昨日夜、サントリー美術館で
「歌麿・写楽の仕掛け人、その名は蔦屋重三郎 展」を
見てきました。
寡聞にして蔦屋の事は知らなかったのですが先日
J-WAVE RANDEZ-VOUSで
本展を紹介していたのを聴いて興味が湧きました。
私なりに蔦屋を紹介するなら、、、
蔦屋重三郎、通称蔦重
寛延3(1750)年
浅草吉原の生まれ、長じて吉原の地に書店を開く、
称して耕書堂。同地に
人脈を築き「吉原細見」(現代のガイドブックに相当)を
発行し事業の基礎を成す。
後、当時江戸市中に大流行していた狂歌に浮世絵を
併せた書、即ち「狂歌絵本」を
次々と発行し評判を得る。これらの書に於いて挿絵を
一手に担当したのが
喜多川歌麿。歌麿の画名を大いに高める。掲載された
狂歌師は宿屋飯盛、
尻焼猿人(酒井抱一)四方赤良(大田南畝)、朱楽管江、
花道つらね(五代目市川団十郎)等
当時の狂歌壇の重鎮大物が蔦重に集う。
また蔦屋自らも蔦唐丸<ツタノカラマル>の狂名で狂歌を
物す文人でもあった。
彼は商才文才に恵まれるのみならず、稀代の目利きとして
未萌の才を数多発掘して
江戸町人文化を支える役割を担った。彼の目に留まり
名を成した人物は、上記の
歌麿をはじめとして、山東京伝、葛飾北斎、東洲斎写楽、
恋川春町、北尾重政らの絵師、
朋誠堂喜三二等の戯作者、その他紹介し切れないほどの
人物が蔦重の下から育ち活躍した。
江戸文化に新風を巻き起こし、
時代を先取りした慧眼異能の人、寛政9(1797)年永眠。
商人として、文人として、プロデューサーとして、全てに於いて
一流だった訳で、一言で言えば
スーパーマンですな。今回、蔦屋の事跡を知り、深く共感する
ところがありました。
彼の生地吉原はモロ私の地元ですし、更に私の会社の
取引先は上記で触れた酒井抱一
根岸の庵居「雨華庵」の跡地にあるのです。
時代を超越した縁を感じ、痺れてしまいました。暫く本展の
図録を眺めて楽しめそうです。
余談ですが本展の協賛にTSUTAYAの名前があり、シャレ
なのかなと思ったら、
TSUTAYAの創業者は現代の蔦重たらんとして店名にした
らしいのです。今Wikipediaで調べました。
余談ついでにもう一丁、今巷で話題の市川海老蔵、
ご先祖様の五代目市川団十郎の
諧謔洒脱の精神を見習って人格陶冶に努めていれば
今回の無様はなかっただろうに。
















