雨降り風間病み患い | レジン作家 kumaさんのWeblog

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人間、生きていればいいことばかりはない。

仕事でも、プライベートでも、だれにだっていろんなことがある。

雨降り風間病み患い、まるで眼に見えない何かの力が働いたかのように、うまくいかないことや、マイナスなことが立て続けに身に降りかかることもある。

 

私は楽天的なプラス思考の運命論者なので、そうした時には

 

「これは自分を成長させてくれるための試練だ。これを乗り越えればまた次のステージにステップアップできるんだ」

 

と思う。

 

「がんばっていればそのうちに好転する、なんとかなるさ」と思って、これまでやってきた。

でも、その試練がいつまで続くのか、いつ好転するのかはわからない。

しかも、がんばってもがんばっても、次々にあとからあとから試練が降りかかってくると、さすがに能天気な楽天家のプラス思考人間でもだんだんと不安が募ってくる。

 

 

 

 

約2年前の春に、20年ほど住み慣れた丹沢から、もともと住んでいた横浜に引っ越すことを考え始めた。

その頃から試練が次々に降りかかってくるようになり、2018年の7月に引越しを実行してからは、まるでそれを待っていたかのように、誰かが私を陥れようと狙い撃ちでもしているかのように、強烈な試練が次々とやってきた。

 

 

 

 

年が変わって2019年になっても、状況は一進一退、時として二退。

4月になり、このままでは追いつかないと思い、大好きなお酒をやめて、さらに体力をつけるために早朝のウォーキングと体幹トレーニングを始めた。

 

幸いに私はショートスリーパー(短眠者)という特異な人間なので、お酒を呑まなければ一日の睡眠時間は平均4時間で十分だし、自宅で仕事をする個人自営業者なので、夕食後も深夜まで仕事をこなすことができる。

 

もちろんこんなことは自慢することではないし、おススメすることでもない。 でも人は時としてそうせざるを得ない時がある。 そうする必要のある時がある。

 

 

 

 

毎日、深夜0時から2時、あるいは3時くらいまで仕事をこなすことで、ようやく『試練』に対抗することができるようになった。

 

でも30数年間、お酒を呑み続けてきて、それをやめてみて初めて気が付いたのだけれど、私にとって飲酒はリラクゼーションだったんだね。

とくに私は中程度のADHDだから、頭の中で絶えず神経伝達物質が花火のようにスパークしている状態で(だからADHDの人は落ち着きがなく、多動なのですが)、それを休めることも止めることもできない。

お酒を呑むことで思考を麻痺させることが、脳を休息させる唯一の方法だったわけです。(ADHA脳は睡眠中も覚醒しています)

 

だからお酒をやめたことで脳を休めることができなくなり、そのストレスが滓のように徐々に心の底に溜まっていき、それがだんだんと精神を追い詰めてつらくなっていった。

 

 

 

 

去年の秋頃になると、心身の疲労が極限まで蓄積されて、「あぁ、これ以上はムリ…つぶれる…」というところまでいってしまったから、東京に住む高校時代からの親友を誘って、丹沢で一日キャンプをしてきた。

 

 

 

 

自然の中でのキャンプの良さは、普段着ている『自分』を脱ぎ捨てて、本当の自分をさらけ出して語らうことができるところ。

だからこそ、溜まり溜まったストレスを吐き出すことができる。

 

なんでも言い合える友人がいることはとてもありがたい。

あんチクショーにはとても感謝している。

もう少し落ち着いたら、三崎に寿司でも食いに行こう。

でもその時はくれぐれも安全運転で頼む。

お前の運転では何度か死にかけたからな。

 

 

 

 

親友のおかげで、気持ちをもう一度リセットしなおしてがんばることができた。 そうでなかったら、かなりヤバかった。

 

年末に、最後の大きな試練がどーーんとやってきた時は、「こりゃもうホントにダメかも」と思った。 「まだ来るかぁー、そんなにオレが憎いかぁーー」って感じで、ホントにもうムリと思った。

 

 

 

 

最後の試練をどうにかこうにか、ギリギリのところで乗り越えて、今ようやくピークを過ぎた。 ホントに心の底からやれやれだわ。

 

でも、今こうして試練のピーク(山頂)に立って、これまでの2年弱の道筋、自分がその間にしてきたこと、それによって蓄積したノウハウ、その結果によって得たモノづくりに対する新たな想い、そして以前よりステップアップした現在の位置、そこから見えるこれからの未来の景色を眺めた時、この試練は必然だったし、あってよかったと心底思う。

そうでなかったら、ナマケモノの私はがんばろうとしなかっただろうからね。

 

 

 

 

2年前の春、横浜に引っ越したら仕事をセーブして、収入が減ってもいいから週休二日にして、趣味の時間を増やそうと計画をしていた。

 

三浦半島は起伏が激しいから電動アシスト付自転車を買って、リュックにカメラとスケッチブックを入れて、休みの日にはチンタラとペダルをこいで、風景や山野草の撮影をしたり、スケッチをしたりしてのんびりと過ごそうと思っていた。

「オレもここまでになったんだから、もうそろそろのんびりしてもいいだろう」そう思っていた。

 

けれど、眼には見えないなんらかの力が

 

「バカタレ。まだのんびりする時じゃないわ。今はもっとステップアップする時だろーが。ここでがんばらなくてどうする!」

 

と、そのための試練を与えてくれたんだと、今は思う。

 

 

 

 

今回の試練は、これまでの50数年の人生の中でも、かなりハードな体験だったけれど、この試練がなかったら、この先もっと大変なことになっただろうということは、今わかる。

もちろん5年後、10年後に立っているステージも、そこから見える景色もまったく違ったものになっていたのは間違いない、自分自身も家族も含めて。

 

そういった意味でも、今回のことは本当につらかったけれど、ラクな道を行こうとした、へなちょこな自分への戒めだと思う。

 

 

 

 

ただ、この2年弱の間に、有形無形の負債を限界まで背負ってしまったから、これから3、4年かけて、恩も含めて地道に返していかなければいけない。

 

だから、もしまた試練を与えてくださるのなら、次は3、4年後にしていただきたい。

今すぐはムリっす。

 

 

あぁ、酒がうまい(しみじみ)

 

 

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