三田温泉 熊野の郷 ~前編~ (兵庫県 三田市) | 燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

今日の御紹介は「三田温泉 熊野の郷」なのです。

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<スーパー銭湯度☆☆☆☆>

1)「衣食住」とニュータウン
昨今、日本国憲法に関する論議が巻き起こっています。現在の政権
与党が圧倒的な支持を得た今、憲法改正への動きを見せているのは
オマエタチ皆々様も良くご存知でしょう。
憲法改正に関する論議は、主に第9条改正が中心になっているようで
あります。「憲法9条?戦争はイヤだし、ナンデ、それがスーパー銭湯
のブログにツナガッテくの?」と御思いでしょうが、しばらく御付き合い
下さいませ。現行の日本国憲法は我々の生活に密接な関連があるの
であります。それは憲法25条であります。
ウィキペディアによると「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の
生活を営む権利を有する。…」とあり、「国は、すべての生活部面に
ついて、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努め
なければならない。」とあります。(ウィキペディア:日本国憲法第25条)
第二次大戦により、敗戦国となった日本が受け入れざるを得なかった
この平和憲法とも言われる「日本国憲法」が唱える「社会権」「生存権」
により敗戦ショック後の戦禍が蔓延した日本で国民の誰もが、復興へ
向けて歩き出したのです。
「最低限度の生活」を「営む」ために必要だったのは「衣食住」でした。
これはイニシエからゲンダイに至るまで変わらないでしょう。
より良い生活を目指して日本国民は邁進し続けました。高度経済成長
により産業が隆盛を向かえ、労働を求めて都市に人が集まり、そうして
輸出産業が花形となり、人々はより良い生活を求めて消費行動を起こし
そうして国内経済も発展していきました。
都市に集中した人口はサマザマな問題をモタラスのですが、高度経済
成長期において最もクローズアップされた問題が「住環境」だったんじゃ
ないでしょうか。「衣食住」に於ける「住」は島国である日本では永遠の
問題なのであります。
島国日本が高度経済成長期、諸外国から揶揄された言葉として記憶に
残っているのは「ウサギ小屋」という表現でした。それはイワユル「団地」
を指したものだったと思います。また、そんな「ウサギ小屋」に住まいし、
アクセクと働く日本人を「エコノミック・アニマル」と表現した欧米の皮肉
ともブラックユーモアとも取れる表現は、狭い国土しか持たない島国日本
が怒涛の勢いで成し遂げた経済成長が、諸外国の目には奇異に映った
ことのアラワレだったのではないでしょうか。
その「ウサギ小屋」と揶揄された「団地」は高度経済成長期の日本に
起こった深刻な住宅不足を反映して造成された「ニュータウン」の住居
を指したものだったと思います。前述にもあるように仕事・職を求めて、
都市部に爆発的に集中した人口を受け入れられる居住地は都心及び
周辺の市街地だけでは供給が追いつかない状況だったようです。
これらの住宅不足の解消が叫ばれる中、それらの問題をイッキに解消
すべく大規模ニュータウンの造成が行政主導により計画されるのです。
当時の住宅供給において、国サイドの担い手は1955年、昭和30年に
設立された「特殊法人 日本住宅公団」でした。ウィキペディアによると
「住宅に困窮する勤労者のために住宅及び宅地の供給をおこなって
きた…」とあります。1956年に公団住宅第一号である、大阪府堺市の
金岡団地を皮切りに、日本各地の大都市圏に次々と集合住宅を建設
してゆくのです。(ウィキペディア:都市再生機構より)
しかしながら当時の公団住宅は小規模であり、大都市に流入し続ける
人口増加をカヴァーすることはジョジョに難しくなっていくのです。そして
更に規模を拡大した、一つの独立した街とも言える大規模ニュータウン
計画が立てられるのです。それが「千里ニュータウン」でした。
国土交通省によると、大規模ニュータウンとされているのは施行面積が
300ヘクタール以上の規模を指すようですが、100mX100mつまり100㎡
が1ヘクタールであるので、それでいくと単純計算でも縦横30kmx30km
以上の土地ということになります。もう、立派なCITYですねぇ。
大阪府吹田市と豊中市に延びる千里丘陵に誕生した「まち」は日本の
高度経済成長期の出来事のメインストリームにありました。
宮家の御視察、映画撮影のロケ地、天皇陛下御夫妻の御来幸、首相
の視察、阪急電車千里線・北千里駅に日本初の自動改札機の導入、
そうして昭和45年の日本万国博覧会開催は未だに語り継がれている
出来事であります。(ウィキペディア:千里ニュータウンより)
ところで千里ニュータウンは当時、最先端の設備が施された集合住宅
だったのですが、大阪府による大阪府営住宅と、日本住宅公団による
公団住宅の2つの行政管理でした。しかし、大阪府営住宅には当初は
浴室が設置されてなかったそうで、各居住区にはそれぞれ銭湯が設置
されていたそうで、それらの銭湯でも特筆したいのが千里ニュータウン
の豊中市エリアの「太陽温泉」です。天然温泉の掘削に成功、地元のみ
ならず他府県の温泉ファンに愛された温泉銭湯でした。
ですが、千里ニュータウンの各戸に浴室が普及し、銭湯は次々と姿を
消していくのですが、近隣にスーパー銭湯業態の温浴施設が軒を連ね
た今、千里ニュータウンで唯一生き残っていた「天然温泉 太陽温泉」も
昨年末で廃業となりました。何度か訪問したことがありますが、昭和の
匂いを色濃く残しながらも、天然温泉をメインにスーパー銭湯と真っ向
から勝負できるアクティビティ溢れる湯船群、設備を持った温浴施設で
あっただけに、その廃業は惜しまれる限りです。
ですが、この温浴事情を鑑みても、「衣・食・住」には「御風呂」が必要
なんでしょう!やはり。温泉に浸かって癒されたいのはどの時代も同じ
なんでしょうね!加えて「まち」に温泉、しかも「天然温泉」があるって
やっぱりミ~ンナ憧れる訳です!
この千里ニュータウンでの温浴事情は、後のバブル期に計画された
ニュータウンでも起こるのです…

