燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」 -10ページ目

今日の御紹介は「三田温泉 熊野の郷」なのです。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

<スーパー銭湯度☆☆☆☆>

1)「衣食住」とニュータウン
昨今、日本国憲法に関する論議が巻き起こっています。現在の政権
与党が圧倒的な支持を得た今、憲法改正への動きを見せているのは
オマエタチ皆々様も良くご存知でしょう。
憲法改正に関する論議は、主に第9条改正が中心になっているようで
あります。「憲法9条?戦争はイヤだし、ナンデ、それがスーパー銭湯
のブログにツナガッテくの?」と御思いでしょうが、しばらく御付き合い
下さいませ。現行の日本国憲法は我々の生活に密接な関連があるの
であります。それは憲法25条であります。
ウィキペディアによると「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の
生活を営む権利を有する。…」とあり、「国は、すべての生活部面に
ついて、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努め
なければならない。」とあります。(ウィキペディア:日本国憲法第25条)
第二次大戦により、敗戦国となった日本が受け入れざるを得なかった
この平和憲法とも言われる「日本国憲法」が唱える「社会権」「生存権」
により敗戦ショック後の戦禍が蔓延した日本で国民の誰もが、復興へ
向けて歩き出したのです。
「最低限度の生活」を「営む」ために必要だったのは「衣食住」でした。
これはイニシエからゲンダイに至るまで変わらないでしょう。
より良い生活を目指して日本国民は邁進し続けました。高度経済成長
により産業が隆盛を向かえ、労働を求めて都市に人が集まり、そうして
輸出産業が花形となり、人々はより良い生活を求めて消費行動を起こし
そうして国内経済も発展していきました。
都市に集中した人口はサマザマな問題をモタラスのですが、高度経済
成長期において最もクローズアップされた問題が「住環境」だったんじゃ
ないでしょうか。「衣食住」に於ける「住」は島国である日本では永遠の
問題なのであります。
島国日本が高度経済成長期、諸外国から揶揄された言葉として記憶に
残っているのは「ウサギ小屋」という表現でした。それはイワユル「団地」
を指したものだったと思います。また、そんな「ウサギ小屋」に住まいし、
アクセクと働く日本人を「エコノミック・アニマル」と表現した欧米の皮肉
ともブラックユーモアとも取れる表現は、狭い国土しか持たない島国日本
が怒涛の勢いで成し遂げた経済成長が、諸外国の目には奇異に映った
ことのアラワレだったのではないでしょうか。
その「ウサギ小屋」と揶揄された「団地」は高度経済成長期の日本に
起こった深刻な住宅不足を反映して造成された「ニュータウン」の住居
を指したものだったと思います。前述にもあるように仕事・職を求めて、
都市部に爆発的に集中した人口を受け入れられる居住地は都心及び
