A day without laughter is a day wasted.

A day without laughter is a day wasted.

その昔、チャップリンが言ったらしい。

「なんか知らんけど忙しい」

そう感じるときは、目の前に積まれたタスクをただ消化するだけになっていることが多い気がする。

もちろん、急ぎ対応が必要な仕事もあるので、どうしてもそうならざるを得ない場面はある。

でも、多くの仕事は計画や関係者との調整次第で、忙しさのピークをある程度分散できるはず。

少しでも余裕が生まれれば、本当にやりたかった改善や新しい取り組みにも手を付けられる。

そんな働き方が理想なのだろう。

 

一方で、コスト削減や効率化が強く求められる今の現場では、その余裕を確保すること自体が難しいのも現実。

それでも、「なんか忙しい」で終わらせず、忙しさの原因を見直す時間は大切なのかもしれない。

 

LLMが指示の曖昧さを口実に、サボったり、ズルをしたりする。

つまりは、指示は満たしているけど、本来の目的とはずれているような。

これは、人間でも同じだよなぁと思う。


B’zの新曲は疾走感が無いということで、賛否が分かれてそうだけど。

リピートして聴いていたら、じわじわ好きになってきた。

脳も胃と同じように、入れられる容量も人それぞれある程度決まっているし、休ませないと悪くしてしまうらしい。

朝一はスマホやメールを見ずに、やりたいことをやってみる。

美しいものはやがて消えることを意識していると、変化に強い人になれるような気がする

今更ですが、音声入力ツールのAqua Voiceを使ってみて、離れられなくなってる。

IT技術関連の専門用語もほぼ誤りなく変換してくれる。

Appleのネイティブ音声入力もこれくらいの精度があると良いのだけど。

現在のAI(LLM)は、確率と統計に基づいて文章を生成している。

それらしい文章を確率的に生成している仕組み

そのため、AIの回答の質は、

どのように質問するかに左右される。


ここには大きく2つの要素があると思う。


1 質問の書き方(技術)

前提条件、目的、制約、出力形式などを与えると、こちらが思ったら通りに生成してくれやすくなる。

いわゆるプロンプトの書き方。

これはノウハウ化されて誰でもできるようになる領域だと思う。


2 何を質問するか(思想)

今後最も重要だと思うのが、

そもそも何をAIに聞くのかという部分。

どんな問題を解きたいのか、AIを駆使して何をしたいのか。


これは単なるテクニックではなく、個人の思想が重要になる。これまでの経験や好奇心、世界の見方などから問いを紡ぎ出す必要がある。


まとまらないので、一旦ここまで



我々は何のために働くのだろう。と考えていた際に、思ったことがある。

 

私たちはいま、次の世代がより生きやすいように、未来の設計を託されている。

社会制度、技術活用、文化などは、私たちの選択や行動の積み重ねによって形づくられていく。

 

ただ、多くの現代人は、いまを生き抜くことに精一杯になっているようにも思う。

原因の一つには、利益の最大化を至上命題とする資本主義の構造があるのかもしれない。

短期的な成果や効率が優先されている、そんな傾向があるように思える。

 

会社として利益を生み出すことは、大前提として重要である。

ただし、数字や利益といった指標だけを追い続けていると、コスト削減や残業でカバーするといった状況に陥りやすいようにも思う。

そうした状態が続くと、ふと「自分は何のために働いているのだろう」と立ち止まる瞬間が訪れる。

最近は「働きがい」という言葉もよく耳にするが、若手人材の中には、その問いに意味を見出せず、

結果として職場を離れていくケースも少なくない。

 

そう考えると、私たちの働き方や組織のあり方もまた、

次の世代が働き続けられる社会を形づくる「未来の設計」の一部なのではないだろうか。

 

数年前にVue.jsを扱っていたことがあるけど、それ以来はフロントエンドはあまり触ってなかった。

生成AIでアプリ開発が簡単にできるようになったこともあり、半分趣味でReactを学習している。

何かを作るのはやっぱり楽しいね。

この歳になって、国語に興味を持つことになるとはねえ