脳卒中リハビリ -154ページ目

特養 ショートステイSS最終日

また、また お通じの話。好きだね~。いやぁ

、ひとの尊厳に関わる話しなので、少し
付き合ってくださいな。
SS最終日即ち12月24日は排便3日目2日間出ていない、

できることならトイレは帰宅してからしたい、

午前中窓の外の景色を惜しみながら眺めていると、背後から看護婦さんの一声。
ミタニサン。キヨウ オツウジ、アッタア?
いえ、出そうにないです!
即反撃した。
ソレハ、ダメ。
アナタ座薬持ってきたデしょ。それで出しましょ、ネ。
あっ、はい。

反論の余地はない。
オトイレ シテ

お風呂入って華麗になって
帰りましょう、ネ。
あっ、はい。座薬ですかあ。どうやって入れます?
どうやってデモイイワヨ。
アレ、上手く入らないと イタいんだよナ。
独り言。
結果的に部屋の近くのトイレ内の
介助棒に 蝉のように
しがみついた状態
立ったままの状態で入れてもらうことに
なった。
恐れることは全くなかった。
仕事とはいえ看護婦さんは、何でも出来るんだネェ。
うまいもんだネ。

外国人介護士問題

�♪赤い靴は~いてた女の子、異人さんに連れられて
横浜の波止場から船にのって 異人さんに連れられていっちゃった♪

これ、今風にいえば拉致 じゃないの
?。いや実は全くその逆なのです。極貧の女の子を
日本人の親が異人さんにもらってもらった、というのが真実なのです。
あわよくば植民地にしようと
軍艦数隻を率いて下田沖にペリーが来航したのが西暦1853年のこと、
今からさかのぼって、たかだか150年前の出来事なのです。
それ以降日本は
西洋に追いつけ追い越せの国策を取りました。
それ以来、白人崇拝、有色人種軽視の道をとってしまいました。
日本人が無意識のうちに アジアアフリカ人を外国人と呼び、
白人を外人さんと畏敬を込めて呼んでいるのはこのような経緯を見れば容易に 理解できます
す。 で外国人介護士について ですが、
介護の現場は 慢性的に人手不足です。 優秀でやる気のあるかたには
どんどん来日して貰い ましよう。
他に選択肢はないのです。


rihatomoのブログ-赤い靴
横浜山下公園の片隅に立つ赤い靴記念碑
太平洋に向かう少女は今なにを想う?

rihatomoのブログ-赤い靴横
赤い靴ブロンズ像。日本の国際化の行く末を心配
してくれているかも。

リハビリ業界に喝!

脳卒中に遭遇するひとの大半が中・高年でしょう。

自らの体験から思うのですが。先が全く見通せない患者家族の

前に立ちふさがるのが、相次ぐ横文字です。
真っ暗な奈落に落ちていく人たちにはツラい仕打ちです。


MRI、CTは脳の
レントゲン写真であることは理解できます。

ソシアルワーカー、ケースワーカー、PT
OT、ディサービス、ディケア、ケアマネ、ケア・ブラン、ケア・カンファレンス、
ヘルパー、リハビリテーションなどなど。相次ぐ横文字。


なんとかならないものでしょうか。


もっと高齢者にわかり易くできないものか。
一番ひどいと想ったのは。医療関係者が度々口にするセリフ。後遺症はひとそれぞれだからねえ。

 おおよその目安ってものがあるでしょうに。

皆、ひとそれぞれ。

で逃げてしまう。