周辺の市街地だけでは供給が追いつかない状況だったようです。
これらの住宅不足の解消が叫ばれる中、それらの問題をイッキに解消
すべく大規模ニュータウンの造成が行政主導により計画されるのです。
当時の住宅供給において、国サイドの担い手は1955年、昭和30年に
設立された「特殊法人 日本住宅公団」でした。ウィキペディアによると
「住宅に困窮する勤労者のために住宅及び宅地の供給をおこなって
きた…」とあります。1956年に公団住宅第一号である、大阪府堺市の
金岡団地を皮切りに、日本各地の大都市圏に次々と集合住宅を建設
してゆくのです。(ウィキペディア:都市再生機構より)
しかしながら当時の公団住宅は小規模であり、大都市に流入し続ける
人口増加をカヴァーすることはジョジョに難しくなっていくのです。そして
更に規模を拡大した、一つの独立した街とも言える大規模ニュータウン
計画が立てられるのです。それが「千里ニュータウン」でした。
国土交通省によると、大規模ニュータウンとされているのは施行面積が
300ヘクタール以上の規模を指すようですが、100mX100mつまり100㎡
が1ヘクタールであるので、それでいくと単純計算でも縦横30kmx30km
以上の土地ということになります。もう、立派なCITYですねぇ。
大阪府吹田市と豊中市に延びる千里丘陵に誕生した「まち」は日本の
高度経済成長期の出来事のメインストリームにありました。
宮家の御視察、映画撮影のロケ地、天皇陛下御夫妻の御来幸、首相
の視察、阪急電車千里線・北千里駅に日本初の自動改札機の導入、
そうして昭和45年の日本万国博覧会開催は未だに語り継がれている
出来事であります。(ウィキペディア:千里ニュータウンより)
ところで千里ニュータウンは当時、最先端の設備が施された集合住宅
だったのですが、大阪府による大阪府営住宅と、日本住宅公団による
公団住宅の2つの行政管理でした。しかし、大阪府営住宅には当初は
浴室が設置されてなかったそうで、各居住区にはそれぞれ銭湯が設置
されていたそうで、それらの銭湯でも特筆したいのが千里ニュータウン
の豊中市エリアの「太陽温泉」です。天然温泉の掘削に成功、地元のみ
ならず他府県の温泉ファンに愛された温泉銭湯でした。
ですが、千里ニュータウンの各戸に浴室が普及し、銭湯は次々と姿を
消していくのですが、近隣にスーパー銭湯業態の温浴施設が軒を連ね
た今、千里ニュータウンで唯一生き残っていた「天然温泉 太陽温泉」も
昨年末で廃業となりました。何度か訪問したことがありますが、昭和の
匂いを色濃く残しながらも、天然温泉をメインにスーパー銭湯と真っ向
から勝負できるアクティビティ溢れる湯船群、設備を持った温浴施設で
あっただけに、その廃業は惜しまれる限りです。
ですが、この温浴事情を鑑みても、「衣・食・住」には「御風呂」が必要
なんでしょう!やはり。温泉に浸かって癒されたいのはどの時代も同じ
なんでしょうね!加えて「まち」に温泉、しかも「天然温泉」があるって
やっぱりミ~ンナ憧れる訳です!
この千里ニュータウンでの温浴事情は、後のバブル期に計画された
ニュータウンでも起こるのです…

