先日、川崎大師教学研究所の公開講座「空海と般若経」を受講した。
高野山大学の科目履修生になったが、通信科なので講義を受ける機会が非常に少ない。
川崎大師の公開講座は、真言宗や空海の教えを学者の先生からお聴きできる貴重な機会である。

ここで「学び」とは何か考える。
子供が将来自立して生きていくために、教育を受けるのは当然のこと。
空海の綜芸種智院建立の思想のとおりである。
大人にとってはどうか。
学ぶことは楽しい。
その先にちょっと賢くなった自分がいて、目の前の世界が少しだけ広がった未来が見える。
そのことがとても嬉しい。
それだけのことである。
ゆめゆめ、奢ることなかれ。

知識が増えて偉くなった気がしても勘違い。
知識が多いことをひけらかすだけの残念な大人もいないことはない。
大事なのは知識ではなく実践である。

釈尊が悟りを得た後、その教えを人々に説くべきか思い悩んだ。
人々は理解してくれるだろうか、理解してもらえなければ教えを説いても徒労に終わる。
そんなことをしてなんになるのか。
そこに梵天が現れ、釈尊に人々に法を説くように懇願する。
有名な「梵天勧請」の話だ。
釈尊は世間を見ながらほとけの目で蓮の池を見る。


青い花 、紅い花 、白い花、いくつかは、水面の上に顔を出し、また、いくつかは、泥中に身を埋めながらも、美しい花を咲かせようとするものもある。
人も同じく、明るい場所で生きる者もいれば、水底に埋もれるように苦しい環境で必死に生きている者もいる。
いずれも美しい花を咲かす蓮の花だ。
そう思って、釈尊は伝道の旅に出るのだ。

この美しい物語を知り、そして、知るだけではなく、人と接するときに蓮の花を思う。
ああ、この人も蓮の花。
そう思えるだけで、接し方が変わってくる。
そのことが、どれだけ自分の人生を美しく彩り、豊かにすることか。
それがどれだけ周りの人を幸せにするか。
私は、触れるか触れないかの微かな優しさでそっと蓮の花に手を差し伸べる人になりたい。
知識がなければ、そこまで至れない。
知識だけでは、そこまでたどり着けない。

空海は密教で蓮の花を大日如来に置き換えた。
彼は一人一人の中に如来を見、重重帯網なるを即身と名づく、と言ったのだ。


前置きが長くなった。
川崎大師教学研究所の講座。
今年度3回目の参加。

大乗仏教の重要経典『般若経』について。
講師は、大正大学元学長で研究所教授の小峰彌彦先生。
『大般若経』は全600巻ある。
以前、拙ブログ記事で書いた久米寺での『大般若経転読法要』。
巻数が多すぎて読むのが大変なので、折本経典をパラパラと頭の上で乱舞させて、お経を読んだのと同じ功徳を得ようというものである。
面白がって見物したが、そもそも『大般若経』って何?
『般若心経』の親分みたいなものか?
というくらいの認識だったが、今回の講座でその概要をお聴きできて、ほんの少し、その入り口を覗き見た感じだ。
密教の重要経典の『理趣経』も、『大般若経』の中にある。
もっと勉強しなければ。





真言宗総本山醍醐寺。

桜の季節、紅葉の季節、夜間のライトアップも含めて何度か訪れたが、未だ未知の領域があった。

上醍醐。真言密教、そして修験道とが交錯する神秘のお山。

京都駅からJR山科駅で地下鉄に乗り換え醍醐駅へ。

醍醐駅からは団地が立ち並ぶ住宅地の間を遊歩道が整備されている。

10分ほど歩くと醍醐寺の山門が現れる。

左手に三宝院、何度も来ているし、時間もないので、立ち寄らずに進む。

仁王門をくぐり、伽藍内を散策しながら上醍醐へ向かう。

平日の午前中、人影もまばら、国宝の金堂で手を合わせ、五重の塔を仰ぎ見るも、どこか寂しい感じ。

途中、観音堂に立ち寄る。

御朱印は、こちらでいただくようになっているが、私は御朱印は集めていない。

これだけ寺社巡りをしているのだから、さぞかし御朱印を持っているだろうと言われるが、私は全く持っていない。

御朱印ブームの遥か以前から寺社巡りをしていたが、知らないうちにブームになっていて、始めるタイミングを逸した。

そうか、そうか、ブームなのか。

観音堂からお経の声がした。

中では、二人の僧侶と三人の学生服姿の少年がほとけさまの前でお経を読んでいた。

観音堂の先には池、緑に朱塗りの橋とお堂が映える。

伽藍を抜けると、いよいよ上醍醐。


女人堂。

ここで入山料を払うはずなのだが、誰もいない。
キョロキョロしていたら、庭を手入れしていたおじさんが来て、
「お山に登るの?御朱印じゃなくて?」
と聞いてきた。
「ええ、お山に。」と言ったら、「伽藍に行ったなら500円ね。」と言われ、500円をだすと拝観券をくれた。
「御朱印はいいんだよね。」となぜか再確認された。
ええ、御朱印はいいのです。

