今年度最初の川崎大師教学研究所の公開講座。
佐藤隆一先生の「密教–弘法大師が求めた教え–」。

今年度の公開講座は、新型コロナのため、開講が遅れていたが、9月になってようやく開講された。

当初の予定では、「弘法大師撰『性霊集』を読む」というシリーズで全7回開講される予定だったが、この企画は来年度に繰り越された。


今年度は「弘法大師と密教の祈りの世界」というシリーズに変更され、全4回で開講される。

その第1回が佐藤先生のご講義だった。

今回は、日本への仏教の伝来や当時の東アジアにおける日本の状況などの空海が登場する時代背景から、空海が密教を求めて入唐する動機についてお話しいただいた。

『大日経』を久米寺で見つけて、これこそ自分の求めていた教えだと確信した若き日の空海。

大日如来の説く「一切智智」にたどり着くための「三句の法門」。



講義の後は、いつものように平間寺で護摩修行。

若き日の空海の決意に思いを馳せ、久しぶりに清々しい心持ちとなった。




忙しくで、なかなかブログが書けない。

4月から大学の非常勤講師を始めたが、これが大変だった。
毎週末、オンライン講義の動画作成。
だいぶ慣れてきたが、それでも休日が1日潰れる。
私の担当は工学部全学科の共通科目であり、選択科目ではあるが、他の選択科目では、コロナのため今学期開講しないものもあり、その分がこちらの科目に流れてきた。
履修生が多い。
2週おきに課題を出しているが、200人分の採点が、これまた大変。
このような状況で、学生も単位取得のために必死なので、オンラインで開講してあげられてよかったと思う。
このくらいの社会貢献は自分の立場からすると当然なのだろう。

加えて本業では7月1日付けで昇進してしまった。
この役職につくと定年までいられないというのが、私の職場の通例である。
おそらく私はあと残り2年ほどで退職を勧奨される。
ラストスパートで頑張らなければ。

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斎藤ひとりさんのお話に
「親は、自分で選んで生まれてくるけど、仕事はね、仕事から呼ばれるの」
というのがあるが、自分の身を振り返ると、そのとおりだったと思う。

親で尋常でない苦労をしたことはさておき。
(自分で選んだと言われりゃ仕方ない。)

仕事。
奇妙な巡り合わせで、専門性の高い特殊な仕事についた。
思いのほか適性があったのか、高く評価してもらって、始終忙しかったが充実していた。

階段を昇り続けた。
特殊な仕事であり、狭い業界である。
退職しても、この業界に留まる人がほとんど。
枝分かれしても階段はまだまだ続く。

その階段の行き先に何があるのか、あるいはどこかのステージで別の階段に移るのか。
この歳で、別の階段の一番下から昇るのは大変だ。
「御呼び」がかかるかわからないけど。

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☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

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だいぶ間が空いてしまったが、
今回ご紹介するのは、前々回の「まんが大乗仏教 インド編・西方編」『まんが大乗仏教 中国編』に引き続き、コチラ。


インド・西方編や中国編をみてきて、釈尊入滅以後に様々な人たちの、それこそ命がけともいえる努力のおかげで仏教は時代に見合った変化・発展をとげてきたことがわかった。
人に歴史あり、というが、歴史は人が作る、ということも、仏教の歴史をみていると、よく分かる。

6世紀になり、わが国に仏教が伝来する。
日本においても仏教が人びとの間に広まっていくのも多くの人びとが関与した。
わが国に仏教が根付くのは、飛鳥時代の聖徳太子や天平時代の聖武天皇の功績が大きい。
しかし、私にとって、仏教イコール密教、そして、密教イコール空海である。
この『まんが大乗仏教 日本編』でも、空海以前の人も空海以後の人も空海と同時代の人も、彼らの生涯やその信仰について描かれている。

でも、やっぱり、空海。
写真は、高野山金剛峯寺のお大師さま。

この本で興味深かったのは、空海と大日経との出会いの描かれ方。

大日経は、空海が大学を中退して私度僧として修行していた頃、南都仏教の重鎮、勤操から手渡されたことになっている。
諸説あるが、以前、拙ブログ記事に書いたように、空海は、夢のお告げにしたがって、大日経を久米寺で見つけた、といわれている。

 

『令和の幕開けに空海を訪ねて①久米寺』〜要するに空海は 、大和国高市郡久米寺の東塔下において大日経を発見したのである。(司馬遼太郎『空海の風景』より)空海が大学を飛び出し、奈良南都の大安寺に出入り…リンクこころの奥のものがたり


勤操大徳から渡されたという説もあって、この本では、そちらの説をとったようだ。

史実としては、そちらのほうがホントっぽい。

でも、どっちがホントでもいい。

いずれにせよ、空海は大日経と出会い、密教こそ自分が求めていたものと感じたのだ。

私は、久米寺で見つけた話のほうが好きだけど。


 大切な『大日経』、空海はこれを学ぶため、唐に渡った。

私も学びたい。

できれば空海から学びたい。

夢の中でしか会えないけど。