そして、旦那様の名前はスヒョン。
ごく普通のふたりは、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。
でも、ただひとつ違っていたのは、奥様は魔女だったのです……!
一人息子のDHはもちろん魔法が使える。
SHはHMが魔法を使うことを嫌がるのは疎外感があるからか。
自分にコントロールできないことが嫌なのか。
じゃなきゃ「'普通'じゃないことが嫌」という気持ちと「人の目を気にするな」という気持ちの間で悩んだりしたらいい。
ユルが病んでも破壊衝動が外ではなく内に向かうように思えるのはKSだからだろうね。
シンが俺様というよりヘタレツンデレなのは原作ドラマ共通みたいだけど。
黒ユルを見ては心を痛めるんだろうかね。
それをむしろ楽しんじゃうようなキャラではないよね。
***
公務の帰りに、学校の近くを車で通ることになった。
それはもちろん偶然で、でももしかしたら、という気持ちが無かったといえば嘘になる。
目を凝らした窓の外にその姿を見つけて、俺はすぐに言った。
「止めてくれ」
車は静かに路肩に停車し、俺は息を整えてから窓を開けた。
「義誠君」
声をかけると、ユルは少し驚いた顔をした。
「シナ?」
ドアを開けて、座席の左に寄る。
「乗ってけよ」
ユルは笑顔になって、俺の隣に乗り込んだ。
「ありがとう」
ドアが閉まると、車はまた走り出す。
コン内官に知れたら、眉を寄せられるかもしれない。
「公務だったの? お疲れさま」
「ああ。お前は?」
「例のチャリティーイベントの準備」
俺自身、何度も参加できないかと誘われているイベント。
ユルは大々的に協力して、その間はチェギョンの傍にいられる。
「一人で?」
「遅くなると思ったから、先に帰ってもらったんだ」
その横顔は、幸せそのものに見えて。
「シンも来れたらいいのにね」
その言葉は、けれど真実ではなくて。
「忙しいんだよ。お前と違って」
「そうだね」
困ったような笑顔には、きっと安堵を隠してる。
一緒に居たっていい。
今は、まだ。
いずれは離れることになる。
俺の心はもうおかしくなってしまっていて、ユルの笑顔では幸せになれない。
それがチェギョンの隣にある限り。
俺以外の誰かに見せ続ける限りは。
ため息を飲み込むと、肩に何かがぶつかった。
横には、疲れて寝息を立て始めた大君がいた。
「……ユラ」
誰にも聞こえないように、小さく名前を呼んでみる。
ユルが起きそうにないことが分かって、俺はその頭に、自分の頬を預けた。
ベッドにうつ伏せになってスマホを眺めていた。
「どうしたの?」
顔をあげると、フンが首を傾げていた。
「何が?」
聞き返すと、丸い目をぱちくりとさせる。
「何もないならいいけど」
よく意味が分からなくて、周りを見回してみたけど、特に変化はない。
「何もないけど?」
僕が言うと、フンは笑顔になった。
「ならいいんだ」
フンは僕の隣に横になって、手の中を覗き込む。
「ツイッター見てたんだ」
画面が見えやすいようにスマホを傾けた。
「今日の感想とか書いてくれてるよ」
いくつかのツイートを目で追って、フンは言った。
「ケビンも何か書いた?」
僕は首を振って答える。
「ううん」
書かないの、と聞かれる前に、僕は続けた。
「あ、でも隣の二人が書いてた」
画面をスクロールして、そのツイートを見つける。
「ほら、セルカも」
僕からスマホを受け取って、フンは驚いたように笑みを消した。
「これって」
代わりに僕は笑ってしまう。
「ジェソプがキソプのまねしてるんだ」
黙ったままのフンに、僕は頬杖をついて言う。
「Seopnight、なんてキャラじゃないのにね」
フンは僕を見て、やっと笑った。
「わかった」
今度は僕が首を傾げる番だった。
「何が?」
フンはスマホを僕の手に戻す。
「さっきケビンが変な顔してた理由」
僕のまねをするように、フンは頬杖をついた。
「変な顔なんてしてないよ」
言い返した僕に、フンは即答する。
「してたよ」
僕はまだ意味が分からなくて、フンが続けるのを待つ。
「ケビンって意外と」
フンは言葉を止めて、楽しそうに目を細めた。
「意外と、何?」
聞き返すと、フンは言った。
「妬くよね」
僕は腕の下にあった枕を取って、フンの顔に投げつけた。
日本での宿舎も含めて、同じ部屋になることはまずない。
それは寝起きの時間に差があるからと、部屋の汚さへの耐性が違うからだ。
よく寝るのは自分の方で、だから、あまり朝に声を聞いた覚えがない。
眠くてあまり話さないし、目が覚めきっていないから忘れてしまう。
まあ、夢心地でフンの声を聞くのも悪くないけど。
*
目を開く前に、スマートフォンが鳴った。
それはメールではなく着信を告げる音だった。
俺は半分眠ったまま手を伸ばし、スマホを探り当てる。
画面は見ずにタップして、耳に当てた。
「もしもし」
『おはよう!』
「え、フンミン?」
『そうだよ。よく寝た?』
意外な声に、俺は夢うつつのまま答える。
「よく寝た。むしろまだ寝てた」
再び枕元を探り、今度は時計を手繰り寄せて時間を見る。
目覚まし時計がなる時間の、ちょうど5分前。
『だろうね。声で分かった』
早起きなフンの寝起きの声を聞く機会は多くない。
反面、フンはしょっちゅう俺の寝起きを見てきている。
『今日はちゃんと起きてね。大事な日でしょう』
「起きたよ」
フンのおかげで。
日本とは時差がないから、連絡はしやすいと思っていた。
とはいえ、朝にこうして話すなんて思わなかった。
『僕も稽古頑張るから』
「見に行くよ」
『うん、ありがとう』
目を擦りながら、俺は尋ねようか迷う。
モーニングコールなんて、珍しいな。
それに、どうしてこの時間に起きることが分かったんだろう。
偶然だとしたら、大した相性だ。
「一緒にいるときも、朝はあまり話さないのに。変な感じ」
『それはスヒョン兄が寝てるから』
「そうだけど」
呆れたような楽しんでいるような声。
ああ、失敗した。
二時間早いジャカルタからなら、俺だってこういうことができたのに。
ため息を吐きそうになったところで、時計が鳴った。
『もう起きる時間だね』
電話を切る準備はできた、と声色が告げる。
「また時間が空いたら連絡する」
『うん、分かった』
俺は一息置いてから、声に出す。
「愛してる」
『僕もだよ』
その返事を聞いてから電話を切り、俺は起き上がってベッドから下りた。
*
部屋を出ると、珍しく朝から機嫌のいいケビンがいた。
「おはよう。何かあったのか?」
ケビンは手にしていたスマホの画面を俺に向ける。
セルカのついた、キソプからのメッセージ。
「昨日、何時に起きるかなんて聞いてきたから、怪しいなとは思ってたんだけど」
そう言って、ケビンは微笑む。
俺はサプライズを仕掛けた犯人を知って、ケビンにつられるように笑った。