自由、だ。
 
自由な「子ども」が
心の底からふわふわっと顔を出す
くすりと笑ってしまう
それでそれで、と先が聞きたい
 
かわいい魚、バス、橋、ティーカップ、花畑
世界は踊る
 
うきうきする朝、街の中、川辺、夕暮れ、夜
世界はきれい。
 
雨が降る、薄暗い、心細くなる
世界はうつろう。
 
お日様の光、笑う人たち、犬、恐竜、山
お月様の光、くじら、海、カブトムシ
 
世界は
鮮やかで、
もっと
もっと
見ていたい。
 
世界は
広がって
ごちゃ混ぜで
ぐちゃぐちゃで
なんだって起きる
 
遊ぼう。
 
手は差し伸べられている。
 
 
絵本は「世界」。
 
 
 
 

 
荒井良二さんの絵本が、すごく 好きです。
 
子どもがいるので、
よく図書館に行って
たくさん絵本を借りてくるのだけど
 
荒井良二さんの絵本は
いつも、
自分のために借りる。
 
 

 
自分の中の、自由な子どもの自分が
解放されて、ふわふわって大きくなって
ワクワク動き出すのと。
 
自分の中の、生きてきた大人の自分が
解放されて、光が当たって、
どうしようもなく切なくて泣いてしまう。
 
 
自分の中で
そんなことが一緒に起きる。
 
 
 
ストーリーはあるようで、なだらかで
不思議に心に寄り添ってくれるような、
その時々で違う印象を受けるような。
 
 
何度でも読みたくなるから
少しずつ、本棚に揃えていくつもり。
 
 
 
 
 
ゆるっとした気持ちで開いてみる。
 
そしてやっぱりどこか
泣いてしまう。
 
気づかないうちに、ほんの少し
頑なに 
張りつめていたのかもしれない。
 
 
世界は踊る。
 
世界は鮮やか。
 
世界はどこまでも、広がって。
 
 
 
 
本屋さんで、図書館で
もし見かけることがあったなら
 
手に取って、ぱらぱらめくって
荒井良二さんの世界に
ぽわんと揺られてみてくださいね。
 
 
めっちゃ自由。
 
 
 
 
 
 
お読みくださりありがとうございました。
またどうぞ、お越しくださいませ。
東京、上野にある
国立博物館に行くのが好き。大好き。
 

 

 
 
あそこはほんとうに、すごい。
 
重要文化財が当たり前に、そこかしこにあって
常設展だけで
ぐったりするほど堪能できる。
 
 
土偶、青銅器、勾玉、埴輪にはじまって
 
菩薩像、不動明王像
絵巻物、曼荼羅図
 
螺鈿細工、漆器
 
日本刀
 
茶の湯の道具
屏風絵、浮世絵
 
 
 
 
 
 
その時代時代の
最高峰の技術でありながら、
 
単なる芸術品にとどまらず
当時の生活と
密接に結びついている物ばかりだ。
 
 
ただひたすらに美しくて、凛として
時にぞっとするような。
 
 

 
 
どれだけの年月を費やしただろう。
職人としての一生を懸けたのだろう、
その境地で何を見たのだろう。
 
 
そうして生み出された品を
手にした人は、何を想ったのだろう。
魅入られて、争い
信仰に打たれて、救われ。
 
 
歴史の変わり目に
佇んでいたのだろうか。
 
 
展示ガラスの向こうに問う、
答えはない
それでもなぜか
深淵を覗いた気になる。
 

 
 
* * * * * * 
 
 
東京国立博物館と
すみだ水族館の
年間パスポートを持っています。
 
1ヶ月くらいまえから有給申請して
ちょっと旅に出よう。って
博物館と水族館をはしごする。
それがわたしの最高の休日。
 
 
思考の中で
博物館は わたしの別邸で
水族館は わたしの庭。
だって
行きたいときにいつでも行けるから。
 
 
そう、緊急事態じゃなければね…(震え声
 
 
 
大正期に建てられた本館の、
エントランスの階段も
エメラルドグリーンの屋根が美しい表慶館も
見ているだけで
時を忘れてしまうので。
 
 
もしもこの先
東京、上野に行く機会があったなら
ぜひ足を運んでみてほしいと思うのです。
 
 
 
 
 
 
お読みくださり ありがとうございました。
またどうぞ、お越しくださいませ。
この記事を読んで思い出してしまった。
 
わが家はこういうことがあったなぁ。って
ちょっと苦笑いしちゃう。

 
あんたには無理よ。
 
 
中学生か高校生の時に
イラストレーターになりたい、と言った姉。
母は言ったらしい。
 
あんたには無理よ。
 
あの子はコツコツ努力できるけど
あんたはのんびり屋でできないから無理よ。
 
 
 
大人になってから ぽろっと
姉はそれを話してくれたのだけど。
顔が引きつってしまった。
 
それ、たぶん子供に
面と向かって言っちゃあかんやつだよね?
 
 
 
大人になった今ならわかる。
母は心配性だった。
母は、間違いなく
わたしたち姉妹を愛してくれていたけど
母の愛情表現の上位にくるのは
「心配すること」だった。
 
 
先回りして、心配して
そんなことしたら恥ずかしいよ
そんなことしたら〇〇になるよ
そんなことして大丈夫なの?
 
あんた、そんなんで大丈夫なの?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大人になって
わたしたちは自分で
「大丈夫だよって」
言い聞かせて。
 
無理やり思い込ませるのじゃなくて
ほんとうに、心の底から
「わたしなら大丈夫」って思いたくて。
自分を信じられるように、ずっと
 
 
 
 
うん。でもね。
流石にもう言えるわ。
 
 
 
「へーー。お母さんはそう思うんだーー。」
 
「まあ、確かにお母さんには想像つかないかも★」
 
 
 
 
できるかどうかわからないけど
失敗したり、苦労するかもしれないけど
 
わたしが やりたいって思ったんだもの。
それに価値があるんじゃない?
 
 
結果がうまくいってもいかなくても
ただ、わたしは納得したい。
見届けたい。それだけ。
 
わたしたちは、大人になったから
違う人の価値観に触れて
自分の考え方、感じ方を
自由にインストールし直すことができる。
 
それで、その今の感じ方で
10代の頃の自分に伝えてあげる。
 
「大丈夫だよ」
 
「あなたがやりたいって思ったことに
 価値があるんだよ
 その想いを、大切にしてあげようよ。」
 
「うまくいかなくても、
 その後に何が起こるのかを
 見てみようよ。
 
 だいじょうぶ。
 わたしも一緒だから。」