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」



2)国際公園都市と温泉
ナンだか「いつになったら温泉の話になんの?」って声が聞こえてきそ
うですが、スンマソン、まだまだ脱線した御話は続きます。
千里ニュータウンを初めとした大規模ニュータウンの成立後、日本各地
にニュータウンが誕生するのですが、日本は高度経済成長期を経て、
一旦、景気後退の時期もやってくるのです。しかしながら大都市での
人口集中が緩和される訳ではなく、新たな居住エリアの開発が叫ばれ
始めます。そうして公共交通の整備が進むことで、大阪・神戸・京都まで
通勤圏が1時間前後のエリアの開発構想が持ち上がるのです。
国土交通省の全国のニュータウンリストによれば、規模に関わらず沢山
のニュータウンが計画されてきたことがお分かりになると思います。
*1国土交通省ホームページ「全国のニュータウンリスト」参照
これら昭和50年代、1980年代に計画されたニュータウンは、それまで
の高度経済成長期に誕生したニュータウンとは一線を画すモノでした。
高度経済成長期に於けるニュータウンは都市部の人口増の受け皿と
なるべく、集合住宅を中心とした住居面積を優先したものでした。
ところがバブル経済期突入前夜に計画されたニュータウンは、景気の
上昇なども影響したのでしょうか、「ゆとり」「くらし」を前面に押し出した
生活面積を優先したものだったように思うのです。
それは時代背景に大きく左右されたように思うのはワタクシだけでは
ないでしょう。生活水準の向上、「団体」から「個人」への嗜好の変化
は集合住宅のお隣さん同士よりも、週末のプライベートに重きをおいた
ライフスタイルを求めたのです。
1980年代後半、それまでの持ち家のステータスにも、ある種の変化が
起こります。駅から近い、通勤・ショッピングにも便利な立地の集合住宅
は「マンション」と呼ばれ、都心部から離れた自然豊かな土地に庭付き
車庫付きの「郊外の一戸建て」、このイズレカが所有するべき住宅の
ベンチマークとなるのです。それまでは「住宅」を所有しているか、そう
でないか、が豊かさの指針だったのが、どういった住居に住まいするの
か、が重要になる時代を迎えるのです。
今日御紹介する「三田温泉 熊野の郷」が所在する、兵庫県三田市は
そんな時代の流れのど真ん中にあった街でした。
関西を代表する山系の一つである六甲山の北西部に位置する三田市
は、都心の喧騒から遠く離れた、ノドカナ田園風景が広がる自然豊かな
街なのであります。そんな物静かな街に、ニュータウン開発計画が持ち
上がります。昭和42年、兵庫県は「北摂ニュータウン開発計画」を発表
します。後に「北摂三田ニュータウン」の名称となった、この計画は何と
総面積1,200ヘクタールにおよぶ巨大なものでした。更には昭和44年
隣接する神戸市北区のニュータウン「神戸リサーチパーク」も加わって
総開発面積2,000ヘクタールにも及ぶ「神戸三田国際公園都市」として
兵庫県・都市再生機構そして大手ハウスメーカーによる一大開発プロ
ジェクトに発展するのです。
この巨大ニュータウンに出来上がっていったのは「郊外の一戸建て」が
中心でした。大阪・神戸の都心部から公共交通で1~2時間なのですが
週休2日制が浸透し始めた当時の日本では、長時間の通勤を考慮して
も余暇を優先する、そんな人々の羨望のマナザシを集めるのです。
勿論、マンションも出来上がって行きましたが、都市部周辺のマンション
に比べて広い間取り、最新設備が整った物件がほとんどでした。
「神戸三田国際公園都市」を構成する三田市「北摂三田ニュータウン」
そして神戸市北区「神戸リサーチパーク」ですが、今日の御紹介であり
ます、「三田温泉 熊野の郷」の所在する、北摂三田ニュータウンに話を
絞ると、ウィキペディアによれば「三田市は1980年代からの北摂三田
ニュータウン(フラワータウン・ウッディタウン・カルチャータウン・テクノ
パークの4団地で構成)開発を軸に発展してきた。」とあります。
(ウィキペディア:北摂三田ニュータウンより)
この4団地のうち、フラワータウンで天然温泉が湧き出て、現在の三田
温泉 熊野の郷へとつながっていくのです。その由来を調べようと検索
したところ興味深いページをグーグルブックスで見つけました。




燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
今日の御紹介は「湯処 食処 河内やまとの湯」なのです。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

<スーパー銭湯度☆☆>

日本の高度経済成長期、国内にはサマザマな幹線道路が計画されました。オリシモ、
日本で初の国際博覧会となった日本万国博覧会、つまり大阪万博の開催に合わせて
急ピッチで開通・整備が進んだのが大阪外環状線なのであります。
この大阪の大動脈の一つとも言える巨大幹線道路の沿線にはサマザマな産業・工業
が進出し、バブル崩壊直前そして現在も日本経済を支え続けているのです。
その大阪外環状線を構成する道路に国道170号線があります。大阪府北東部~南東
部を結ぶ沿線には生産基地となる工場、運輸基地となる配送場などが数多くできたの
は言うまでもありません。
しかし、バブル崩壊後は御存知のようにそういった日本の工業・産業は衰退の一歩を
たどり、企業が撤退し遊休地となった場所には、ドンドン商業施設が出来上がっていく
のです。特に東大阪市はその顕著な例のように思います。
日本の「ものづくり」を支える中小企業が多く集まる、東大阪市は所謂河内エリアでも
工業・産業の中心でありますが、その企業に就労する人々の居住地でもあるのです。
その結果、バブル崩壊後は多数の大型商業店舗が立ち並ぶエリアへと変化していく
ことになるのです。あらゆる業界の大型商業施設、特に郊外型言われる大型駐車場
を完備した大規模店舗のメッカとなるのです。
付け加えれば、チェーン展開の商業施設が多いのも、このエリアの特徴でしょうね。
企業が撤退し、広大な遊休地が増える→不景気により地価がドンドン下がる→出店
リスクが下がる→郊外型大規模店舗によりエリア内・外の利用客が訪れる…
正に現代日本の消費の縮図が、そこにあるのです。そうして、その現象は温浴施設に
も当てはまったのだと思うのです。
こうして170号線沿線は温浴施設激戦区となっていったのです。これだけ多いと、もう
温泉地と呼べるんじゃないでしょうか。その温浴施設激戦区となった背景にはチェーン
店による多店舗展開の温浴施設の影響も色濃くあるようにワタクシは思うのです。
そういった温浴施設チェーン店による激戦の先陣を切ったのが、東大阪市稲葉にある
「湯処 食処 河内やまとの湯」だったのではないでしょうか。
かつては大手住宅総合メーカーの関連子会社としてやまとの湯を運営していた不動産
開発を手掛けてきた企業は平成10年に「やまとの湯」の運営を開始し、平成17年には
その勢いに乗ったのか、株式上場を果たします。しかしながら平成22年には、かつて
「やまとの湯」を運営していたその不動産開発が主業の企業は、民事再生法を申請し
「やまとの湯」の事業を他企業へ事業譲渡し、現在はあらたな企業により運営されて
いる「やまとの湯」、その「やまとの湯」が平成12年、2000年に5番目の「やまとの湯」
としてオープンしたのが「河内やまとの湯」なのです。
バブル崩壊が1990年とも1991年とも言われますが、その約10年後に河内エリアと言わ
れる、この地にスーパー銭湯業態の温浴施設が誕生するのは時流ですね。
オープン当事は画期的な温浴施設であっただろうと思われます。近隣の温浴施設で
天然温泉を楽しめるのは温泉ホテル、健康ランドしかなかったようなのですが殆どが
料金設定を2000円前後とした施設で、決して御気軽ではなかったと思うのです。
そんな状況の中、当時の公衆浴場つまり、街の銭湯にプラスαの料金で天然温泉を
楽しめて、当時としては備えている街中の温浴施設が珍しい、本格的な岩風呂の湯船
による露天風呂を備え、また健康ランドやオフィス街のサラリーマン御用達の24時間
サウナにもヒケ劣らない広いタワーサウナもある「河内やまとの湯」が登場したのです。
またワタクシ、燐夢が個人的に「河内やまとの湯」が画期的だったと思うのは「運び湯」
による「天然温泉」だと思うのです。この「運び湯」による天然温泉は以前にも実施して
いる温浴施設等あったようですが、このエリアでは「河内やまとの湯」が始めたように
思います。独断ですが。この「運び湯」方式による天然温泉はイッキにスーパー銭湯の
出店リスクを下げる結果になったと思うのです。また行政の主導による循環ろ過・消毒
加温・加水等の法令上での衛生管理もクリアしやすくなったことは、想像に難くないと
思うのです。しかしながら安価・安心・安易があらゆる企業のキーワードである当世、
ある企業が儲かれば、同じように2匹目のドジョウを狙う企業が現れる今の日本です、
翌年以降は、この河内エリアに続々とチェーン店による温浴施設が「スーパー銭湯」と
して参入するのです。
そうなると「天然温泉」「露天風呂」「サウナ」そして付帯施設である「食事処」「マッサー
ジ」があるのはスーパー銭湯としては当たり前、となると「差別化」の部分は「料金」に
スポットを当てざるを得ないのが現状の温浴施設ではないでしょうか。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

