女友達2
教室での最後の挨拶を終えて、静かに席を立つ。まだ講堂にいる
だろう、父と母の所に行く。二人共何も言わずに陽子を待ち受けて
いた。
父は一言、にこりともせずに少し不機嫌そうに
「おめでとう」
と言う。陽子にはそれが嬉しい。この父は元来無口な男で、必要あ
ること以外は何も言わない。しかし何かものを言う時は、如何にも
勿体振って不機嫌に物々しく言う。陽子はそんな父の癖に何時も
苛ただしさを覚え、癇癪を起こしそうになるが、今日はそんな癖が
妙に心に沁みて、ああこの人は恥ずかしいのだ、自分の娘に対し
てでも一言言うのが精一杯なのだと納得出来るような心持ちが
する。母は父より半歩下がった所にひっそりと立ち竦んで、父が
言ったその一言の台詞に大袈裟に、如何にもそれが大事かの
ように大きく頷いて見せ、この後どうするかと何時も優しい声だ
がこの日は特別という風に柔らかく聞くので、別にこの儘帰って
もいいがと答えたが、ふと考えてやっぱり友達と帰るわと言う。
「そうね。それがいいわ。そうするべきよ」
と母は言う。まるで自分に言い聞かせるように。父は何も言わ
ない。ただ窓の外を見ているだけだ。
二人と別れて、愛子と忍と麻依子を探す。三人は大きな桜の
木に凭れながら小さく固まっていた。陽子は弾んだ息を整えな
がら、わざとゆっくりと進む。
「終わったね」
少し声が上擦ったようだったが、さも急いで来なかったように
平淡に落ち着いて言った。
「そうね」
私達にはこれだけの言葉だけでよいと思った。四人はゆっ
くりと歩く。
校門を抜け、一斉に笑い合う。何か吹っ切れたようだ。悲し
んでばかりなどいられない。私達には明日があるのだ。四人
の目はそう語っている。
ふと、話題は四人のこれからの道についてになった。忍は
浪人し、医学科を目指すと言う。愛子は調理学校に行き、将
来は調理師になりたいと言う。麻依子は美術学校に行き、
マチスやゴーギャンを勉強するつもりだと言う。
「陽子は教師ね」
愛子が念を押すように言う。陽子は何も言わず頷く。
「出会った当初から言っていたものね。夢を諦めずに頑張り
なさいよ。浜さんを目指すのでしょう」
忍が半ばからかいながら、陽子の脇腹を突きながらにやに
やして言う。陽子は「浜さん」という言葉が出てきたので嬉し
くなり、有頂天に話し出す。
「そう、私は浜さんのような教師を目指すわ。それがどんな
に険しい道だとしても負けるわけにはいかない。私は私の
理想である所の先生に近づく為には沢山の努力もするし、
勉強もするわ。早く教師になってあの人の傍で働くの。で
もこれは決して傍にいたくて教師になるのではないのよ。
決して私はそんな空想家じゃない。文学が好きだからよ。
そりゃあの人は数学だけども人間性はそれとは関係ない
わ。総理大臣やってるからって偉いとは限らないし、まし
てや乞食だからっていってその人が立派ではないとは
言い切れないのよ。解るかしら。あんな良い人は中々い
ないものよ。私はもっと文学を究めて、そうしてあの人の
傍で文学を教えてゆくの。それが私の夢」
話に夢中になって息が弾んでいる。ちらと三人を見ると、
呆れた顔でしかし、陽子らしいと言って笑っている。少し
熱中し過ぎたなと赤面して、
「もうよしましょう。それより皆ばらばらになってしまうの
だから、今度逢う約束でもしましょうよ」
少しわざとらしいかしらんと思ったが、それくらいしか
この場をはぐらかす言葉が浮んでこなかった。
幸いなことに皆この約束に注意がいったらしく、次の
土曜にしようだの、日曜にしようだの、いや明日にしよ
うなどと言っている。陽子は、この儘では埒があかな
いと判断して
「ではこうしましょう。毎月第三土曜日。時間は十時。
場所は川崎駅。それから、若葉の会とでも名付けま
しょう」
一行はそれで別れた。
続く~~~~