音楽すること・生きること

音楽すること・生きること

フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

2012年9月から2019年6月まで約120回、ジャズピアノのレッスンをうけて
テーマを弾いてきました。2019年7月から定期的な個人レッスンはいったん終了しました。2015年の2月にカルテットで"nearness of you"を弾いたのは
特別な思い出です。ジャズでの今後の目的はジャズの即興とコンピングです。

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昨日、冬休み前の最後の授業のあと、同僚の教室まで行こうと思った。彼も最後の授業が終わっている時間だったから、しばらく会わないので挨拶しておこうと思い立ったのだ。

上の階に上ると、後ろから名前を呼ばれて振りかえるとその同僚がいて立ち話をしていたが教室で話そうと言うのでわたしの教室に来た。彼はわたしがうちで綴った授業用の資料に便利そうだと感心し質問を浴びせ、写真まで取っていた。わたしが、Vavilov/CacciniのAve Mariaを持っていたら、この曲知らないと言うので、わたしが伴奏するといってピアノのところに行き、彼は初見で歌い、わたしは彼と一緒に弾きがたりした。素敵なひとときだった。彼は自分もいい曲があると、資料を出した。合唱指揮者の主催する講習会の歌の資料だと言い、そこには、いくつかのコードが音符で書かれてあり、そのコード進行で書かれたカノンがあり、わたしは初見で彼と一緒に歌ったあと、カノンで歌おうと言うことになってわたしが先に歌って彼がカノンであとから歌って面白かった。その楽譜には一部が空白になった箇所があり、彼はここは生徒に自分で作るようにさせていると言った。それは中高生が喜ぶでしょうと言ったら、彼らは興味をもってなかなか楽しそうにやっていると言った。彼はその楽譜をわたしに、わたしは彼にわたしの資料を渡すことになった。言うても同じチームの同僚、双方音楽大好きなので、お互いに刺激になること多し。息子と言ってもおかしくない年齢差だけど、フランスと言う国は年齢で気をつかって敬語ではなすことは、同僚のあいだではない。この同僚とは、家族のように話してしまう。


その翌日の今日、さっそくまえからやりたかった学年別の資料を作るために、表紙に判子を押して学年と言うかレベルを書き入れ、穴をあけて、芯の部分をとおしてこれから綴れるようにしたところ。

こういう同じ仕事をしている同僚と親しく気軽にはなせる時間も定年退職するまでのあと数年しかないんだな。今を存分に生きよう。それにしてもこの同僚と話すといつも刺激がある。