日々喫茶 アムリタ ~自分と、世界とつながりなおす~ -42ページ目
”ありがとう” は
行為に対する承認。
”いつもありがとう” は
存在に対する承認。
たとえば、
わたしが何かの植物だったとして
”ありがとう” は
一つ、ひとつの葉に受ける 雨粒。
”いつもありがとう” は
わたしが根を張る、その土壌いっぱいに
染み渡る 水。

満たされたから、それだけで
しばらく、ここで生きていけそうだ。
”ありがとう” と
”いつもありがとう” を
大切な人から
受け取れたなら、とてもうれしい。
大切な人へ
手渡したい。できる限り忘れずに。
行為の承認。
存在の承認。
大切な人と
受け取りあっていたい。
たとえ無造作に手渡されても、
見落とさないように。

"いつもありがとう" は
言われると、とても嬉しいし
重みが違いますよね。
娘が最近、お風呂掃除を
手伝ってくれるようになって
「結構大変なんだけど〜
」
と言いながらも
数日おきにお手伝いをしてくれるので
「大変なぶん、お母さんは
すっごく助かってるよ。いつもありがとう」
そう、伝えたら
嬉しそうに、誇らしそうに
彼女は笑っていた。
行為に対する
"ありがとう" 以外にも
過程に対する
"ありがとう" 、そして
姿勢に対する
"ありがとう"
わたしは何に感謝を込めて
伝えたいんだろう。
そして、今日は
自分自身にも
少しだけ
感謝の想いを込めてみる。
色々あったけど、ここまで歩いてきた
過程に。
色々あるけど、
自分の望むことをしよう決めた
姿勢に。
いつもありがとう。
今日は、そんな気分です。
お越しくださり
ありがとうございました。
明日もいい日でありますように。
山本 麻莉
過去は今の自分に関係ない、
何の影響も与えない
という人もいる
過去を振り返ったところで
何になるの?
という人もいる
それでも
わたしは過去を
見つめずにいられない。
「『意思』は過去を切断する。」
という言葉がある。
今、この瞬間から
新しい自分ではじめようとするなら
これまでを見ないようにするなら
過去の文脈から切り離されて
それはきっと
不確かで不安定だろうと思う。
きっと、わたしは
過去を切断したくないんだ。
「未来は変えられない
過去は変えられる。」
最近、ときどき耳にする言葉。
未来は、まだ来ていないのだから
変えようがないのだと言う。
過去は解釈によって変えることが
できるのだから、と。
わたしの軸が
一本の樹のようなものだとして
過去の出来事じたいは
もう、どこにもない。
ただ、朽ちて
豊かな土壌になって
わたしを支え続けている。
わたしが自分の人生を生きて
時が過ぎるたび、
その時々で、振り返って
意味を与えていくたび
土壌は
どんどん豊かになってゆく。
わたしは過去を
切断したくない。
熟す時を待たずに、
嵐にさらされて
土に落ちてしまった数々の実。
その悲しみも
見なかったことにはしたくない、と
思ってしまうから。
* * * * * * *
未来と過去について
最近よく考えます。
今の延長線上でなく
思いもよらない
素敵な未来を描くこともできる。
けれど、その素敵な未来は
過去の文脈なしには
きっと生まれなかったんじゃないかと。
そう思ったりします。
未来に向かおうとする意思と
それから、
自分ではどうにもならない
大きな見えない力に後押しをされて
進んでゆく。
お越しくださり、
ありがとうございました。
明日もあなたが笑顔でありますように。
山本 麻莉
頭の中で
無意識に
質問が浮かぶことがよくある。
「どうしたらいい?」
そのたびに
思い直す。
「あぁ。これじゃなかった」
「どうしたら、
いい?
悪い?」
それは
「いいか、悪いか」で
答えは簡単には決められないから
丁寧に、拾いあげて
こう、問い直す練習をしている。
わたしはどうしたい?
どうだったらいいと思う?
じゃあ、わたしに何ができる?
自分のことを
責める質問、
動けなくさせる質問を
ゆるやかに手放して
自分を
動かすことができる質問、
心地よくいられる質問を
少しずつ増やしていけたらいい。
質問を変える。
そのことが、やがて
思考を変えて
行動を変えて
いつしか、もっと
大きな何かを変えていけるとしたら
いいなと思うから。
お越しくださり
ありがとうございました。
明日もあなたが笑顔でありますように。
山本 麻莉

