中野振一郎:レクチャー&ミニコンサート『ワンダ・ランドフスカの功罪』 | 北十字の旅と音楽会記録が中心の日記

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~まわるまわる~よ~

朝方曇っていた空がやっと晴れた東京です。

今日は
中野振一郎 レクチャー&ミニコンサート
『ワンダ・ランドフスカの功罪』

朝日カルチャーセンター新宿
13時~

19世紀に 古楽器が忘れ去られた時、チェンバロを作って~今言われる モダンチェンバロ~古楽器を復興させたチェンバリスト、ワンダ・ランドフスカ(1879~1959)の活動した時代と、その時代の古楽の受容を考えるというもの。

具体的に書いたら、きっと 異次元言語の羅列になってしまいそうなので、一般的な内容に置き換えて書きます。


19世紀に復興したバッハを中心とした17世紀の音楽は、当時は19世紀の楽器で演奏するのが当たり前になっていた。なぜなら 楽器は進化しているのだから、古い楽器の存在理由がないという考えだったから。
ということから、チェンバロはピアノに代わって、存在すら忘れられていたのです。

ところが かの女史は、そんな時代にチェンバロを自ら作って 演奏をした。
その活動には 大変な困難がありました。存在意義のない ボロ楽器を弾くことが間抜けに見えたから。

しかし彼女は チェンバロを作って 弾いた。
しかし ピアノ製作会社「プレイエル」が作った楽器は、鋼鉄のフレームをもつ、俗に言う モダンチェンバロ。
足踏みペダルを持ち、外見はピアノそっくり。

戦後、バッハやヴィヴァルディの音楽が演奏されるようになってくると、チェンバロが市民権を得てきます。
しかし そのチェンバロは、女史とプレイエルが『作った』モダンチェンバロ。
今 名盤と言われる 巨匠系の弾く音盤のチェンバロの音は、みなこれ。

1980年代後半からの復古(原典)主義によって、モダンチェンバロが まるで楽器として失格かのような取り扱いになり、一斉に駆逐されてしまったのが、今の日本やドイツ。

しかし、今でもバッハのビアノの演奏は認知されている。

果たしてこれって?


このような内容でした。

その後、ランドフスカ女史が好んで弾いたプログラムから、
🎵J.Bull
🎵A.Vivaldi
🎵J.J.Froberger
🎵F.Couperin
🎵L.Marchand
の作品を演奏。

今日は20人あまりの聴講生。こじんまりした アットホームな中でのレクチャーは充実でした。

新年 最初の実演は、中野さんのチェンバロから。今年もヨロシクって 言われてしまいました。

今年も関西旅行がたくさんできそうだぁ~😅