親愛なる先生へ
昨日のお手紙で述べた、「かわいがってほしかった」という気持ちは、「抱っこしてほしかった」という気持ちともセットになっていたりします。
こっちの方については、わたしは確かにひとより少ないであろうと言えるんですよね。
妹たちがいるから、というのはもちろんのこと、妹たちが生まれる前ですら、そうだったらしいです。というのは、以前母が得意げにこんなことを話していたことがあったから。
「あんたは哺乳瓶のミルクを飲むのが遅かったから、ベビーベッドに寝かせたままで、哺乳瓶をベビーベッドの柵にくくりつけて飲ませてたんだ。」って。
それに関連した、こんな文を、ネットで見つけました。
人から抱きとめられているということの、最大の感動は、「あなた自身が気がついていないけれども、あなたの中にはものすごく豊かなものがあるんだよ」というメッセージを受け取ることです。でも、そういうメッセージを送るのって、義務とか仕事としてではできないことですよね。ほんとうにその人が蔵している豊かなものに直接「触れた」という実感がないと、そんなこと言えませんから。「義務として人を抱き締める」なんてことはありえないですからね。
……じゃあ、そういうメッセージを受け取りたくてたまらないのに、かなわない、って場合は、いったいどうすればいいのでしょう?
次回までに、ちょっと考えてみることにしますね。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより