今年の1月から、毎日ブログを書き始めて

どうにかこうにか
1ヶ月が経ちました。
 
 
その間に
わたしに起きた変化だったり、
変化が速くなったなー、と感じたことを
書き残して
覚えておきたいと思います。
 
 
1.書くこと自体がセラピーになる。
 
わたしはほとんど
日記のような内容を
ブログに書いています。
 
日記に何を書くかは人それぞれだけど
どこに行って何をした、というよりは
 
出来事と、それに対する
感情の動きを書き留めている。
 
それを、ただノートに書き殴るよりも
もう少し、深めて整えて
そこから想起されるような
写真も選んで、添えているので
 
なんだかそれ自体が、
一種のセラピーのようになっている。
 
自分だけの日記に書くよりも
もう一段階、深く
自分の内面を整理できているような、
気がします。
 
 
 
 
2.点と点がつながる
 
 
日記よりも、もう少しエネルギーをかけて
整理して、記事を投稿して
想いが可視化されることで
 
思いのほか、無意識の深いところに
書いたことが残って、
留まっているような感じがする。
 
自分の内側で考えたことが、点となり
さらに他の点と繋がってゆく。
そのスピードが、
なんだか速くなったように感じるんです。
 
 
アウトプットした反動なのかは
わからないけれど
 
以前より、読書している時に
サラサラと内容が入ってくるような感覚。
 
新しい点と、わたしの持っている点が
 
つながる。
像を結ぶ。
 
たのしい。
 
 
 
3.母を許せた
 
 
これは完全に、偶然の産物です。
 
 
わたしの母は、
ぜんぜん毒親とまではいかないけど。
……微弱? (毒レベル)
 
ポジティブな言葉がけをすることが
もの凄く 下手くそな人でした。
 
 
色々な要因が絡んだ結果、わたしは
物心ついた時にはもう
自己肯定感がメタメタでした。
 
 
そんな中でも生きてきて、
色々と学んだり、
感情を言葉にしたりして
自分の心と向き合ってきた過程で
 
 
かなり、気持ちの整理はできてた。
 
 
そのタイミングで
 
 
母に関する、こんな思い出を書いて
 
過去に関する、こんな記事を書いたら
 
ある日、不意に
2つのことがつながった。
 
 
過去はもう、どこにもない。
 
 
わたしが5歳の時の母はもう、
どこにもいない。
 
 
記憶の中にしかいない。
 
だったら、
60代も後半になった、「今」の母と
30代も後半になった、「今」のわたしで
向き合える気がした。
 
 
許そうと思って、許すんじゃなく
手放そうと思って、手放すんじゃなく
 
ひとりでに
わたしの手を離れていった。
 
 
そうして、今は
次のステップに進むことにしました。
 
 
母のことは消化できても、
わたしの内側に残った傷は
どうやら消えてないみたいなので
 
 
セラピーを受けようと思っています。
 
時間をかけて、10年単位で
治癒するのを待ってもいいんだけど
もう少し早く解放されたいので
積極的に治していこうかと。
 
今は、そんな気分です。
 
 
 
 
* * * * * * * 
 
 
心の内側を注意ぶかく、見つめて
言葉にする。
 
シンプルだけれど、
とても大きな可能性を秘めていること。
 
時間もエネルギーも
それなりに必要だけれど
 
自分に起こる変化が、おもしろくて
もっと見ていたい。
 
 
そんな気持ちで、次の1ヶ月も
書いていけたらなと思っています。
 
 
 
最後までお付き合いくださり、
ありがとうございました。
 
明日もあなたが笑顔でありますように。
わが家の破壊神(長男)が 4歳になったので
そろそろ解禁しても平気かな、
ということで
 
きょうは
二年ぶりの
お雛様を飾りました。
 
 
わが家のお雛様は、三段飾りで
お内裏様とお雛様と
三人官女がいる。
 
 
 
わたしの実家には、昔
五段飾りのお雛様があった。
 
 
 
わたしの祖父母の家
つまり、わたしの母の実家には、昔
大きな雛飾りがあって
 
二人姉妹の二番目だった母は
こう言われて育ったそうだ。
 
 
「あのお雛様は、お姉ちゃんのだから」
 
 
 
だから、悔しかったから
あんた達が生まれてから
自分のために
お雛様買ったのよ。
 
女の子が生まれてくれて
よかったわ。
 
 
 
それを初めて聞いた時には、
わたしはもう
高校生くらいになっていた。
 
母はあっけらかんと笑っていた。
 
 
 
わたしが覚えている限り
母は、わたしたち姉妹を
なるべく不公平がないように
育ててくれていた。
 
わたしの姉は、
「お姉ちゃんなんだから」を
それほど聞かずに済んで 育った。
 
 
 
母の話は、
わたしの心に小さなひっかき傷を残して
 
母が、わたしたちに
たしかな意思を持って
与えてくれていたものが、
 
その周りを 柔らかく彩っていた。
 
 
 
7年前、わたしに娘が生まれた時
母は目を輝かせて
雛人形のカタログを持ってきてくれた。
 
 
一段飾りが場所も取らないし
楽だよねぇ。
 
そう零す、ナチュラルに怠惰なわたしに
「ちょっと淋しいんじゃない?」
 と、母は言うので
 
間をとって、わが家には
三段飾りのお雛様を
お迎えすることになった。
 
 
そして、その前で
7歳になった娘が、目を輝かせて
綺麗だね。と笑いかけている。
 
 
 
こんな話を娘にしても
もう、昔のこと過ぎて
ピンとこないんだと思う。
 
それが、よかったなと思う。
 
 
ある年代、ある地域で起こった
当時は珍しくなかったかもしれない、物語。
それは忘れ去られても
 
女の子の、健やかな成長と幸せを願う。
 
その願いだけが
柔らかに 受け継がれていくのなら
それで、いいんだ。
 
 
 
 
 
最後までお読みくださり
ありがとうございました。
 
 
またどうぞ、お越しくださいませ。
 
 
考えて
考えて
動けない人
 
 
はい、
わたしです。
 
 
 
柏手を打つ。
 
それだけ。
 
 
ベッドの中でもそもそと
体を動かして
少しずつ伸ばして
 
それだと、ちょっと弱い。
 
 
パン!っと
 
大きく手を叩いて
音を放つ。
 
 
叩いた手のひらから、
耳から刺激が入る。
世界が動き出す。
 
 
パン!って
 
邪気を払う。
 
 
 
 
 
 
マルチタスクで時々
今、何をしようとしていたか
わからなくなる。
 
 
パン!って
柏手を打つ。
 
スッと集中する。
動ける。
 
 
「今、ここ」に立ち戻れる。
 
 
 
耳から、スッと入り込む何か。
 
 
柏手。
 
 
今、ここ。