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rikeyaのブログ

ウェブ、本、仕事、技術とのつきあい方等をテーマにしたブログです。(忍)

何と解く? 元リーバイ・ジャパンの代表取締役が、スタバックス・ジャパンのCEOに就任という話。記事によれば、この要職を歴任された方は、母国はフィリピンで女性。日本ではあまり見かけないくらいエリートな話ですね。

考えてみればこういうエリートで時間の流れの速さを感じさせる企業経営の地殻変動は、ITの世界ではかなり以前から常態だった。外資とはいえ、これが日本法人で、インターナショナルな人脈で、衣料と外食というコンビ。スタバとリーバイとかけて、今日もバリバリ仕事しょっと。
おあとがよろしいようで。(忍)
今日は東京地方突然の雷雨に、自宅は昼頃停電! 雨あがって子どもと下井草へ出かけると、空に大きな虹がかかっていた。

その下井草駅は現在改築中。となり駅の鷺ノ宮が急行停車駅という典型的な小駅だが、何年か前に改築のアナウンスがあり、駅前にはりだされた完成予想図には、いつもだれかがふと足を止めていたものだった。

駅前の交番が移動し、新しく出口がつく北側の用地確保と整地があり、駅舎内の店舗が撤退し、となってからはあっという間で、臨時の階段がつき、そこでなるほど、すこしずらしたところで営業しながら、新しいのを建てていくのか、とわかった。
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西武線といえば、中村橋のところの国道と電車の橋の架け替えを一晩でやった実績があるから、下井草駅の改築ぐらい大丈夫だろう、と高をくくって見てしまうけど、簡単なようで実は難しい工事であるに違いない。そういえば小田急線も南口を長大トンネル化するとき、ターミナル駅を営業しながらの建設というアクロバットがあった。

一方、中央線は堂々と運休する。三鷹とか国立等から都内へ出られなくなる。バスで行け、とさほどでもないサイズのポスターで告げられる。新宿駅の中央線ホームはいつまでも工事している。(随)
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柳家三語楼さんが小さんを襲名することになったそうだ。おいおい、これ何のブログだっけ? とも思うけど、今回は落語の話題。だって小さんといえばビッグネーム。誰がということはなかなか問題なのだ。

ポスターがよく出来ている。そのへんの事情が感じられて、低コストで、しかもよく見てください、よーく見ると、先代にそっくりになってきてるよ、三語楼さん!

とにかく襲名披露はおめでたいもの、おめでたい行事なので、みんなで正月みたいに祝うのだ。寄席を巡って高座を務めるのだ。そしてみんなして、「先代の○○は……」と言い始めるのだ。

先代の小さんは、末広亭で観たことがある。酒を飲むくだり、雨が降り始めるくだりを憶えている。テレビなどで観ているかぎりではそれほどにも思わなかったし、落語協会のトップということでなんだか先生っぽいというイメージを持っていたが、ライブの印象は鮮烈だった。ひそひそ話みたいなリアリティとか、説得力がある感じ。隣にあったかもしれない別の日常へスライドしてしまう感じ。80年代、落語全体がギャグのセンスを競っていたような時に、近くて高い芸風が感じられた。(憶)
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卵は食物だから、それが破壊されていても比較的日常の風景に属する。けど、巣ごと荒らされていれば、それはやっぱり何かあったわけですよね。
朝の通勤時間のホームで誰からともなしに避けて通っていたのはこれ。黄身にはほとんど発達が見られなかったから、産み落とされたばかりかと思われる。散らばった小枝は、みなほとんど同じ長さに揃っていることからも、建材だっただろうことはほぼ間違いなし。

場所は西武新宿線の急行停車駅。もし鉄道会社の人が業務の一環で行ったのならば、後始末まですると考えられる。とすれば、このことは駅の管理とか環境整備とかいったこととは関係がないわけで。しかし、なんでわざわざ?(外)
みんな話題にしてますね、アマンダさんの降板。ロケットブームが面白い、って騒がれ出した途端にメインキャスターが降板。vlogカンファレンス以来、アマンダが出てこないのでおかしいとは思っていたのだ。こういうことは日本ではあまりないですよね。

少し前にみのもんたさんがたいへん長時間キャスターとしてテレビに出ているということを米国のなにかの機関から表彰されたという(すごくアバウトでごめんなさい)記事を、(ここだけ鮮明に)朝日新聞で読んだ。超売れっ子というイメージ。なんだかとても対照的だ。

