ボケ役、保証を勝ち取る
昨年、中古で買った車の定期点検に行ってきた。わたしの車はまだ走り出してから10年は経っていない。10年までは保証があり、いろいろなサービスが受けられるらしい。後輪付近から聞こえる異音も、その保証の範囲で改善してくれるとのことだった。ところが、わたしは少しばかり落とし穴のようなものを直感的に感じていた。車を中古で買ったのは去年の冬。その後、夏になる前に一回目の点検があった。その時はまだ冷房を使っていなかったので気づかなかったのだが、夏になって旅行に出かけた際、冷房をつけても温度がまったく下がらなかった。そして今年。今は、雨がよく降って少し涼しいが、すでに猛暑は訪れたあと。うだるような暑さの日、試しに冷房を入れてみたが、やはり車内の温度はほとんど変わらない。結局、窓を全開にして走った。風が当たれば体感温度は下がるからだ。今回の点検では、このことを絶対に伝えようと決めていた。点検前、受付で整備担当の人と話す機会があったので、そのことを伝えた。対応してくれたのは、イケメン度が普通ではない、顔立ちの整いすぎた30代から40代前半くらいの朴訥な男性だった。わたしが若かった頃、フランスへ行く前に、ピアノの生徒のお母さんから「フランスでは男性がみんなアラン・ドロンみたいにかっこいいかもしれないから気をつけてね」と冗談まじりに言われたことがある。わたしは特にイケメン好きというわけではない。それでも、時々こういう人を見ると、ギリシャ彫刻みたいだなあと驚いてしまう。待つこと一時間半。車の準備ができたと、愛想のよい少し年配の男性が出てきた。わたしが支払いをしようとすると、書類を見せながら「後輪部分に異音が出ているので、別日に修理の予約を入れてください」と説明した。「予算はどれくらいになりますか?」そう尋ねると、「これは10年保証の範囲内ですから大丈夫ですよ」との返事だった。そこで話を終えようとするので、わたしは聞いた。「冷房のほうはどうなりましたか?」誰でもうっかり聞き忘れることはあるし、相手だって言い忘れることはある。今回は、うっかりすることもあるわたしが、忘れずに聞いた。すると、相手の返事がなんとも歯切れが悪い。「今、うちの点検機械が壊れていまして……」わたしは続けた。「それでは、ここでなくて別の系列会社で修理してもらう流れになるんですか?」「いや、その……系列会社でなくても、冷房専門のところへ行っていただいてもいいですし……」どうも話がはっきりしない。そこでわたしは言った。「この車は買った時から冷房が効かなかったんです。これは10年保証には入っていないのですか?」「えっと、お客様のお車は……」その時、隣にいたギリシャ彫刻のような整備担当者が短く答えた。「Si(スィ)。」つまり、保証対象だということだ。少し年配の男性はコンピューターで履歴を確認し、「保証されています」と言った。そして態度が一変した。「では、この二つの整備を一緒にやりましょう。いつがご都合いいですか? 冷房整備の専門の者も呼びますので。」長男が小学生の頃、車の中でわたしにこんなことを言ったことがある。「ママって、場合によってはすごく速くできることがあるけど、ちょっとバカっぽく見える。」日本では、わたしは昔から、バカだと言われることはあまりなかった。子どもの頃には、やんちゃな男の子たちが喧嘩の決まり文句のように、「あほ、バカ、間抜け。お前の母ちゃんでべそ〜」などとだれかれ構わず、歌のように言う場面にも出くわしたが、わたしにはまったく響かなかった。だから息子の言葉にも腹は立たなかった。ただ、確かにここフランスでは母国語ではない言葉で暮らしている。聞き返すこともあるし、「ボケ」と「ツッコミ」のどちらかと聞かれたら、今のところ完全にボケ役だろう。だからそう見えるのかもしれない、と少しおかしかった。しかし、その「ボケっぽさ」があるからこそ、物事をうやむやにされやすいのではないかとも思う。今回は、自分なりに冷静に話を進めることができた。そして、年配の男性の思惑通りなのか、単なる手違いなのかは分からないが、冷房の件をうやむやにされずに済んだ。――油断してられへんわ、どこでもこんなもんなんやろか。車のところまで見送りに来てくれたその年配の男性に、わたしは尋ねた。「あなたは整備士さんなんですか?」「いいえ、私は受付です。」なるほどな、と思った。実際に車を整備する人と、それ以外の仕事をする人とでは、物事への向き合い方や対応の仕方に、少し違いがあるように感じたからだ。