グループウェアは、ドメスティックなものに期待せざるを得ない側面もある。商習慣とかコミュニケーションのスタイルとか、ほとんど意識化されていないところが、使い心地を左右したりするからだ。その意味でもmixiはすばらしいインターフェースを先駆的に積み込み、しかも私のまわりでもほとんどの人が「グループウェアだ」なんて全然考えずに使いこなしている。
サイボウズが、ウェブハローの会社を完全子会社化したというニュース。
グーグルカレンダーが、端子を1つ2つと増やすようにではなく、背面がばたんと倒れてネットへの窓をあけてくれるような可能性を見せてくれたところで、あらためてよりローカルなネットワーキングのやり方についてノウハウが検討される局面になってきたようだ。(歩)
私は自分がブログ、RSS、ネットニュース、英語のニュース等に熱心に目を向けていたときに、ちょうど梅田望夫『ウェブ進化論』の元になったブログが公開されていたので、そのころのことを思い出すと、羽生名人の高速道路論などがあらゆる(というのは言い過ぎだが)ところで引用され、消費され、蕩尽されていた記憶がある。恐ろしく多くの場所で羽生氏自身が話しているのかとも思うが、梅田氏からの二次情報という印象を受けるものが多かった。
だから『ウェブ進化論』は出版される時点で、たとえば新聞広告などを打たなくても初刷りから部数は十分伸びるだろうと誰もが予想できたと思う。だが一方で、それはかなりウェブコンシャスな、ネットコンシャスな、ニュースコンシャスな人々の間での話であって、と私は思っていた。だから『ウェブ進化論』が都内の有名書店で売上1位と聞いたとき、私はかなり驚いた方に属する。本書のオビに「ロングテール」と書いてあるが、その対語が「恐竜の頭」で、この例でいくと『ウェブ進化論』は恐竜の頭なのだ。この『ウェブ進化論』が売れたと言うこと自体を題材に、誰かメディア論……ネット経由のファンがどのくらいで、売れた部数と読者層はどうで、その2集団はどのような関係にあるのか……を書いてくれないだろうか。(歩)
だから『ウェブ進化論』は出版される時点で、たとえば新聞広告などを打たなくても初刷りから部数は十分伸びるだろうと誰もが予想できたと思う。だが一方で、それはかなりウェブコンシャスな、ネットコンシャスな、ニュースコンシャスな人々の間での話であって、と私は思っていた。だから『ウェブ進化論』が都内の有名書店で売上1位と聞いたとき、私はかなり驚いた方に属する。本書のオビに「ロングテール」と書いてあるが、その対語が「恐竜の頭」で、この例でいくと『ウェブ進化論』は恐竜の頭なのだ。この『ウェブ進化論』が売れたと言うこと自体を題材に、誰かメディア論……ネット経由のファンがどのくらいで、売れた部数と読者層はどうで、その2集団はどのような関係にあるのか……を書いてくれないだろうか。(歩)
梅田望夫『ウェブ進化論』はすばらしい。それにベストセラーだ。すばらしくてベストセラーといえば橋本治『上司は思いつきでものを言う』もそうだった。共通する問題がひとつだけある。実は難解だということだ。
梅田氏はコンサルタントなので、難解なこと、聞き手に耳の痛いことをどう話したらいいのかを体験的に開発されてきた方とも言える。本書では、ウェブ2.0という変化をどのように受け止めたらいいのか、これから話すことは難しく受け容れがたいことなのだがと、冒頭で早速クギをさしている。
ところで、このとき引き合いに出されるのが量子だ。量子=quantumが難解や奇妙さや“飛躍的に増大”の比喩として使われるのは、英語圏では比較的一般的なことだが、私は今、量子の記事に関わっているため、つい聞き耳を立ててしまう。そしてこの本のこの部分でさらりと使われることで、量子への知的欲求という狭い市場が、半ば満たされたようにも感じられた。(忍)
梅田氏はコンサルタントなので、難解なこと、聞き手に耳の痛いことをどう話したらいいのかを体験的に開発されてきた方とも言える。本書では、ウェブ2.0という変化をどのように受け止めたらいいのか、これから話すことは難しく受け容れがたいことなのだがと、冒頭で早速クギをさしている。
ところで、このとき引き合いに出されるのが量子だ。量子=quantumが難解や奇妙さや“飛躍的に増大”の比喩として使われるのは、英語圏では比較的一般的なことだが、私は今、量子の記事に関わっているため、つい聞き耳を立ててしまう。そしてこの本のこの部分でさらりと使われることで、量子への知的欲求という狭い市場が、半ば満たされたようにも感じられた。(忍)
まだ英語版だが先日発表になった、Google Calendar。注目すべき特徴は……
・数カ月以内にOutlookや携帯デバイスと同期することも可能になる
・APIを公開している
マックユーザの発想かもしれないけど、自分のパソコンが持つべき最小の機能といえば、デスクトップの機能だと思う。ということはつきつめれば、ネットとのインターフェース機能であり、そのためには自分にとって必要なものだけをメニューまたはリスト表示するグループウェアのようなものを想像せざるを得ない。
