「わかったー!!!」にご注意を。
あなたがもし、私のような極端思考の人ならば、
「わかったー!!!」
と何かに気づいたときトーンを落とすことをおススメする。
なぜなら、
「わかったー!!!」に振れすぎて、
いろいろな出来事をそのわかったこと視点で捉えてしまう危険性があるから。
確かに「わかったー!!!」は視点が広がったから気づくこと。
だけど、いろいろな視点の1つであって、
それで今までの多くを塗り替えられるわけでも
塗り替えられることなわけでもない。
「こうと捉えることもできる」
と1つの物事を捉える視点が増えただけ。
視点が広がってひらめいた「わかったー!!!」のはずなのに、
トーンが高いと案外視野を狭くするときもある。
パ、パソが・・・
パ、パソコンが・・・
パソコンの入れ替え作業が完了したのは
ついこの火曜日のことでした。
すでに動きが不穏に・・・。
私の使い方?
もしくはパソコンちゃんの性質???
メールデータをすべて失った痛手を負いつつ、
結局あかんのかぁ!!!!!!
かなぴぃ![]()
「終わり」なのか「はじまり」なのか
「失敗しとけばよかった」話 の続編です。
紬美ちゃん からコメントをいただき、
コメントに返信をしつつ改めて感じたこと。
今までに
「私は人生の落後者だ」
と何度思ってきたことでしょう。
過ぎ去ってしまえば、
その時の辛さも苦しみも、悲しみも、悔しさも、
うっすら記憶にあるかないかで
私は幸せに生きている![]()
でも、その時の1度の自分が思う「失敗」が
その時はとっても重い![]()
次の一歩がないかのように感じるくらい。
なぜそう思ってしまうのか?
一つの視点として
「チャンスは1度だけ」とか、
「1度の経験が自分を決める」とか、
「1度の経験の結果=自分」で「自分は変われない」
というように
「1度の経験でその後の人生が決まる」くらいに考えていた気がする。
そんなに1度の経験が重い位置づけにあったら
失敗が怖くもなるし、変に力も入ってしまうよなぁ。
私のどこかで、
「自分はできる人間だと思いたい」
「自分はできる人間だと信じたい」
のような想いがあるから、
実際にできなかったら
「自分は無力なんだ」とか
「自分ではダメなんだ…」
と、ガッカリしすぎてしまう。
そして、これからの未来も真っ暗くらいに感じてしまう。
これでは足取りも重くなるはずだぁ。
力が入りすぎてしまうはずだぁ。
結果は確かに結果として受け取る必要があると思う。
だけど、それはチャレンジすることに対しての
まずは『自分の現在地を知るためのスタート地点』だと思えば、
もう少しそのチャレンジを楽しんで経験できるかもしれない。



