[アイアン・ホース] | 力道の映画ブログ&小説・シナリオ

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ジョン・フォード監督。チャールズ・ケニヨン原案・脚本。ジョン・ラッセル原案。ジョージ・シュナイダーマン撮影。24年、アメリカ映画。


DVDにて鑑賞。


1923年にパラマウントが[幌馬車]をジェームズ・クルーズ監督で製作。西部への幌馬車による大移動を描いた初の西部劇という試みが成功したことを受け、フォックスがジョン・フォード監督で、1860年代に行われたアメリカ横断鉄道敷設の様子を冒頭に『歴史に忠実に作られた』とことわり書きが入るように、再現した映画だ。


字幕で、横断鉄道敷設に対するリンカーン大統領への賛辞が入り、いかにこの事業がアメリカにとっての難題であったかが説明される。フォードは、そうしたアメリカ人が一体となった仕事に、測量技師だった父親を先住民に殺された息子デイヴィ・ブランドン(ジョージ・オブライエン)と幼馴染の女性ミリアム・マーシュ(マッジ・ベラミー)との恋を絡めて描き、ドラマとしての見所を加え、坑夫達の食量になる牛達の大移動、設営基地となる町の最前線への民族大移動の様子、そしてネイティブ・アメリカンによる襲撃など、活劇として見れるようにする。そこがフォードの職人的な上手さと言っていい。


1860年代。大統領リンカーンは南北戦争によって南北融合を計る と共に大陸横断鉄道を敷設して東西を近接せしめんとした。インディアンに父を殺されたデーヴィー・ブランドンは後に鉄道事業に身をささげることにらなるが、そうして子供時代に幼い恋を語った ミリアム・マーシュと再会し、恋心を燃やすのであった。ネイティブ・アメリカンの襲撃もまた彼らの恋と事業とを防げ得なかった。シウー族やシャイアン族等の猛撃を受けたときは、銃架が熱して握られぬくらいになるまで闘った。広野の冬は寒く冷たく、砂漠の夏は灼熱の地獄であった。けれども彼らの不屈の精神は1862年7月1日リンカーンが鉄道律に署名して以来、歩一歩と完成に近づき遂に1869年5月10日にユタ州プロモントリー・ポイントにおいてユニオン・パシフィック鉄道とセントラル・パシフィック鉄道との機関車とが向かいあい、かくて両鉄道は東と西は一つになる。


砂漠地帯の撮影は困難を極めたらしく、死者まで出たという。特に後半のセントラル・パシフィック鉄道の撮影に駆り出されたのは、中国や日本人などの東洋人であり、坑夫のエキストラがユニオン・パシフィック鉄道の撮影とは変わっていることがわかる。フォードはこの映画までにすでに50本の作品を監督していたが、この抜擢により、後に西部劇の父と呼ばれるほどの存在になっていく。この創成期の作品の中でも、デイヴィとミリアムの婚約者で、鉄道技師のジェースン(シリル・チャドウィック)との殴り合いに後のフォード西部劇に定番で登場する酒場の乱闘シーンの原形が見て取れる。


映画のタイトルである『アイアン・ホース』とは、ネイティブ・アメリカンから見た鉄道の比喩であり、鉄の馬に見えたということ。フォードはこの車両にもこだわり、実際に両鉄道で使用されたジュピター号と116号が使われており、実際にドキュメンタリーを見ているようにリアルな鉄道敷設の様子が再現されていた。


なお、自分が持っているIVCのDVDには冒頭に淀川長治氏による名調子の解説。BGMに後入れの音楽が付いていたが、ベストは活弁士による上映で観るべきなのかもしれない。



ジョン・フォード。[荒野の決闘]など。