親愛なる先生へ


昨日のお手紙に、「疲れて、気分が落ち込んでる、ってことなのかなあ? 」と書いたのですが、確かにこのところ、自分としては、イレギュラーなことだったり、トラブル的なことがつづいていたんですよね……。


こういうときには、以下のフレーズを思い出すようにしています。(少し古いですが。)

 

気分が落ち込んでるなあ・・・と気付いた時はあれこれ考えずに「あぁ、今、気分が悪いんだなあ~、無理せず休めってことかな~」なんて風に捉えておく方が心のためになるものです。

 

カウンセリングサービス■心理学講座「気分が落ち込むとき~心と夢と思考の関係~」

 

 もっとも、「休」んだところで、そうすぐには回復しやしないんですよねー。

いわば、「薄紙をはぐような」って感じ!? 

もどかしいところですねー。


それでは、今日はこんなとこで。


あなたの一番弟子(でありたい) elaineより


親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙の中で引用した文、考えてみると、自分が今まで周りから吹き込まれて(?)きたことと、真っ向から対立しちゃってるので、いまいち腑に落ちないでいるんですよね。

 

なので、もうひとつ、別の人が別の表現で同じようなことを言っていると思われる文を、のせてみることにします。(少し古いかもしれないですが……。)

 

自分の中で既に答えが出ている事を悩むのは発展的だけど、答えが出ていないのならまずは悩むのをやめて既にそのもやもやが解消していると思い込んで、別の楽しい事に考えを流し込んでワクワクする方がいい。あとは問題を投げかけた自分の潜在意識を信頼して答えが降ってくるのを待つほうがいい。

 

Tommyさんのツイート 21:15 - 2010年9月25日

 

コレ、前提として、「答えが出ているか、出ていないか」で場合分けしているので、ある程度の無責任さは回避できてるっぽいところが、少しは受け入れやすくなっているといえるかもしれないです。

 

……などと言っておいて、ナンなのだけれど。

最近の自分の心境として、「別の楽しい事に考えを流し込んでワクワク」なんて気分に、どうもなれないでいるんですよねえ。

ズバリ、疲れて、気分が落ち込んでる、ってことなのかなあ?

 

ではでは。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

 

親愛なる先生へ

 

なんか、どうも最近分からないことがあって、スランプなのかもしれないです。

 

なので、さしあたっては、つぎの文のとおりに、やってみようかな、などと考えているところ。

 

「これが分かったとき、嬉しいよな~」
「私にしっくりくる答えが見つかったら、嬉しいな~」
と思っておく。

 

(答えを必死に探そうとしない。誰かのブログを血眼になって読んだりとかしない)

 

感情こもっていた方がいいんだろうけど、感情こもってなくてもなぜか大丈夫。

 

「わかる」ような答えが来るんですよ~

 

結構早いです。3日以内くらいに来ます。
…(中略)…
「分からないーー。」というクチグセがある場合

 

宇宙に「わからない」というエネルギーを発していることになります。
宇宙はそれを返してきます。
ゆえに「わからない状態」が続きます。

 

潜在意識的っぽい話になると
「わからない~」と言ってると、それを自分の脳みそはいつも聞くことになります。

 

ゆえに脳みそは「わからない~」という情報ばかりをキャッチしてくれるようになります。

 

ゲッ( ̄▽ ̄;)笑

 

というわけで、使ってる言葉を意識的に変えてみましょう。

「これが分かったらスッキリするだろうな」


■分からないとき。 | いのうえむつみの Cats & My Favourite Things

 

……うーん、結構、心当たりがあるんですよねー。

ついつい、必死になっちゃってたり、する!

 

とはいえ、ほんとに「3日以内くらいに来」るのかなぁ?

まあ、試してみようっと……!?

 

それでは、今日はこのへんで。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

 

親愛なる先生へ

昨日のお手紙で、「かなわない、って場合は、いったいどうすればいい? 」というふうに書いて、しばらく考えたのですが。

すみません、現段階では、まだ答えが見つかってないです(汗)。

なんか、いざとなると、「心のなかで」っていうのは、なんとも頼りない
つまり、どうしても、現実に負けちゃう、と思えてならないの。
だとすると、もし境遇が逆境だと、もはや自分ではどうしようもない、ってことになるから、『いや、そんな場合ばかりではないでしょ!? 』とも考えられるのだけれども……。

ちょっと、今のところは、時間をおいて、様子をみることにしてみようかな……?

とりあえず、今日はこんなとこで。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

昨日のお手紙で述べた、「かわいがってほしかった」という気持ちは、「抱っこしてほしかった」という気持ちともセットになっていたりします。

こっちの方については、わたしは確かにひとより少ないであろうと言えるんですよね。

妹たちがいるから、というのはもちろんのこと、妹たちが生まれる前ですら、そうだったらしいです。というのは、以前母が得意げにこんなことを話していたことがあったから。

「あんたは哺乳瓶のミルクを飲むのが遅かったから、ベビーベッドに寝かせたままで、哺乳瓶をベビーベッドの柵にくくりつけて飲ませてたんだ。」って。


それに関連した、こんな文を、ネットで見つけました。  

 

人から抱きとめられているということの、最大の感動は、「あなた自身が気がついていないけれども、あなたの中にはものすごく豊かなものがあるんだよ」というメッセージを受け取ることです。でも、そういうメッセージを送るのって、義務とか仕事としてではできないことですよね。ほんとうにその人が蔵している豊かなものに直接「触れた」という実感がないと、そんなこと言えませんから。「義務として人を抱き締める」なんてことはありえないですからね。

 

びっくり対談

 

 ……じゃあ、そういうメッセージを受け取りたくてたまらないのに、かなわない、って場合は、いったいどうすればいいのでしょう?


次回までに、ちょっと考えてみることにしますね。


あなたの一番弟子(でありたい) elaineより