さて、インプレッションであります。

冒頭では大阪外環状線について述べましたが、今回は中央環状線を通り「河内やまと
の湯」を目指します。15号線に入り「花園ラグビー場」の方面へとクルマを走らせると、
「菱江」の交差点を過ぎると温泉地のホテルを思わせる、割りと近代的な外観の建屋
が見えます。駐車場はやはり広いですね、ガイドブック等によれば134台とのことです。
そうして館内へと足を運びます。実は今回の訪問時、食事とタオルセットが込みになっ
ている特別クーポンを、あるサイトで購入しての利用なのでした。それ故、以前に他の
やまとの湯チェーン店も訪問してからの利用だったのですが、他の「やまとの湯」に比
べて利用客が少なく、寂れた印象さえ受けました。また残念に感じられたのは無愛想
なフロントスタッフだったり、館内の隅に誇りが溜まっていたり、チェーン店のクオリティ
が感じられませんでした。これも運営会社の交代やらでこうなったのか?そんな感じも
しました。ただ平成12年ですが近年リニューアルされたのか館内に古びた印象は受け
ませんでした。
さて、2階への階段を昇り大浴場へと向かいます、そして脱衣所から浴室へ。ところで
脱衣所に隣接しているコインマシーンルームは以前はあかすりコーナーだったのか?
と思うくらい浴室のような造りだったのが気になりますね…
そうして御風呂です。感心したのは洗い場の面積の取り方です、近年のスーパー銭湯
に有りがちな狭小の営業面積にコレデモか!って位に湯船を配置した構成の浴室で
はなく、洗い場の開放感もシッカリ確保されていました。
具体的には、洗い場は2列であり1列目と2列目の間が4.5~5m間があって、周りを気
せずウオッシュできそうです。ですが浴室のマナーはシッカリと守りましょう。
この開放感はサウナにもあって、広い奥行きを確保していて、通常この面積なら利用
定員を詰め込むあまり、スタジアム席のように入口から奥までビッシリ雛壇にしている
サウナが多いですが、ここではサウナ部屋の壁にヅタイに2段の雛壇の構成になって
いて、ど真ん中はフリーな空間が占めていて圧迫感はないです。
しかしながら、露天風呂にある釜風呂は無理や作った感が有り過ぎで、利用者が全く
いないのです。ウナギの寝床のような長細い空間に石造りの長椅子と、雰囲気はある
んですが。入ってみるとやはり蒸気の出にムラがあるせいか発汗を催さないのです。
女湯はハーブ塩サウナでこちらは未体験ですが。男湯、女湯と入れ替え制にすべき
と思ったのはワタクシだけではないでしょう。
内風呂の構成は水風呂と入浴剤使用の日替り湯、そして一つの大きな湯船があって
この湯船内を区切ってリラクゼーションバス・ジェットバス・座マッサージ・深風呂があり
ます。このあたりの湯船の構成は平成12年オープンという、街の公衆浴場との過渡期
であることを感じさせますね。しかし変に小さい湯船ばかり並べるより、大きな湯船に
アクティビティ系のバスを配置するほうが、吹き抜けの天井とアイマッテ開放感があり
ます。どう感じるかはオマエタチ皆様次第ですが。
肝心の露天風呂、天然温泉使用の小さめの岩風呂が一つ。7~8人が入れば一杯な
感じでしょうか。パンフレットには「伊勢の国、亀山で湧く天然温泉を満たしました。」と
なっていますが、訪問直前に同系の「平野やまとの湯」で湧き出る天然温泉に変更に
なったようです。
当然、循環ろ過・消毒・加水・加温による衛生管理がなされている事は想像に難くない
のですが、肌への心地よい刺激があって、単純泉の効能がガッツリ楽しめる、熱めの
御湯で、「運び湯」であることを全く感じさせませんでした。
しかし面積が小さく、ガイドブック等を見ると、備長炭を積み上げたタワーから滝の様に
流れる御湯とのことでしたが、実際は備長炭を模した石を、これまた積み上げた風に
模した壁の奥にタンク?っぽいところから御湯が流れ出ていた。まあ、「スーセン」です
からねぇ…。また露天風呂奥にある日本庭園風植え込みは、以前は打たせ湯だった
ようですな。御風呂場全体としてはムリヤリ感がない湯船の構成で好感はあります。
しかし、利用者減をどこかでカバーしないとやって行けないという事情はあるんでしょう
けど、やまとの湯チェーン店としての館内の清潔感を含めたクオリティは維持して欲しか
ったですね…
運び湯の天然温泉が予想以上にやまとの湯他店と比べても良かったのですから。
因みに天然温泉利用は前述の露天風呂「天然温泉庭園露天風呂」のみのようです。
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
<御気軽度☆☆☆>
営業時間はあさ10:00~深夜1:00(入浴受付は24:00まで)となっていて、コレは他の
やまとの湯チェーン店と同じですね。料金は大人(中学生以上)が一般料金で平日が
700円、土日祝750円ですが、会員はこの一般料金から平日、土日祝ともに100円安く
なるようです。無料駐車場がモチロンあって134台となっています。
小学生や幼児の料金設定もあるようですので、「河内やまとの湯」公式サイトで必ず
御確認の上、御利用をお願いいたします。
最寄駅は近鉄奈良線の若江岩田駅みたいですが、歩いて辿り着けるんですかね?
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
<レジャー施設度☆☆☆>
「お食事処やまと亭」「リラクゼーションサロン」「ヘアカットサロン」とさすが、このエリア
のイノヴェイターだけあってスーパー銭湯御約束の付帯施設は揃っています。
あとドリンクカウンターや健康文庫という図書室的なところもありました。これらの施設
の御利用の際は必ず「河内やまとの湯」公式サイトで御確認下さいませ!

