け抜けたワタクシ
達の先達の努力の賜物により、こうやって「ゆとり」と「豊かさ」が当たり
前のように感じられることに、感謝しなければならないということでした。
そして、…。やっぱり温泉はサイコー!ですよね~
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」


<御気軽度☆☆☆>
やっぱり料金ですか。大人平日850円・土日祝日950円という入湯料。
会員ならそれぞれ平日・祝日ともに100円づつ安いみたいですが。
この料金設定が安いのか高いのかは、三田温泉 熊野の郷を御利用
の上で感じてみて下さい。無料駐車場は200台あってマイカー派には
モッテコイでしょ。営業時間は朝10:00~夜24:00(受付は23:00まで)
で三田市以外からも余裕で間に合いそうです。
これらの料金および、その他の料金は必ず「三田温泉 熊野の郷」公式
ホームページで御確認の上、御訪問下さいませ。

<レジャー施設度☆☆☆☆>
温泉がメインなので、それ以外の付帯施設はあまり利用しないという
オマエタチ皆々様もおいででしょうが、とりあえず。鳴尾浜温泉 熊野の
郷同様にVIPルームコーナーもあります。利用方法、料金などシツコイ
ようですが「三田温泉 熊野の郷」公式ホームページで御確認を。
その他「ストーンスパ」と呼ばれる岩盤浴やカフェ・レストランもあります。
VIPルームとストーンスパと温泉を利用した日にゃ朝から晩まで過ごし
ちゃいそうですねぇ~
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
<三田温泉 熊野の郷>
http://kumano-no-sato.com/sanda/
<参考文献・サイトおよび出典>
○「まっぷるマガジン 日帰り温泉関西」2006年版・2007年版 昭文社刊
○三田市史を読む会「北摂三田ニュータウンのできるまで」
http://www.city.sanda.lg.jp
○国土交通省ホームページ「全国のニュータウンリスト」
http://www.milt.go.jp/totikensangyo/tochimizushigen_fr2_000011.html
○兵庫県ホームページ「神戸三田国際公園都市」
http://web.pref.hyogo.lg.jp/ea04/kobe-sanda.html
○株式会社ネスパ公式ホームページ「実績紹介」
http://www.nespa.com
○Google ブックス検索プレビュー http://books.google.co.jp/より
「我が街は本日も晴天なり:還暦からの市議会議員・奮闘の記録」
中西博夫著 文芸社 2007年刊