一人の時間がないと生きていけないな。
 
 
私にとっては数少ない、
行動を呼び起こすもののひとつ。
一人の時間を確保したい、という
貴重なモチベーション。
 
そのためにタスクを終わらせなくちゃ。
 
子どもを保育園に送ったあと
朝のカフェで30分だけ
白紙のノートに、今考えてる事を書き出す。
 
 
書くことで、自分が
何を感じているかを受け止める。
何に思考を邪魔されているかに気づく。
 
過去から連れてきたモヤモヤの感情を
ペン1本で浄化したりもする。
書くことで、解き放つ。
書くことで、手放す。
 
この、ものすごく大切な時間を
わたしは「生命維持活動」と呼んでいる。
 
 
 
 
あぁ、生きてる。
 
 
久しぶりにノートに文字を書きつけた時
高確率で吐き出される言葉。
「生きてる。」
そのことを、文字にしている時、切に感じる。
まるで今まで忘れていたかのように。
 
 
ただいま。
ひさしぶり。
あぁ、落ち着く。
あぁ、いいね。
生きてる。
生きてる。
 
私は誰。
私は何。
何者でもない
何も成し遂げない
私はわたし。
 
では、わたしはどんなひと。
なにを考えて歩いてきた。
いま、なにを考えている。
ほんとうは何を望んでいるの。
 
 
思考の海。
大きな水槽の前。
深く潜る。
 
繰り返し、繰り返し。
 

 
 
 * * * * * * * 
 
 
右矢印 私の資質34はこちらになります
一都三県に住んでいるため
緊急事態宣言の真っ只中。
 
わたしの生命維持活動も
活動の危機に瀕しています…
 
 
自宅でも書くことはあるけど
リビングとか仕事部屋では
「母親」、「勤め人」
個々のアイデンティティが強くなってしまうから、想起されるものも違ってきてしまう。
 
家の外。カフェで書く時みたいに
ニュートラルにいかない。
 
 
…はぁ。どうしようね。
 
世の中の
一人暮らしでない内省さんは
どうしているのでしょうね。
切実に知りたいです…。
 
 
 
 
お読みくださり ありがとうございました。
またどうぞ、お越しくださいませ。
 
 
何年か前
育児休暇中で、比較的時間に余裕があった時
社会とのつながりが薄くて、けっこう弱ってた時
 
図書館に入り浸っていた。
 
そこで、新着図書の棚に置いてある
興味を惹かれた本を
手当たり次第に読む、という事をしていた。
 
 
 
情報が新しい、ということは
それだけである程度 読む価値がある。
 
とりわけ「新書」は
著者が扱っているテーマの中でも旬なものを
読みやすく、きゅっと凝縮して書いてあるから
意外と密度が高くて。
新しいことを広く浅く知るのに適していた。
 

 
 
『入門ユダヤ思想』という本は
ちっとも入門じゃなくて、挫折した。
ボブディランの「風に吹かれて」がユダヤ思想にルーツを持つ。ということだけ覚えてる。
 
 
『僕らの社会主義』という本は
ごく初期の、イギリスとアメリカの社会主義を紐解きながら、「あったかもしれない社会主義」について語られていた。
ここから哲学者の國分功一郎さんを知り、
数珠繋ぎでどんどん著書を読んでいった。
 
 
『こころの文化人類学』という本では
アイヌの伝統儀礼「熊送り」が紹介されていたのだけど。
後日、そこで使われていた祭礼品が
国立博物館に展示されているのを見た時に、
記憶が繋がって感動したのを覚えている。
 
 
読んだ内容のほとんどは
ぽろぽろと忘れている。
残った少しの断片が
わたしの心の中に、取っ掛かりを作っている。
 
 
 
手当たり次第と言いながらも
わたしの興味があるのは「人」だ。
 
人そのものと言うより、
人が考えてきた事、これまでやってきた事
どんな風に世界を見ているか。
 
人は、何によって動かされるのか。
 
 
そんな事を多く知りたい、
自分の中にストックしていたいと願っている。
 
ばらばらだった点と点が
ある瞬間に 繋がって、線になって
世界は今より少しだけ深みを増す。
 

 
わたしは
この世界で何が起きているのかを知りたい。
 
生きているうちに知り尽くすことはできなくて
図書館の本を読み尽くすことはできなくて
それは わたしの人生では足りなくて。
 
でも、わたしはこの小さな小さな行為を
誰に強制されるわけでもなく
続けていくんだと思う。
 
 
 
 * * * * * * * * 
 
右矢印 わたしの資質34はこちらになります
 
 
 
去年の秋くらいから、
本があんまり読めなくなっちゃいました。
これ以上はもう入らないよ、とでも言うように。
 
仕方がないので、そろそろいい加減に
インプットした分、
アウトプットもしていかなくちゃ。
 
そんなこんなで手探りで
このブログを書いています。
 
 
 
お読みくださり ありがとうございました。
またどうぞ、お越しくださいませ。
境界線上で遊んでいる。
くるりくるりと回っている。
どちらにもゆける。
どちらにも行かない。
 
楽しいからそうしている。
目的なんか、ない。
 
痛い思いをした。
情けないこと、恥ずかしいこともたくさん。
今もまだ覚えている。
痛い。
 
 
どこへゆこう?
どこへも行かない
 
境界線上で踊っている
軽やかにステップを踏んで
今日と、明日と、繰り返して
 
気づけば遠くまできていたよ。
 
 
まっすぐ遠くまで行けない。
思う場所に、思ったとおり、走れない。
 
軽やかにステップは踏めない。
気づけば傷がふえて、重たくなった。
 
 
ぐるぐるぐるぐる
同じことの、同じ日々の繰り返しで
繰り返しのようでいて
 
ぐるぐるぐるぐる
気づけば螺旋を描いている。
 
螺旋は、気づけば少しずつ 高くのぼってゆく。
螺旋は、気づけば少しずつ 深みを増してゆく。
 
どこへ行こう?
どこへも行かない。
何になろう?
何にもならない。
 
境界線上で遊んでいる。
境界線上で踊っている。
境界線上で歌って
境界線上で、あなたと笑っていたい。
 
 
 
 
  * * * * * * * *
 
 
運命思考×適応性の組み合わせは
かなり受け身で、
どんな状況でもわりと対応できてしまう。
 
資質プロファイリングを受けた時に
そんなことを言われました。
 
 
 
 
じゃあ、わたしをここまで
連れてきたもの、
動かしてきたものはなんだろうと
考えていたら
こんな文章が生まれた。
 
 
もう一つ、資質の要素を加えるなら、
親密性。
大切な人との日常を守るために
働くよ。
 
 
今、少しだけ人生の転換期。
もう少しだけ、自分の思ったほうへ
行けるかな。
行けますように。
 
 
 
またどうぞ、お越しくださいませ。