ちょっと油断すると、すぐ書かなくなってしまいます。
先月は、週に1回のペースでした・・・・
最近、個人的に非常に学んだおかげで、肩の力が抜けたことがある。
自分でいうのもなんですが、会社でも、教会でも、なんでも色々な欠けが見えてしまうのです。岡目八目というか。しかも、「もっとこうしたら」という結構優れた対案なんか出せてしまう事が比較的あります。色々な優れたアイディアが出るもんですから、やっている人たちに否定的になるのです。
「なぜ、こうできないの?」「何故、そんな風にするの?」「どうすれば、そういう行動になるの?」「もっとこうすればいいじゃん」挙句の果てには「なんだよ、使えねーな」という具合になります。
それは自分にも当てはまり、その高尚なアイディアを実現できない私は「何にもできない、使えない人間」で、自分は全く能力がない人間だと思ってしまうのです。そして、「どうせ出来ないからやらない」となります。
他者にも、自分にも100%しか要求できず、100%でなければ0%。50%の人や、60%の人には、批判的になってしまうのです。
でも、ようやく気づいたのは、会社でも、教会でも、100%の人間・仕事なんてどこにもないということです。社長にも上司にも牧師にも長老にも100%完璧にやっている人はどこにもいないのです。
90でも、80でも、70でもいいんです。100%である必要はない(努力は100%する必要ある)。極端な話、100%努力して、1%でもOKだと思えるようになりました。0よりは遥かに素晴らしいわけですから。100%じゃないからと何もやらないよりは、遥かに進歩なんです。
それがわかって、1%でも人の先を歩いている人、1%を本当に心から素晴らしいと思える人が、リーダーになれるのでしょうね。
1%に目を留めることが出来るようになってきたので、自分や人を許容できるようになり、リーダーシップというか、取りまとめ役も、それほど苦にならなくなりました。
また一つ解放された気がします。
こんな小さなことから解放され、自由になっていく信仰生活は、本当に楽しい。