私の現在の生活の中で今このような役割を最も果たしてくれているのがmixiだ。そしてカスタマイズが必要だがサイボウズも。またRSSフィーダもある種そうだし、最近では各種ポータルのいわゆる「マイページ」機能というのがそれにあたる。でも自分の理想のデスクトップかどうかという点からみると、今挙げたのはいずれもいまひとつな側面を持っている。
Google Calendarの公開で、自分が欲しいグループウェアが欲しい! という夢が少し現実に近づいてほしい。ついでに各種サービスを、──そう、私たちの現在の財布の中ですっかり厚みを持ってしまったカ ードたちのようにでなく──簡単に統合できる技術にも期待したい(忍)
・数カ月以内にOutlookや携帯デバイスと同期することも可能になる
・APIを公開している
マックユーザの発想かもしれないけど、自分のパソコンが持つべき最小の機能といえば、デスクトップの機能だと思う。ということはつきつめれば、ネットとのインターフェース機能であり、そのためには自分にとって必要なものだけをメニューまたはリスト表示するグループウェアのようなものを想像せざるを得ない。
私の現在の生活の中で今このような役割を最も果たしてくれているのがmixiだ。そしてカスタマイズが必要だがサイボウズも。またRSSフィーダもある種そうだし、最近では各種ポータルのいわゆる「マイページ」機能というのがそれにあたる。でも自分の理想のデスクトップかどうかという点からみると、今挙げたのはいずれもいまひとつな側面を持っている。
Google Calendarの公開で、自分が欲しいグループウェアが欲しい! という夢が少し現実に近づいてほしい。ついでに各種サービスを、──そう、私たちの現在の財布の中ですっかり厚みを持ってしまったカ ードたちのようにでなく──簡単に統合できる技術にも期待したい(忍)
メーリングリストを使うと、いかに自分が仕事の本質よりもフリンジに気をとられてメールを書いているかがよくわかる。みっともないことだが、本当なのだ。メーリングリストという奴は、相手がどうであれ、状況どう変化しようと、自分は自分の仕事を遂行する、という仕事カタギなのである。
そんなメーリングリストがお茶の間になじむには決定的な問題があって、それはメーリングリストをさばくには、ほんの少しの決断と自分の意志による行動が必要だということだ。
メーリングリストを使うとは、野太い情報の川からでかい魚を逃さない技術、ちょうどいい魚を釣ってメシにする技術、そしてわからない人にはエサの付け方、竿のさばき方ぐらいは教えてやること、そうはいっても圧倒的な量の藻や微生物や小魚たちは時間に押し流されていくのを放置できること。つまりどの時点でもほんのわずかの“意志”、つまりクリックするぐらいの自主性は必要、というわけなのだ。
かくしてお茶の間は川べりから遠く、今だって川は流れているのに、なのである。
そんなメーリングリストがお茶の間になじむには決定的な問題があって、それはメーリングリストをさばくには、ほんの少しの決断と自分の意志による行動が必要だということだ。
メーリングリストを使うとは、野太い情報の川からでかい魚を逃さない技術、ちょうどいい魚を釣ってメシにする技術、そしてわからない人にはエサの付け方、竿のさばき方ぐらいは教えてやること、そうはいっても圧倒的な量の藻や微生物や小魚たちは時間に押し流されていくのを放置できること。つまりどの時点でもほんのわずかの“意志”、つまりクリックするぐらいの自主性は必要、というわけなのだ。
かくしてお茶の間は川べりから遠く、今だって川は流れているのに、なのである。
神保町にあるティーヌンは、とてもタイの雰囲気に満ちた店で、というのはたぶんタイの人たちが働いているせいだと思う。接客も心なしかおおらかで、キッチンでもせっせというよりはジャボジャボといった音を立てながら働いている。
「ふきんを投げないで、お客様の目の前です」
という張り紙がはってあったりする。どことなく南国の風情が楽しめて、みんながハッピーであるような気がしてくる。
従業員の幸せを追求することが会社の発展につながるという経営の考え方があるようだが、こないだ私はその、とっても具体的なバージョンを目撃した。
ランチタイム、隣の席にいたお客さんがビールを注文したらしく、ビールジョッキにつがれたビールが運ばれてきた。ところが、このジョッキ、満タンにしても ボトルに幾分余る仕様になっているらしい。「お待たせしました」とジョッキを置いた店員、ひょいと反対の手で、小さなコップに三分の一ほど入ったビールを、キッチンのカウンターに置いたのだ。ただもう、とっても当たり前に。
昼に他人がビールを飲んでいるのを、傍目にもとってもいいことだなあと思わせる、素敵なワザなのであった。(楽)
「ふきんを投げないで、お客様の目の前です」
という張り紙がはってあったりする。どことなく南国の風情が楽しめて、みんながハッピーであるような気がしてくる。
従業員の幸せを追求することが会社の発展につながるという経営の考え方があるようだが、こないだ私はその、とっても具体的なバージョンを目撃した。