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2)国際公園都市と温泉
ナンだか「いつになったら温泉の話になんの?」って声が聞こえてきそ
うですが、スンマソン、まだまだ脱線した御話は続きます。
千里ニュータウンを初めとした大規模ニュータウンの成立後、日本各地
にニュータウンが誕生するのですが、日本は高度経済成長期を経て、
一旦、景気後退の時期もやってくるのです。しかしながら大都市での
人口集中が緩和される訳ではなく、新たな居住エリアの開発が叫ばれ
始めます。そうして公共交通の整備が進むことで、大阪・神戸・京都まで
通勤圏が1時間前後のエリアの開発構想が持ち上がるのです。
国土交通省の全国のニュータウンリストによれば、規模に関わらず沢山
のニュータウンが計画されてきたことがお分かりになると思います。
*1国土交通省ホームページ「全国のニュータウンリスト」参照
これら昭和50年代、1980年代に計画されたニュータウンは、それまで
の高度経済成長期に誕生したニュータウンとは一線を画すモノでした。
高度経済成長期に於けるニュータウンは都市部の人口増の受け皿と
なるべく、集合住宅を中心とした住居面積を優先したものでした。
ところがバブル経済期突入前夜に計画されたニュータウンは、景気の
上昇なども影響したのでしょうか、「ゆとり」「くらし」を前面に押し出した
生活面積を優先したものだったように思うのです。
それは時代背景に大きく左右されたように思うのはワタクシだけでは
ないでしょう。生活水準の向上、「団体」から「個人」への嗜好の変化
は集合住宅のお隣さん同士よりも、週末のプライベートに重きをおいた
ライフスタイルを求めたのです。
1980年代後半、それまでの持ち家のステータスにも、ある種の変化が
起こります。駅から近い、通勤・ショッピングにも便利な立地の集合住宅
は「マンション」と呼ばれ、都心部から離れた自然豊かな土地に庭付き
車庫付きの「郊外の一戸建て」、このイズレカが所有するべき住宅の
ベンチマークとなるのです。それまでは「住宅」を所有しているか、そう
でないか、が豊かさの指針だったのが、どういった住居に住まいするの
か、が重要になる時代を迎えるのです。
今日御紹介する「三田温泉 熊野の郷」が所在する、兵庫県三田市は
そんな時代の流れのど真ん中にあった街でした。
関西を代表する山系の一つである六甲山の北西部に位置する三田市
は、都心の喧騒から遠く離れた、ノドカナ田園風景が広がる自然豊かな
街なのであります。そんな物静かな街に、ニュータウン開発計画が持ち
上がります。昭和42年、兵庫県は「北摂ニュータウン開発計画」を発表
します。後に「北摂三田ニュータウン」の名称となった、この計画は何と
総面積1,200ヘクタールにおよぶ巨大なものでした。更には昭和44年
隣接する神戸市北区のニュータウン「神戸リサーチパーク」も加わって
総開発面積2,000ヘクタールにも及ぶ「神戸三田国際公園都市」として
兵庫県・都市再生機構そして大手ハウスメーカーによる一大開発プロ
ジェクトに発展するのです。
この巨大ニュータウンに出来上がっていったのは「郊外の一戸建て」が
中心でした。大阪・神戸の都心部から公共交通で1~2時間なのですが
週休2日制が浸透し始めた当時の日本では、長時間の通勤を考慮して
も余暇を優先する、そんな人々の羨望のマナザシを集めるのです。
勿論、マンションも出来上がって行きましたが、都市部周辺のマンション
に比べて広い間取り、最新設備が整った物件がほとんどでした。
「神戸三田国際公園都市」を構成する三田市「北摂三田ニュータウン」
そして神戸市北区「神戸リサーチパーク」ですが、今日の御紹介であり
ます、「三田温泉 熊野の郷」の所在する、北摂三田ニュータウンに話を
絞ると、ウィキペディアによれば「三田市は1980年代からの北摂三田
ニュータウン(フラワータウン・ウッディタウン・カルチャータウン・テクノ
パークの4団地で構成)開発を軸に発展してきた。」とあります。
(ウィキペディア:北摂三田ニュータウンより)
この4団地のうち、フラワータウンで天然温泉が湧き出て、現在の三田
温泉 熊野の郷へとつながっていくのです。その由来を調べようと検索
したところ興味深いページをグーグルブックスで見つけました。




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