女人堂の前のほとけさまたち。

あまり上醍醐に登る人はいないのだろうか。
伽藍でさえ、ガランとしていた・・・。


こんな山道、一人で心細い。
でもいつだって空海さんと同行二人。
南無大師遍照金剛、と唱えながら、進んでいく。

醍醐の桜の場所はこちら。


それにしても、人に会わない。
ホーホケキョ、と鳥の声。
法華経か。
聖徳太子と最澄も一緒。


結構な山道。

20分ほど登ると途中でやっと人影が見えた。
下山中の旅行者っぽい男性にすれ違う。
「こんにちは。」とあいさつ。

さらに10分ほど歩いて、いい加減息切れしてきたところで、また下りてくる男性に出会う。
軽装だ。
「こんにちは。この先ってまだ長いんですか?」
と聞いてみた。
「そうやね。あと30分、いや奥まで行くなら40分くらいかな。」
まだ半分来てないんだ、と少しがっくりしていると、
「そんなに危ないとこないし。初めて?」
「ええ。」
「そうか、よう来たね。」
と言われた。
お山で働いている人か?軽装だし。

またしばらく行くと、今度は中年の男女が坂の途中に立ち止まっていた。
女性の「もう無理や!」に
男性が「あともう20分くらいやで。」と。
ここで下りるか、先に進むかでもめているらしい。
「結構キツイですよね。」
女性に話かけると、
「ですよねー。」
と返されたが、すかさず男性が
「あと20分くらいですよ。」と。
「そうですか。」
私はここで下りるつもりはないので先に進んだが、二人はここで下りたようだ。

上醍醐、なめてたぜ。
施福寺より距離がある分キツイ。
人もいないし。

途中にこんなのが立っている。

そろそろか、と思っていると下り坂になり、下っていいのか、と不安になっていると、上醍醐の寺務所が現れた!

着いたぁ!
元気が出てきた。


お山の歴史。


国宝・清瀧宮拝殿。

清瀧宮拝殿や醍醐水のあるエリアからさらに登ると、五大堂のあるエリアへ。

五大堂の中には壁画。
ここにも山上の曼荼羅が。
仁王経曼荼羅壁画。
山岳修行者を励ますように睨みをきかす。

開山堂には、空海、聖宝、観賢の真言高僧トリオの名が。

人影は、私のほかに3、4人見かけた。
山ガール風の若い女性が一人で来ているようだった。
女性一人って自分だけじゃないんだ、と少し安心する。

やや年上の女性にも会った。
近所にお住まいとのこと。
「ここは、女性一人でも危なくないからいいのよ。」
と言われた。

山を下りる途中、
「ろっこんしょーじょー!」
と叫びながら登ってくる一行とすれ違った。

山岳修行者だった空海。
その法脈は、現代まで引き継がれている。


仕事をしながら大学や大学院で学ぶ人が増えている。

少子高齢化で、大学側も社会人が学びやすいシステムを整えている。

10年前、私は職場の要請で非常勤講師として、とある国立大学の社会人向けの夜間の大学院の講義を受け持っていた。

履修生は、ほとんどが当時の私より年上の50歳代が中心だったが、大手企業の管理職の方などもいて、その日の仕事を終えてから講義を受ける気力、その学ぶ意欲に心から敬服した。


齢50を越えた。

私も立場を変えて、この春から高野山大学大学院通信課程の科目履修生として学ぶことにした。



高野山大学大学院の通信課程は、スクーリングのある科目以外は、通学不要であり(高野山に通うのは実際不可能だ)、締め切りまでにレポートを提出できれば、マイペースで勉強を進められるが、それでも仕事との両立は大変だ。


履修科目を選択するために開講される科目の一覧を見ると、高野山大学だけあって、科目のほとんどが空海絡みである。

こんな大学、日本中、いや世界中探してもほかにないだろう。

正直、涎が出そうなラインナップ。


その中で、初年度に私が選択したのは、「密教入門」と「仏教要論I(仏陀の伝記)」だ。

空海の著作に関する科目を取りたいのはやまやまだが、ここはグッとこらえて基本中の基本から入るのだ。

いきなり美味しいところに飛びつかないところが私の生真面目でアホなところだと思うが、そんな自分が大好きだ。


初年度は仕事との両立がどの程度可能かの様子を見るため、履修科目を少なく抑えた。

仕事を疎かにしない、今の私の基本姿勢である。

仕事は私にとって大切な社会貢献の場だ。 

それに対して密教を学ぶことは、私自身の魂への貢献、とでも言おうか。

私の魂が密教を学ぶことを欲したのだ。

魂の世界のことはわからない。


私は、この世に生まれて、この世界が大好きになった。


そんな世界、この宇宙と調和して生きる、それが私の生き方だ。


私が宇宙に呼応し、宇宙が私に呼応する。


美しい宇宙の一部に私は溶けこんでいき、宇宙は私、私は宇宙、境界が消失していく。


そんなことを以前、拙ブログ記事で書いた。


仕事も世界を構成する一部であり、当然、同じ心持ちで常に取り組んできた。


密教を学ぶ前から密教的な生き方をしていた気がする。


日常の中にこそ宝は埋もれているのだ。

この世界は全て密教実践の場、何ゆえ懸命にならないでいられようか。