こんにちは!Scoti-manです。
(本チャレンジはVer 1.18.3.1 Crane で行われました)
こないだまでVictoria3をやって、ちょっと疲れたので、今回はCrusader Kings3に挑戦します。今回挑戦した実績がコチラ↓
1066年シナリオのポルトゥカーレ公爵ヌノ2世としてスタートし、その在世中にポルトガル王国を形成する、というものです。わりと単純ですが、難易度カテゴリーは「難しい」となっていました。特に、ヌノ2世の在世中でなければならない、というところがポイントです。後で詳しく出てきますが、運がないとけっこう厳しいんじゃないかと思います。
というわけで、今回の主役を務めるポルトゥカーレ公爵ヌノ2世の能力値チェックから。
教育特性は策略でレベル3となかなかですが、能力値の最大が学識で13、次点が管理で11。教育を受けたはずの策略は9です。他は外交が6で軍事が5と、正直なところ弱キャラです。
性格は「野心的」「傲慢」「寛容」で
野心旺盛で傲慢な大雑把
という、小者ぶりを感じさせるような性格です。うん、いろいろ微妙です。そして、主君はガリシア王。
余談ですが、史実のポルトガル建国者はアフォンソ・エンリケス(アフォンソ1世)なので、この人ではありません。
続いて、実績獲得のための最重要条件「ポルトガルを形成する」の条件を確認。
公爵称号として、以下4つを保有していることが求められています。
ポルトゥカーレ
コインブラ
ベージャ
アルガルヴェ
このうち、ポルトゥカーレ公爵位は開始当初から持っているのでOK。コインブラ公爵位は、必要な領地はあるのでお金を支払えば作成可。しかし、ベージャ、アルガルヴェに関してはイスラム勢力から奪取する必要があります。
もう一つ重要なのが「現在の称号は王国未満であること」でしょう。例えば、イベリア半島の外に領地を広げて勢力拡大をしてもOKなのですが、どこかの段階で「国王」になってしまうと、その時点でポルトガル王国は建国できなくなってしまうので要注意です。
ベージャ、アルガルヴェとは、ポルトガル王国でいう南部方面。ゲーム開始時点でこの方面を領有しているのはイスラム勢力のバタリアーズとイスビリヤです。
最初の障壁となるのはバタリアーズ。そこまで強い勢力ではないのですが、なんとキリスト教国であるレオン王国のアルフォンソ6世を宗主と仰いでいます。つまり、バタリアーズに攻め込むと、レオン王国も敵に回る可能性が高い、というわけですね。これは厳しい。ちなみに、南のイスビリヤもアルフォンソ6世の従属諸侯となっています。
この時代のイベリア半島群雄割拠は、実際にこのような感じで、キリスト教 vs イスラム教は対立軸の一つではあるものの、アルフォンソ6世のようにイスラム教の国を味方の従属諸侯とするなど、単純な宗教合戦ではなかったのが特徴です。CK3のDLCで「イベリアの争乱」が発売されているのも、そんな特徴あるイベリア半島時代を再現するためのもの、なんだそうです。
さて、何はともあれまずは領土を増やします。特に、ヌノ2世は直轄領が1つだけなので、これではどう頑張ってもポルトガル王にはなれないでしょう。というわけで、ガリシア王国内で領地を持っている同僚封臣に因縁をつけて、彼らの領土を奪うことから始めていきます。
1069年2月15日、司教のエステボに命じておいたガリシア王国最北端のコルーニャ伯爵領の請求権の捏造が完了したので、早速宣戦布告。
昔々の文書を読むと、コルーニャ伯爵領はヌノ2世が領有して然るべき、という話にして、大義名分を捏造。中世の大義名分なんてこんなものです。現代でも、これと同レベルの大義名分掲げる国がありますね。
ちなみにこの頃、ヌノ2世の主君であるガリシア王は、レオン王アルフォンソ6世が挑んできた戦争への対応で大忙しでした。国王が外国と戦っている間、その第一の家臣であるはずのポルトゥカーレ公は王国内で私利私欲のための戦争。中世の国王ってたいへんだなぁ・・・
1069年11月、約9か月の戦いでコルーニャ伯爵は敗北し、ヌノ2世の主張通り、コルーニャ伯爵領はヌノ2世のものとなりました。
同様にして、1072年1月に、コルーニャ伯爵領の南のアストルガ伯爵領も、同僚の封臣から奪い取ってヌノ2世の直轄領に。これで直轄領が3つになりました。
しかし、ここまで好き放題に直轄領を増やしていたヌノ2世に対し、ついに主君ガリシア王から冷たい通知ふが到着。
ガリシア王は、アストルガ伯爵領の請求権を持っているので、今回は「暴政」にあたらない、となっています。どちらにしろ、ここでアストルガを手放すのは、ポルトガル王国建国チャレンジに赤信号が灯ることと同じです。絶対に譲るわけにはいきません。というわけで、主君ガリシア王と戦争開始!