<湯処 食処 河内やまとの湯>
http://www.yamatonoyu.co.jp








今日の御紹介は「湯処食処 大正やまとの湯」なのです。
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
<スーパー銭湯度☆☆☆>
日本の産業を高度経済成長期から支え続けてきた工業地帯。日本で
三大工業地帯として並び称されるのが京葉工業地帯、中京工業地帯、
そして阪神工業地帯なのであります。
これらの工業地帯は湾岸部・河川部に形成されて行きました。輸送の
手立ては陸運よりも海運に多くを頼っていた時代、阪神工業地帯を
形成する以前の時代、紡績業が盛んだったエリアがあります。それが
今日御紹介する「湯処 食処 大正やまとの湯」がある大阪市大正区で
あります。大阪・兵庫の湾岸部・河川部に発展した産業は、その運輸
の利便さから輸出入の玄関口となり、特に造船業・製鉄業などの重工
業が発達していったのです。
当然、産業が発展すれば労働を求めて人口が増えて行きます。それが
この港の町、大阪市大正区には沖縄県からの移住者が多かったので
あります。紡績業の発展、阪神工業地帯の拡大に伴って大正区そして
周辺のエリアには沖縄県のコミュニティが形成されていったようです。
そんな歴史を持つ大阪市大正区は行政・街を上げての沖縄に関する
イベントが多く行われていて、2012年9月には沖縄・三大綱引きの一つ
である与那原大綱曳(よなばるおおつなひき)が大正区で行われたの
でした。大正区の「綱・ちゅら・エイサー祭り」にて沖縄本土復帰40周年
・大正区制80周年記念事業として沖縄県与那原町で実際に使用された
大綱を運搬し「与那原大綱曳in大正区」として大イベントが盛大に行われ
たのでした。また、同年には国営放送局の朝の連続テレビ小説の舞台
に沖縄・宮古島と、大阪市大正区がなったことでイッキに盛り上がりを
見せています。そして行政・街を上げての「おきナニワんProject」が立ち
上がり、更なる盛り上がりを見せようとしています。
大正区内には沖縄県民御用達のソウルフードを堪能できる飲食店も
多くあります。巷では大正区イコール、「リトル沖縄」とも呼ばれるほど
で、大阪都心からも近い割には庶民的な街並が残っていて、知る人ぞ
知る隠れ家的な観光スポットとして脚光を浴びているようです。
その大正区の大規模商業施設「千島ガーデンモール」に隣接する土地
でボーリング工事が行われ、遂に2003年6月に天然温泉源泉の掘削に
成功、平成15年にオープンしたのが「湯処 食処 大正やまとの湯」なの
であります。
チェーン店を展開する「やまとの湯」の中でも、土地柄を色濃く反映した
大正やまとの湯、南国沖縄ムードに溢れる温浴施設なのです。
さて、インプレッションでございます。国道43号線から大正区の目抜き
通りの大正通りを南に向かい、千島北交差点を左折すると商業施設が
立ち並ぶ千島ガーデンモールが見えてきます。そのスグ横に見えるの
が大正やまとの湯です。ガイドブック等によると無料駐車場は170台と
なっていますが千島ガーデンモール内の他店舗とパーキングを共有して
いるように思います。パーキングゲートなども無く、空いているスペース
にクルマを停めて館内へと足を運びます。
建屋外観は沖縄のリゾートホテルを思い起こさせる造りで、温浴施設に
ありがちな和風の造りではないことが温泉への期待感を膨らませてくれ
ます。そして施設の周辺には大きな椰子の木が数本あり、更には瓦葺
の屋根、これは琉球瓦と言うのでしょうか、沖縄の特徴的な赤瓦屋根、
そしてその屋根の上には魔除けで有名なシーサーが見えます。
エントランスにもシーサーが鎮座していて、沖縄ムードは最高潮です。
イザ、館内へ!館内入口横の下駄箱から店内を見渡すとどうやら館内
は1階のみで、食事処も見えます。この平屋造りは琉球家屋を意識した
のか?などと思いながらフロントから大浴場へと向かいます。
脱衣所はいかにも銭湯と言った趣で広くもなく、狭くもなくと言った感じ
ですが、肝心なのは御風呂なのであります。
しかしながら、大浴場にも沖縄テイストが溢れているのかと思いきや
意外にも普通のスーパー銭湯でした。ちょっとネット等で調べてみたの
ですが沖縄では一般的に家で湯船に浸かる習慣があまりないようなの
でありまして、シャワーを浴びるだけで入浴を済ませることが多いよう
です。常夏と言われる土地ですからねぇ。
よって特に琉球スタイルと言われる御風呂はないのでしょうね。それは

