病院での思い出ある?
さっきの記事(母の日 2025年)にも書きましたが、ウチの母はずーっと看護婦(看護師)でした。
わたしが小学生の頃から定年までずっと地域のクリニックで婦長(看護師長)をしていました。
田舎の小規模な個人病院(病床数的には医院になるのかな)なのでギリ許されたのだと思いますが、子どもの頃は病気じゃなくても母にかまってほしくて行っていました。なんの理由もなく行ってはいけないとは感じていたので、学校のお知らせが云々だとか、なんらかの言い訳は用意して行っていました。
院長先生や看護婦さんたちも優しくて、診察や治療にさわりがない範囲でかまってくれました。
と言ってももちろん病院なので、みなさん多忙です。母もめちゃくちゃ忙しそうでした。子どもとはいえ邪魔してはいけないのはわかります。なんといっても病院ですから。
大抵の場合、わたしは母がテキパキと働いている姿をちょっと見て満足して帰宅したように思います。
そうでない場合。
「いっしょに帰るからそれまでちょっと待ってて」だとか「お母さんは今病棟だから、降りてくるまで待ってて」と言われた時、ナースステーションの奥の休憩スペースで時間を潰すこともありました。
扉や壁の向こうで患者さんや医療関係者がサワサワパタパタと話したり動いたりしている気配を感じながら、消毒液やガーゼや薬品などの病院独特の匂いがうっすら漂っている小部屋で過ごす僅かな時間。
不思議な異空間にいるような、特別な気持ちがしました。
そこでわたしはなぜか置いてあった『魁!男塾』や『北斗の拳』などを読んでいました。
少年漫画には、そこで出会いました。
当時、少年ジャンプや少年サンデーなどの少年漫画は少年が読むものだったので、男兄弟がいない女の子はあまり手にする機会がなかったのです。
なぜそんなものがあったのか?
今振り返ると、院長先生の子どもたちは男の子ばかりだったので、読み終わったコミックスが病院に置かれていたのかもしれまません。
少女漫画の揃えが少ないというので、わたしの持っていた少女漫画もいくつかは供出させられたので、たぶん、想像は合っているような気がします。
本来なら関係者以外立ち入り禁止であるはずの場所で過ごしたあの時間。
少しの背徳感と、特権を享受しているという満足感、劇画調の少年漫画、母を待つ焦れるような寂しさ……
子どもだったある時期の、印象的な記憶です。

母の看護婦学校卒業記念?のナイチンゲールの浮き彫りみたいな壁掛けがリアルすぎて怖かったことも思い出した。
母のナース服のアイロンがけをしていたとき、ナースキャップをどうしたらいいのか悩んだことも思い出した。
(ナースキャップはアイロンしなくていい)
今はナースキャップする看護師さんっていないですね。
ナースキャップ、カッコよくて好きだったので残念。
検索したら出てきた、ということは、ナースキャップは絶滅してないのかな?
ちなみに今はおそらくその少年漫画の持ち主だっただろう男の子が院長先生になっているらしい。旧院長先生は院長は引退したらしいけど、お医者さんとしてたまに診察してるらしい。
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