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☆私の本棚☆
読んだ本について思うところを書いています。
あくまでも個人の感想です。
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今回ご紹介するのは、コチラ。脚本 瓜生中
作画 芝城太郎
全三巻のうち、第一巻は、インド編・西域編。
釈尊入滅後、インドでどのように仏教が発展し、時を経て時代や場所に合わせて変容していったかが、分かりやすく描かれている。
巻末には、丁寧な用語の解説もあり、とても勉強になる。
第一巻の「インド編」では、釈尊の高弟マハーカッサパを中心とする第一結集、アショーカ王の仏教保護策、仏塔供養から、初期の大乗仏典、特に『法華経』の成立までが語られる。
続いて「西域編」では、アレキサンドロスのインド侵攻とメナンドロス王とナーガセーナ長老の対話から始まる。
このギリシャ人とインド人の対話は、内容もさることながら、文化的にみても、なかなか面白い。
ヘレニズム文化やガンダーラ美術につながる。
ガンダーラの仏像が私たち日本人にはエキゾチックに感じるのも、そのような背景があるのだ。
(写真は、栗田功著『ガンダーラ美術にみるブッダの生涯』より)
この巻で興味深かったのは、ナーガールジュナ(龍樹)、アサンガ(無著)・ヴァスバンドゥ(世親)の兄弟の話。
そして、数々の経典の名漢訳を残したクマーラ・ジーヴァ(鳩摩羅什)の話。
母のジーヴァ(なかなかのゴッドマザー)とともに、幼い頃に出家したクマーラは、20歳になったのを機に母と別れ中国に向かったが、各国の思惑に阻まれ、長安に入ったときは、60歳になっていたという。
長安で、鳩摩羅什は亡くなるまで精力的に、多くの経典の翻訳に携わる。
私たち日本人がお唱えするお経は、漢訳されたものだ。
もはや、そのままでは、現代人には理解困難なものになってしまったが、それでも、漢字の並ぶお経を見、お唱えする声を聞き、ありがたい気持ちになる。
『法華経』をはじめ、今でも鳩摩羅什の漢訳が定本とされている経典は少なくない。
日本に仏教が根づいたのは、漢訳の経典があったからであり、鳩摩羅什のような翻訳家の努力があってこそである。
鳩摩羅什は、生前、「私の翻訳に誤りがなければ、この身が火葬され灰になろうとも、舌だけは焼けずに残るであろう。」と言っていたそうだ。
そして、羅什が、仏教に捧げたその生涯を閉じ火葬された後、予言どおり舌が残っていたと伝えられている。