カタマヒ・ネズミのリハビリ記録 -164ページ目

静岡のせっかちな春

今日もリハビリの日でしたが、PTの先生が、先週より、マスクをしている。花粉による鼻炎だそうだ。私も鈍感ながら、少し、目がかゆい。ところで、先週より、ブログに貼りたい写真があったが、今日、やっと撮れた。(迷カメラマン撮影)単に桜の花ですが、我が家の梅の花より、早い。

休憩日

リハビリの通院の疲れも有り、情けない事に寝たきりに近くなってしまった。
唯一、夕方、母の買い物について、近くのスーパーへ、行く事を除けば、殆んど歩かなかった。手首の運動の宿題もあまり、やっているとは、言えない。 意志を保つ事の難しさを痛感する。継続は力と言うが、実行するのは、大変だ。
なんとかしなくては、

本題に戻って

今日は、手のリハビリの日、朝、母に起こされたが、夢うつつになって、再度、起こされ、リハビリの日だと意識し、急いで起き、朝食を急いで食べて、着替えたが、遅れた時間は、取り戻せなかった。
いつものバス停にも、手を緊張させて、急いで歩いたが、一本遅いバスに乗る事になった。そのバスも、数分遅れだったので、リハビリの時間に影響を与えてしまった。
今回は、自主トレ宿題付きで、
1、手のひらを組む (指を組んで。)
2、手のひらを着けて体の前で、左右に手首を動かす。手首にシワができる様にする。
3、バスタオルを机の上に乗せて、その上に組んだ手を乗せて、前後に動かす。動かす時は、ヒジが、机に押し付けられている事に、注意して。引く時は、体を起こし、肘を引ききる。(ヒジが体の後ろに来る様にする。)
4、手を組んだまま、ヒジを持ち上げ、下ろしを繰り返し、可動域を広げる。

宿題は、以上の内容でした。

もうひとつ思い出した事

ついでに、もうひとつ思い出した事が、ありました。
レッサーパンダの話です。
つい最近、国内のレッサーパンダが、静岡の日本平動物園の子孫とテレビで知りました。その日本平動物園に、私の通っていた小学校が、どんな形か記憶に有りませんが、在学中に、寄贈しました。
当時、パンダと名前がついていたので、両親と、見に行ったと記憶してます。
当時の企画した方々も、こんな結果を予想してなかったでしょうが。
これは、本当の話です。

突然、思い出した事

幼稚園、小学校、中学校を通して、一人の小児麻痺の友達が居たことを、突然、思い出した。
何故か、彼の事は、良く絵画で表彰されていた事。
運動会の競走で、ビリになりながら、拍手で迎え入れられていた事、その時、彼は、泣きべそをかきながら、最後まで走りきった事。位しか、思い出せない。
当時は、なぜ、周りの人が、拍手をするのかある意味、理解できないまま、拍手をしていましたが、今は、彼の事を、すごく立派に思います。
私も私のゴールを目指して、必死に頑張れたら、良いなと思いました。突然ですが、大事な事なので、書き留めました。

充電完了

っていうのは、言い訳、デモ、いつも、ブログの更新は、気になっていました。
サボると、アクセスの数は、テキメンにさがるよね。人に見せる為に、書いていませんが、人は、見てるもんなんですね。


最近、はまっている事

ここ最近、わぎゃのオセロにはまっている。何で、ハマるのか、最初は、判らなかった。ネット上で、知らない人とゲームをするのは、最初は、抵抗があったが、そのうち、楽しむ様になった。
今日、やっとその理由が判った。
子供の頃に、学校から帰ると、必ず、近くの公園に行っては、遊び相手を探し、遊んだ。相手は、知っている子も居れば、知らない子もいる。年齢も色々だったのを、覚えている。
それが楽しくて、いつも、公園に遊びに行った。
それと同じ事を今、この歳でやって、今日は、誰と遊べるだろうってワクワクしている。何か、子供に戻った気分だが、心地良い。
長く楽しめる場であってほしいものだ。
因みに、今は、「不味い鴨」と名乗っています。見つけたら、気軽に、対戦して下さい。

リハビリ(上肢動作訓練)

今日は、いつもの木曜日のOTの振り替えで、手の動作リハビリがあったので、朝から忙しく、バス停まで歩いた。この前の失敗が有るので、少し寒さ対策をして出かけた。病院に着いて、診察券を出し、トイレに直行し、用を足した。
その後、直ぐに、リハビリ室に入ってリハビリは、始まった。
最初は、麻痺側の腕の動作リハビリだったが、最近、反対側の腕に痛みを感じるって言うと、調べてくれた。かなり、凝っている様で、痛みを感じたが、最終的に、腕の上がりが、良くなった。
感覚的に、時間が経つのが早く、今日は、これくらいで、終わった。
支払い時に、受け付けのコンピュータの上に見慣れないデバイスを見たので、何の機械か聞いてみたら、診察券を印刷するプリンターだそうな、裏を見るとスター精密の機械の様だった。一般のPCのプリンターメーカーとして、姿を見なくなったが、こういう市場で生き残っていたのか!
と少し感心した。
帰りは、いつも通り、バスに乗り、いつものバス停で降りて、歩いて帰った。

障害者年金給付 その8

本当の書類が今日来た。
内容として、審査官に口答で、意見を言える位の事しか書いて無い。(何で文書じゃ無いの?
電話を録音するのかな?
口答は、変じゃないか?)
スケジュールの話も無い。
どのタイミングで、意見を言えるのかも、当然無い。

どんな形で、再度、審査するのか?全く見えない。
また、明日、突っ込んでみるか?。

いつまで、続くのかな~、やっぱり被保険者が死ぬのを待ってるのかな。

国側の不払いは、問題無いの?
やっぱり、藁人形を毎日、打ち付けてる?
藁人形の購入で、年金が無くなってないか、誰も調べないよな。

障害者年金給付 その7

結局、書類は、来なかった。そこで、審査官の所へ電話をして、問合せました。
話によると、何と郵送の曜日が決まっているらしく。今日発送だったらしい。
また、そば屋の出前みたいな話だった。