さておき、温泉であります。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

まず、内風呂ですが深風呂があります。これはユッタリと肩まで浸かれて

かつジェット噴射の心地良い水圧で身体がホグレマス。これは男湯のみ
で女湯は回遊風呂となっているようです。そして座マッサージ、シェイプ
アップバス、スーパージェットバス、バイブラバス、リラクゼーションバス、
ジェットバス、などヴァラエティに富んだ湯船が揃っています。
そして内風呂の一番奥にはトルマリン付設のタワーサウナがあります。
さあ、いよいよ肝心の露天風呂へと向かいます。
近年のスーパー銭湯に見られるように、露天風呂に重きを置いた構成
でありますが、大正区という大阪ベイエリアにあって露天風呂に立って
いるとホノカに潮風を感じる瞬間がありました。周囲を壁に囲まれていて
開放感はないのかと思いきや、開放感はあるのです。
限られた営業面積にコレでもか!と湯船を詰め込んだ感じはありません。
よって露天風呂の湯船はシンプルに3種類。つぼ湯、そして天然温泉を
使用した岩風呂が2つなのであります。
その天然温泉を楽しめる湯船は沖縄の方言によるネーミングであります。
まず、小さい湯船は「ちゅらじゅーぐや」と名付けられた小さな円形の湯船
でして温度は熱めです。「ちゅらじゅーぐや」とは沖縄のことばで「美しい
満月」という意味だそうで、定員3~4名の満月のように真ん丸の岩風呂
は肩まで浸かるというよりは、シッカリと熱めの御湯で半身浴にピッタリ。
そうして一番大きな岩風呂の湯船は「ぬる湯 なかゆくい」と名付けられた
湯船で、丁度良い湯加減のぬるめの御湯です。シッカリとユッタリと温泉
を楽しめます。「なかゆくい」とは沖縄ことばで「ちょっとユックリしよう」って
な感じの意味のようです。その「なかゆくい」の名前の通りに、天然温泉
「やまと温泉」の肌への心地良い刺激をユッタリと味わいながらマッタリと
温泉に浸かる!ナカナカの良い御湯ですよ~
因みに営業敷地内800m下から湧き出る天然温泉「やまと温泉」は加温
あり、加水なし、循環ろ過、塩素消毒による衛生管理が行われていると
のことですが、あまり塩素臭はしませんでした。
他には蒸し風呂(男湯のみ)、スチームサウナ(女湯のみ)天然温泉を
利用した備長炭水風呂があるようです。

<御気軽度☆☆☆>
アベノミクスの影響下、円安による原油価格高騰の影響かどうかは知る
由もないのですが、ご他聞に漏れず大正やまとの湯もジョジョに値上げ
となり、現在は大人(中学生以上)平日800円・土日祝800円(一般料金)
会員料金は平日700円土日祝750円となっていて、近隣の温浴施設と
比較しても高めの料金設定だと思います。その料金を高いと感じるか
安いと感じるかはオマエタチ皆様次第ですが。
パーキングはガイドブックなどによると170台とのことですが千島ガーデン
モールと隣接しているため、パーキングはもっと余裕がありそうです。
なお、料金、パーキングを含めて詳細は「湯処 食処 大正やまとの湯」の
公式サイトで必ず御確認の上、御訪問下さいませ!

<レジャー施設度☆☆☆>
食事処やまと亭、ヘアカットサロン、癒し処やまとの和みとあり、スーパー
銭湯にある付帯施設は揃っています。また「いこいの間」は貸切利用
できるようです。詳細は「湯処 食処 大正やまとの湯」の公式サイトで
必ず御確認の上、御利用下さいませ!シツコイようですがm(_ _)m

<湯処 食処 大正やまとの湯>
http://www.yamatonoyu.co.jp

<参考・引用サイト>
大阪市大正区ホームページ
http://www.city.osaka.lg.jp/taisho/page/0000181958.html