↑コルーニャの平原で激突するポルトゥカーレ公軍とガリシア王軍。1000人弱程度の軍勢の戦いが、いかにも地方の小競り合い感を感じさせる。ガリシア王は自ら指揮しているが、我らがヌノ2世は軍事たったの5なので、戦争は封臣にツワモノにお任せ。
緒戦はヌノ2世の勝利。首都のサンティアゴを包囲・陥落させられたガリシア王は、南部のイスラム勢力と同盟し、約1500もの援軍を呼び出すことに成功するものの、ヌノ2世はなけなしの大金をはたいて傭兵部隊を雇い、援軍も撃破。
1074年1月、ガリシア王ガルシア2世は敗北を認めて退位し、ヌノ2世はアストルガ伯爵領を維持することが可能となりました。
ガルシア2世退位により、次の国王はガルシア2世の娘・サンチャとなったのですが、サンチャ女王はまだ子供。ガルシア2世が摂政として引き続き政治を見ます。ガルシア王国にまともな統治能力は残っていないので、間を置かずに女王・サンチャに対して独立戦争を宣言。すでにほとんど兵が残っていないガリシア王国は、まともに抗することもできず、再び敗北。1074年9月にポルトゥカーレ公ヌノ2世は独立君主となりました。
1075年5月のイベリア半島の状況↓
ガリシア王国はポルトゥカーレ公爵独立により一気に小国に転落。少々領土の変更があるものの、ゲーム開始時点の状況がまだ保たれている。
ですが、このまま何も変わらない、では済ませれません。まず、カスティーリャ王サンチョ2世が突然死去し、息子のガルシア2世が即位するも、まだわずか6歳。摂政政治が始まります。一方、嬉しいことにヌノ2世に新たに娘が生まれたので、アラゴン王の息子と婚約させ、アラゴンと同盟成立。
心強い味方ができたので、強気に領土拡大に出ます。まず、滅亡寸前のガリシア王国にとどめを刺すべく、1079年12月に「国境の衝突」開戦自由で、ガリシア王国に服属を要求して開戦し、1080年8月に勝利。ガリシア王位は消滅し、ガルシア2世はサンティアゴ伯爵に格下げされて、ヌノ2世の封臣となりました。
そして1081年には南のバタリアーズに「国境の衝突」を挑みました。この時、レオン王国のアルフォンソ6世は別の戦争で忙しかったようで、従属諸侯のバタリアーズが攻められても軍を動かしませんでした。アラゴン軍の協力により、戦争は終始ポルトゥカーレ側に優勢。1083年7月にリスボンを含む近隣2州を切り取ることに成功しました。
1083年10月の状況↓
ヌノ2世も50歳。そうろそろう人生終盤戦です。この勢いでポルトガル建国まで漕ぎつけることができるか?
一方そのころ、レオン王アルフォンソ6世は、どういうわけか「裸の王様」になっていました。なんでかよくわかりませんが「肉親殺し」や「性器ヘルペス」、など、不徳と不貞のアイコンが山盛りになっています。おそらく、精神崩壊でもしたのでしょう。
1084年3月、元ガリシア国王のガルシア2世を下した時に、娘のサンチャを人質として養育していたのですが、なんとヌノ2世の娘にすることができる、というビックリな話に( ゚Д゚)
なんかあり得そうもない話ですが、ゲーム的には歓迎。親族が少ないヌノ2世にとってはありがたい話です。というわけで、ガルシア2世の娘・サンチャはヌノ2世の娘・サンチャに。
1085年6月、フランス王フィリップが大結婚式を行うというので、お呼ばれしたヌノ2世も行ってきます。途中、ルーゴの牛乳から作ったというブルーチーズをいただき、フランスへ。そしてその旅の途中、レオン王アルフォンソ6世がなんとイノシシの牙に突かれて死ぬ、という事故が発生。
たぶん、暗殺とかではなく狩猟中の事故、だと思います。アルフォンソ6世の死は、非常に重大な2つの影響がありました。それは・・・
①南部イスラム勢力との宗主関係解消 ⇒ 南部イスラム勢力との戦いの時にレオン王国の動きを気にする必要はない。
②アルフォンソ6世の後継者となったアルフォンソ7世はまだ子供で、しかも子供時代にヌノ2世の娘と婚約していた。⇒レオン王国は同盟国に。
これで、ポルトガル王国建国は時間の問題になりました。ヌノ2世の存命中にできるかどうか、だけが心配なところです。
1089年5月、ベージャ公爵領の領域である「カスル・アビ・タニス」「ヤブラ」「アル・パシュ」の3伯爵領に捏造請求権を作ったので、これをまとめて請求。バタリアーズに同盟国はいません。
1090年11月、特に波乱もなく勝利し、3州を獲得。
1092年3月、最後に残ったアルガルヴェ公爵領の領域は、2国がそれぞれ領有していたので、まずは小さい方を攻撃。同盟国が3国いるので、見た目ほど弱くはないが、イベリア半島のキリスト教王国を味方しているヌノ2世の戦力にはかないません。
敵の同盟国が集結した6000近い軍勢を、ポルトゥカーレ、アラゴン、レオン、カスティーリャの4国連合軍で撃破し勝利。1094年1月、「サンタ・マリヤ・イブン・ハルン」を獲得。アルガルベ公爵位の慣習的領土は2州しかないので、これで公爵位を創設できます。
そして、これまでため込んだお金を使って、コインブラ、ベージャ、アルガルヴェの3公爵位を創設。すべての条件を満たしたので、ついにポルトガル王国が建国されました。1094年1月19日のことです。
そして、翌日の1094年1月20日、ポップアップが上がってきて実績「最後の伯、最初の王」がアンロックされたことが通知。チャレンジ、達成です!
<感想>
ヌノ2世の存命中にポルトガル王国建国まで到達しなければならない、ということで時間制限もありますし、自分より強い国をなんとかして必要な領土を切り取らなければならないという、難しめのチャレンジだと思います。キャラ一人分の時間で決着がつくので、必要プレイ時間は短めです。ある程度CK3に慣れたプレイヤーなら、楽しめると思います。
なお、本編を作成するにあたり、こちらの動画を参考にさせていただきました。ありがとうございます!
ぽりぽり 様
ー 完 ー




















































