警視庁公安J

鈴峯紅也





警視庁公安部総務課庶務係分室。

そこは、ひとりのキャリア警察官が作り上げた異色の部署だ。


彼の名は、小日向純也。

国家公務員1種トップ合格で、現内閣総理大臣を父に持つ華麗なる一族の一員。

しかしある事情から、一族から孤立し、警察庁内でも「飼い殺し」状態。


そこで潤沢な個人資産を使い、分室を立ち上げ独自に活動している。

分室のメンバーは鳥居、犬飼、猿丸の3人。

純也を含め各々が持つ情報源ネットワークを駆使して、事件を調べる。


今回、純也たちが追うのは、品川区で起きた車両爆破と女性刺殺事件。

殺害された木内夕佳は、純也の交際相手だった。


夕佳は、新興宗教<天敬会>教祖の娘であり、天敬会が運営する高級コールガール組織<カフェ>にも関わりがあった。


夕佳を通じて、天敬会やカフェの内情を探ろうとしていた矢先の悲劇。

しかし純也にとって夕佳は、情報源のひとり以上の存在になっていた。


純也たちの捜査により、天敬会の背後には、かの国が関わっていることが明らかになり…


警視庁の「特殊班もの」ということで、最初は『機龍警察』シリーズを連想したけど、チームの奇抜さでいえばこちらの方が上かもしれない。


あらすじではさらっとしか書かなかったが、小日向純也のキャラクターが何から何まで規格外。


誰もが見惚れてしまう端正な容貌は、トルコ人の血が入る女優の母親譲り。

総理大臣の父をはじめ、親類縁者には政財界の大物がズラリ。

一番の強者は、純也の母方の祖母芦名春子に違いない。


幼少期、海外でテロに巻き込まれ、傭兵部隊に拾われた過去があり、戦場で培った危機回避能力は抜群。

ええと、スーパーマンか何かでしょうか笑

ちょっと日曜ドラマ『VIVANT』の堺雅人を連想した。


でもただ奇をてらっているわけではなく、この設定がストーリー展開にしっかり活きている。



荒唐無稽とも思える展開であることが逆に、日本人の危機意識の低さを鋭く突いている場面が何度もある。


バリバリの公安捜査員である鳥居、犬飼、猿丸でさえ、多少の動揺が見られる中で、敵からの襲撃を受けながらも顔色一つ変えず事態に対処する純也、その対比に日本と世界の差を見る。


世界一安全と言われ、本物の銃さえ見たことがない人間が大半のこの国で、工作員が暗躍し、テロの脅威に晒されるということを現実として受け止めることができる日本人がどれだけいるだろうか。

もちろん私を含めて。

FBIとかSWATとかCSIが出てくる海外ドラマばかり見てるけど、そこでは一般市民でも銃に対する警戒心が徹底されている。

誰もが条件反射的に「銃だ!」と叫んで、身を低くする。

そういうシーンをたくさん見てきて頭ではわかってるつもりでも、私なんかは実際銃撃されたりしたらなす術もなくやられるに違いない。

その平穏な日常の有り難さを忘れちゃいけない。



シリーズ第1作でもあるので、序盤で、分室メンバー鳥居、犬飼、猿丸と純也の出会いと彼らが純也の元で働くことになった経緯が描かれる。


各々が純也に対する個人的な恩義で結ばれた関係だからこそ、組織を越えた強さがある、チームものの新たなカタチで面白い。


3人とも優秀で、一を聞いて十を知るような会話が終始交わされ、緊迫モード。

その合間に少し挟まれるほっこり系の会話がすごく貴重。

全員うなぎ食べられて良かったね笑



結末はなかなかの驚きだった。

誰も信用してはいけないと思いながら読んでいたのに、そこは完全にノーマークだった。

でも、読み返すと、確かになかなかグレーな感じに書いてあったわ。


今回、純也たちに立ちはだかった天敬会は大きな脅威であった。

でも、絶対的な悪ではなく、どこか悲哀を感じさせる存在だったことがストーリーに情緒を持たせる。

最後は、分室だからできる決着の付け方だった。



【書誌情報】

『警視庁公安J』鈴峯紅也

徳間文庫、2015