ランチタイム、隣の席にいたお客さんがビールを注文したらしく、ビールジョッキにつがれたビールが運ばれてきた。ところが、このジョッキ、満タンにしても ボトルに幾分余る仕様になっているらしい。「お待たせしました」とジョッキを置いた店員、ひょいと反対の手で、小さなコップに三分の一ほど入ったビールを、キッチンのカウンターに置いたのだ。ただもう、とっても当たり前に。
昼に他人がビールを飲んでいるのを、傍目にもとってもいいことだなあと思わせる、素敵なワザなのであった。(楽)
ブログを書いていると、最低一度はなぜブログを書くのかと聞かれたことがあるのではないだろうか? 私の場合、最近わかってきたのは、ブログによって自分のコトバが外へ出る蛇口がつけられてしまうと、これはもういくらでも出て行くというのだということだ。蛇口は確かに自分が捻れる範囲にあるものだが、それ以外のほとんどのところは公共のものだし、だからいくらでも出てくるし、別の蛇口から出て行くこともある。ただ蛇口を捻った先、シンクに流れる水を誰が眺めるか、つまりブログは誰に読まれるのかと いうのは、もうひとつの、別の問題だと思う。(忍)
さる著名な方と打合せ中に、「rikeyaさんもおかあさんだからね」と言われ、どすっと重い衝撃を受けた。それでわかったのは、自分はお茶の間の人間だということだ。“お茶の間”なんて、私もそれまではどちらかと言えばテレビの中にしかないものだと思っていたくらいだから、何もお茶の間という円内に自分を規定しようというわけではないが、自分の中のかなりの部分がお茶の間的であることに、よくよく気づいたわけだ。もちろんどんな有名な人でも、厳密に言えばお茶の間的な部分はあるだろう。だが最も異なるのはマインドの部分だ。マインドの部分で、私はお茶の間であり、どこを切ってもお茶の間的発想、お茶の間的感想、お茶の間的意見の金太郎飴というわけなのだ。そしてまずいことに何を見ても、何を聞いてもお茶の間的な部分を拾ってしまう。おいおい、そう言っている場合ではないんではないか、職業的に、とも思うけど、お茶の間的でないマーケッターというのも現実的には想像しにくいから、とりあえずはお茶の間から始めればよい。まず隗より始めよとは、まずお茶の間から始めよということなのだ。(忍)
たまったニュース系メルマガを掘り返していたら、比較的新しいwired japanのメルマガの編集後記で「テレビとネットの近未来カンファレンス」にまつわる一節に、
"テレビ2.0"に向けての刺激的な話が満載
とあり、この"テレビ2.0"のワードで検索したところだいぶ盛り上がっているらしい。
考えてみれば不思議なことだが、テレビだけ見ていたのではその変化がわかりにくい一方で、ネットのほうからテレビのポジションを思うととても偉大であり、近々きっと大変革が起こるのだ、と思われるのだ。(忍)
そういえばと思って久しぶりにKandaNewsNetwork
を訪問。「TV2.0」第4回テレビとネットの近未来カンファレンスは、なんとデジハリで行われたのだそうです。(歩)
"テレビ2.0"に向けての刺激的な話が満載
とあり、この"テレビ2.0"のワードで検索したところだいぶ盛り上がっているらしい。
考えてみれば不思議なことだが、テレビだけ見ていたのではその変化がわかりにくい一方で、ネットのほうからテレビのポジションを思うととても偉大であり、近々きっと大変革が起こるのだ、と思われるのだ。(忍)
そういえばと思って久しぶりにKandaNewsNetwork
を訪問。「TV2.0」第4回テレビとネットの近未来カンファレンスは、なんとデジハリで行われたのだそうです。(歩)
Google のサービスや技術についての最新情報が気に方へ
という一文が、グローバルスタンダードサーチエンジンのトップページに加わっている。
言わずもがなのここ。
開けてみるとブロガーのブログだ。しかも日本語であることに、改めて驚く。「渋谷のオフィス」から発信しており、スタートは3月1日だそう。
そういえば「渋谷のオフィス」という言葉が最初に気になったのは、amebaブログトップページだった。理由は憶えていないが、そのとき渋谷は道玄坂方向に伸びるのだと(勝手に)思った。実は昨日たまたま渋谷へ出かけ、六本木通りを六本木ヒルズのタワーへ向けて(バスで!)ひた走っていると、いやこっちが表舞台だったか、と。ネットにばかり釘付けになっている場合ではない、と少し真剣に思ったりした。(歩)
という一文が、グローバルスタンダードサーチエンジンのトップページに加わっている。
言わずもがなのここ。
開けてみるとブロガーのブログだ。しかも日本語であることに、改めて驚く。「渋谷のオフィス」から発信しており、スタートは3月1日だそう。
そういえば「渋谷のオフィス」という言葉が最初に気になったのは、amebaブログトップページだった。理由は憶えていないが、そのとき渋谷は道玄坂方向に伸びるのだと(勝手に)思った。実は昨日たまたま渋谷へ出かけ、六本木通りを六本木ヒルズのタワーへ向けて(バスで!)ひた走っていると、いやこっちが表舞台だったか、と。ネットにばかり釘付けになっている場合ではない、と少し真剣に思ったりした。(歩)