ここからなぜか私はジャーナリズムについて考えてしまった。なぜかは、よくわからない。だが身近なところから何かを発信しようとしたRocketboomはやはりジャーナリズムだし、でもおそらくおいしい仕事の話があったので、アマンダのRocketboomは終わってしまうのだ。そうなると一つには、自分が了解している「ジャーナリズム」の概念が、米国のそれとはズレがあるのかも。もう一つには、つい、いつまでも続くと前提してしまっていたなあ、と。(嘆)
そうだ京都行こう、というのもあったが、「コンビニにしよう」は橋本治『上司は思いつきでものを言う』に出てくる。はにわの製造会社が古墳建造の減少に憂えて、コンビニで販売しようと役員決議する、とかいった場面。コ、コンビニではにわ? まさに上司は思いつきでものを言う、の圧巻である。

しかし本は、昨今、このコンビニでたいそう売れているらしい。そう思ってよく行くコンビニでちょっと気を配っていると、雑誌ではないですよ、PHPだけでなくていろんな本が売られているのを発見したりする。先日は絵本のラックを発見。そう思っていたら、こんどは輸入雑貨店でなんと新書を売ってました。いろんな展開があるんですねえ。(忍)
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You Tube、実は日本人が観ているらしい。米国人口に対する視聴比率と、日本の全国人口に対する視聴比率が同程度という調査結果。日本から月100万人だそうだ。

それにしても動画を観られるサイトの話がこのところ目白押し。最初はニュース配信、そして書籍、ラジオ、テレビ、そのほかヴィトンなど商標を巡っても著作権の問題が世界を駆けめぐっている。これって一体誰のもの? ということと、でどうやって儲けるの? ということがひとつの波の山と谷のようになって押し寄せている、ように見える。

これほど著作権というものが主張できない時期も珍しいのではないかと邪推する一方、そもそも特権的にリソースに接することができるから著作できる、という面もある。そしてバックグラウンドは、コピーパワー全開の技術社会だ。

人間の営みにとって、いったい著作権はどういう意味を持つのか、こういうときには法学者のスーパースターを待望するしかないのかニャア。(チュウ)
ロハス解禁のさわぎは朝日新聞に載っていたくらいだから、これでもう「解禁」とか「自由化」とか「無条件」とか、おう、そうだよ、もうなんでもいいぞ、ということなんであるらしい。

ところで今日うかうかとニュースを読んでいたら、「Web2.0」が商標さわぎだそうではないか。不意をつかれますね。オライリーといえばなんかもう教科書っていう風情であるくらいなのに。これ一体どういう話よ、と思ったのだが、とてもいいブログが紹介してくれてたので、それを紹介。

市村佐登美さんという方のブログ、その名も「long tail world」
http://longtailworld.blogspot.com/
記事はこちら。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20060628/105231/?P=3
CNET Japanの記事でライブドアのポータルトップがリニューアルしたというので読んでいたら、livedoorへのリンクがない!

しかたがないのでgoogleでlivedoorをサーチしたら、中田引退の記事がトップだ。まあそうだろう、今日の今日だし。で、中田引退の記事で本人の全文掲載を読んでいたら、nakata.netへのリンクがない!

もちろん、いろんな理由があって同じ例ではないかもしれない。ただもしリンクがあればたいへんな数のビューアを誘導し、集客効果があることは間違いないから、とても不思議な感じがする。

もしトラフィックの多いサイトが、少ないサイトにリンクを張らず、少ないサイトが多いサイトにリンクをはるばかり、というのが常識になると、大は巨大に、小は微小に偏る結果になるだろう。大は広告を専門に、小はトラックバックやコメントなどの機能を活用して“自分で”自分を紹介していくという感じだろうか。

そうだったlivedoorが3つのサービス(ホーム、ブログ、ニュース)にメニューをシンプル化したというニュースだった。で、wikiやskypeはどうなったのだろうか?(歩)
フジテレビとリクルートが、番組が流れている時間帯にその番組に関連した「キーワード」で生活情報を提供する新サービスを準備中。そらきたアナログSEO。もとい! ニュースはこちら。

ほんの1、2か月前に駅前の本屋で1ヵ月ぶんのテレビ番組表を掲載した雑誌が創刊というのでサンプル誌を配っていた。1カ月分ですよ。そんな前から枠は決まっているのだ。アテンションアップ予定のキーワードをもとに、これでもかってほどある情報をフィッティングすればいいだけ。技術的にはautoと“人力”の半々、頼りのデータベースといったところだろうか。とにかくテレビを見て、それをネットで調べるという太い流れはいつだって健在。ワンセグはその役者に抜擢されたってとこだろうか。

しかしこうなると「口コミ」の有効性についてもちょっと考えさせられる。知り合いがソースだから価値が高かったんじゃなくて、もしかしてその情報が欲しいときに聞けたから価値があったんだったりして。(忍)