【星の民】波之上宮、端城境に坐す沖縄の紫と馬.じゅり馬まつり 水際で塞ぐサイ姫への鎮魂と感謝 | わたしのものがたり わんぬぱなす

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【ワレワレハ海神の末裔である】という言葉にわしづかみにされ、人生の不思議を紐解いています





じゅり馬まつりパレードが行われる

 辻エリアには こんな公園が


 サンモウジ公園 通称 弁当公園⁉️



戦前聖地であった


戦前のサンモウジと辻原墓地

 こんな大きな亀甲墓がたくさんあった


辻原、、辻バル、、バール。。。


そして、潮の崎という岬があった


あの世とこの世の境にある地域だ


 ここは聖地だった







この方の公園についてのブログ

 がとっても役に立ちました!

   ありがとうございます😆


そしてかつて料亭【左馬】

   あったことを知る


左の馬 🐴

古来より 馬に親しい地域であったのだ


公園の頂上はこんな感じ

 琉球石灰岩の岩がゴロゴロ


ここは聖地であった

 戦争で破壊されてしまった


念願のじゅり馬まつりパレードをみて

改めてこの地に想いを馳せる





なぜかワタシ悲しくもないのに、泣いていた


涙のわけはわからないまま、

この辻、久米、若狭が水際の街であることを

改めて実感する


三重城

 ワタシのとって何か転機がある時に

 おとづれるタイミングの場所




いろいろと変わっていたのは

管理するところが変わっていたからだ


上記より引用 ↓

”“”“”“”“”“”“”“”“

ミーグスク(三重城)とは、

新城の意味を表し、

那覇港の守りとして今でも多くの人々が、

島のご先祖様たちに向かって祈りを捧げ、

慰める場所とされている。

“”“”“”“”“”“”


海から来るものに対しての

軍事的防波堤の役割と

祈りの場所である




三重グスクの歴史


そして、波上宮



御由緒なぜか、境内の通路にひっそりと。。


ここ波上宮

『なんみんさん』

呼ばれているのはしっていたが


【端城】 はなぐすく とは!

はな ,、先端、、


サイノカミですよね⁉️ 


 


この水際の端城

サイノカミが祀られているのでは

。。

水際で守る

じゅりはサイ姫、

芸能の女神 アメノウズメ

。。

以下引用

::::::::::::



1672年創建の花街・辻で暮らし、“義理・人情・報恩” に生きた女性「じゅり」たち。
私どもは、“じゅりたちの生き様” に想いを馳せ
辻の祭祀と歴史・伝統文化を守り伝えることを大切な趣旨のひとつとしております。

じゅり馬は複雑な事情、歴史・背景を背負っておりますが、
300年以上の歴史を有する地域の伝統文化、伝統芸能であり
“信仰と民俗と歌舞が融合した琉球文化の結晶のひと粒”
でございます。




琉球國時代から中国や薩摩との外交を陰で支え、琉球の芸能と文化を紡いだ社交の街・辻。


辻で “義理・人情・報恩” に生きたじゅりたちの想い、辻の祭祀、歴史・伝統文化を後世に繋ぐために、
私たちは心をひとつに「じゅり馬まつり」(旧廿日正月)を継承して参ります。



信仰と民俗と歌舞が融合した

琉球文化の結晶、じゅり馬。

1672年創建の花街・辻に伝わる「じゅり馬まつり」は、五穀豊穣・商売繁盛を祈る地域の伝統行事です。

:::::::::


あの世とこの世の境に坐す

サイノカミ、サイヒメ、幸姫



じゅり馬まつり メイン会場

  花城御嶽 ハナシロウタキ



 城御嶽 ハナシロウタキ

 が

 城御嶽 ハナシロウタキへ





そして、沖縄県立博物館

伊平家島の阿母加那志 

 伊平屋 、、の国、平家が いた島。。

神武天皇を九州に送り出した地ともされている


鮮やかな緞子🪭と金簪と勾玉





聞王君 黄金簪

黄金簪 (これはレプリカ)

 レプリカだから撮影OKなのかも

龍がウズウズ彫られている金の簪をみた






また辻のじゅり馬まつりに戻る〜





 辻開祖のお墓です。
 
開祖たちが高貴な身分

 であったことを示す

「クガニジーファ

  (黄金の簪)」

がともに埋葬されております。 


やっぱり‼️

ジュリ開祖は高貴な身分の方々

  サイヒメ






サイヒメ

斉姫

サイノカミ

端城 ハナグスク

花城 ハナグスク🌺












先端、水際に座し

災いを封じる 

 サイノカミ 幸神 斉の神 塞神


 じゅりはサイヒメであるように

      感じた


紫と馬 を追っていたら

 沖縄の紫と馬にであい🟣

 サイノカミにつながること。。かも、、


つづく