おばちゃまはアルペン•スパイ

ドロシー・ギルマン





CIAのシニアスパイ、ミセス・ポリファックスにまたもや仕事の依頼が舞い込む。
お馴染みCIAマンのカーステアーズからの電話で呼び出され、告げられた行き先はスイス。

アメリカとイギリスで盗まれたプルトニウムの行方を追って、スイスの富裕層向けホテルクリニック・モンブリソンに療養者を装って潜入するのだ。

いつものように、とびきり個性的な帽子を頭に、モンブリソンに乗り込んだミセス・ポリファックスを待ち受けていたのは、一癖も二癖もありそうな療養者たち。
中でも、ハフェズというアラブ系の少年のことが気にかかってしまい…


久しぶりのミセス・ポリファックスシリーズから紹介です!
ちょっと落ち込んだ時、憂鬱を晴らしてくれる心のサプリのような痛快スパイ活劇シリーズ。


今回は、スイスの富裕層向けホテルクリニックに潜入したミセス・ポリファックス。
ホテルクリニックという施設、あまり馴染みのない響きだけど、スイスの美しい山奥に建ち、金持ちが集まってくると聞けば、いかにもスパイものの舞台にぴったりな雰囲気。


ミセス・ポリファックスは、持ち前の好奇心と社交術で、クリニックの中を捜索したり、クリニックに滞在する「療養者」たちに探りを入れたり忙しく立ち回る。

けど、今回はほぼクリニックの中での活動がメインのため、頭脳と体力の限りを尽くした逃避行や脱出劇は見られません。
そこは少しシリーズの中にあって小粒感が否めない作品かなという印象。
『おばちゃまは飛び入りスパイ』や、『おばちゃまはシリア・スパイ』で、かなりハードな逃避行に手に汗握ったのと比べるとちょっと物足りない。

ただ、クリニック内で事件に遭遇する場面はハラハラするし、いざという時の伝家の宝刀、必殺空手チョップの披露もあるので、アクション度は割と高め。


任務を遂行する傍ら、旅先で出逢った人々との交流を大事にするミセス・ポリファックス。

今回も、あれこれ忙しかったのに最後にはちゃっかり1組のカップルを誕生させてるし。
いつでもどこでも悩める若者の強い味方、旅先でこんなおばちゃまに出会えたら幸せだな。


クリニックで偶然出逢った少年ハフェズを放っておかないのも、さすがおばちゃま。
誰もが余計なお節介と思っていたのに、事態は思いもかけない方向へ転がり出して…という、ありがちだけどテンポよく展開していくストーリーも魅力。

終盤、最大の危機が迫る場面での、ハフェズの心境がとても印象深いので、ちょっと長めだけど、引用してみる。


 

ハフェズはいまはじめて、世間の人々は、おびやかすものをはじきだし、関わりを持たないように共謀するものなのだということがわかった。
ミセス・ポリファックスやロビンのように、危険なことを理解できる人はめったにいない。

いや、きっと、だからこそ、彼らはある意味で世の中のアウトサイダーなのだ。
あの人たちは、世間の輪から大きくはみでている。
だから、ものごとの影も見えるのだ。
あの人たちは、一人ぼっちに耐えられる人たちだ。
 彼は、ミセス・ポリファックスとロビンに心から感謝した。(p.266より)


[ロビンというのは、今回かなり重要な役割を果たすキャラクターのひとりですが、ネタバレになるので詳細は省きます]

幼いうちに、こんなことを理解できるような経験をしてしまったハフェズを思うと心が痛む。
でも、そんな危険に直面したときに、ミセス・ポリファックスに出会えたハフェズは幸運だ。
この先の人生で、ハフェズもまた危険なことを理解できる人になれるに違いない。


最後に、スパイ活動には直接関係ないけれど、ぜひ紹介しておきたいのが、ミセス・ポリファックスが身につける勝負服と勝負帽子。
これもこのシリーズのお楽しみのひとつなのよね。

今回彼女が被っているのは、
「パンジーとスミレが咲きみだれたシャワーキャップ」のようなもの。
全然想像つかないんだけど笑
それを目にしたカーステアーズが、
「斬新ですな」のひと言でさらっと流すところが可笑しい。
さすがCIAマン。
多少のことでは動じない。

そしてスイス行きが決まったミセス・ポリファックスは、デパートで紫色のローブと祈禱師が使うような寄せ集めのビーズの首飾り」を買い込む。
これも奇抜なことだけはわかる。
店員には仮装パーティーに行くと思われているこのチョイス笑
歳を取っても、変にまとまってしまわず、自分の個性を大事にするおばちゃまが素敵。
この奇抜な衣装も最後にはちゃんと活躍するのです。


ミセス・ポリファックスの魅力が一人でも多くの方に伝わりますように。
これからも定期的に布教、もといおススメしていきたいシリーズですキラキラ


【書誌情報】
『おばちゃまはアルペン・スパイ』
ドロシー・ギルマン
柳沢由実子訳
集英社文庫、1989(原著1973)