なぜ生きるの?
(前回に引き続き話題は「生きる」)
私は何のために生きているんだろう?
実は幼いころからよく思うことでした。
(思っていた多くは自暴自棄になった時です。)
それが答えに詰まるんです。
わからない・・・![]()
多分人により違うんだろうな。
正直私は何のために生きるんだろうってわからないと思った。
だから少し前の時代に生きる人たちのことを考えてみました。
もしかして家族や国を守るために生きてたのかもしれない。
そんなことさえ考えずにただ生き延びるために生きたかもしれない。
つまりは生存のため?
なんにしても、今の私より生きることに真剣だったように感じる。
そう考えると、
今私は生きることに関して守られている状況だから
「命」や「生きる」ことに関して「当たり前」と捉えすぎてて
ついついぼんやりしてしまうのかもしれない。
でも、生きることがある程度守られているなら、
先人とは違った「生きる」をすることができるってことなんですね。
自分が何をしたいのか
何を体験してみたいのか
を自由に試すことができるということ。
どんなふうに生きたい?
どんなことを成し遂げたい?
そんなふうに聞かれると、言葉に詰まってしまうかもしれない。
でも、例えば
何をしたい?
チャレンジしてみたいことはある?
って聞かれたら答えやすいかもしれない。
イルカと泳いでみたい
フランスに行ってみたい
ピラミッドに登ってみたい
こんな家に住みたい
などなど、
自分の中から色々「やってみたい」「してみたい」が出てくるんだと思う。
それを実際に体験するチャンスのために「命」があるのかな。
「今」が永遠にある
と思うと「別にやるのは今でなくてもいいや」なんて思いがち。
そしてやりたいのにいつまでもチャレンジしないかもしれない。
だからこそ、命に限りがあるのかな。
だから「今」「やりたいことをやる」ことで感動が生まれるのかな。
「今」や「自分」が輝くのかな。
やってみたいことにチャレンジする生き方してみませんか?![]()
「生きる」ことを考える時期
7月末に友人のご家族が亡くなってしまったり、
別の友人に悲しい出来事があったと相次いで連絡が入りました。
「命」や「生きる」ということを考えていた時、
ケーブルテレビで『余命1か月の花嫁』のドキュメンタリー番組が。
映画は1度見たことがあったのですが、
ドキュメンタリーは初めて。
千恵さんの生き方を観て涙が止まりませんでした。
私、こんなに真剣に毎日生きているかしら?
健康で当たり前と感じる時がずっとずっと続くと思っていないかしら?
多分この毎日がなくなるなんて思っていないし、わかっていない気がする。
毎日真剣に生きる必要があるわけではないと思う。
だけど、予想できないだけで、気づきたくないだけで、
確実に「老い」も「衰え」も「死」もある。
だから生きている「今」に
輝くチャンスも楽しむチャンスも幸せになるチャンスもあるんだよね。
それがわかっているのとわかっていないのでは
人生の終え方が変わってくる気がする。
後悔はしたくないな。
そう思うと、
「命」や「生きる」ということをもう一度真剣に考えた方が良いよ
というサインだったのかもしれません。
ということで、今後少し自分の整理も含め
ちょっぴり「生きる」とかについて内観&気づきのシェアは続くかもしれません。
問題は、放置部分で起きていた!?
掃除をしていてハッとした。
いつも掃除してきれいに保っておきたい部分
「まあここはしょうがないよねぇ。。。時間ができたらやろう」
と半ばあきらめて放置気味の部分。
私の掃除の仕方に偏りがある・・・。
それなのに、「掃除したっ
頑張った
」って思っている自分。
素晴らしく私の内面を映し出しているのでは・・・![]()
![]()
![]()
自分が取り組むよーと思えることはとっても取り組むけど、
「時間ができたらやろう」と今やることに少し抵抗を感じることは後回し。
最悪の場合はいつまでたっても手つかずのまま。
そして放置状態が続く。
そして、
「頑張ってるのに現状が変わらない」と感じる私。
これではいつまでも同じような状態が続いてもしょうがないよね。。。
だって抵抗している部分は放置してるんだもん。
今やれていることはある意味
●やりたいこと
●やれること
と無意識にでも認識しているからやってる。
でも、もうちょっと現状を変えたいって思ったら
少し抵抗を感じるところも「時間ができたら」と思わず今から手をつけてみたら、
案外流れが良くなるかもしれない。
だって、抵抗が出るということは、
範囲を超えるから起きる反応。
ということは、抵抗が出るところに取り組めば、
現状の範囲を超えられる可能性があるってことだもんなぁ。
やってみよう
放置していたことを![]()
それにしても最近とっても感じること。
自分の内面との取り組み方って、
すっごくすべてに表れてるんだなぁ~・・・
立ち位置
何かを始める時、
その時の想いがある。
だけど物事が進むにつれ、
その時その時に取り組むからこそ
忘れてしまうことがある。
それは、最初の想い。
人は「よし!」って決心して物事を始めたとしても、
「この想いは忘れない」って思ったとしても、
目の前のことに一生懸命になっているうちに
忘れてしまうことがあると思う。
見えなくなってしまうことがあると思う。
最初の立ち位置からズレて
今時点の立ち位置だけにいると
焦るのかもしれない。
不安になるのかもしれない。
そしてそれが行動のブレに繋がる気がする。
その時その時に取り組むことは大切だし、
物事に取り組むからこそ想いの変化はあり得るし、
あって良いものだと思う。
だけど、
今時点に傾きすぎるとブレやすい。
物事をスタートする時点の立ち位置を意識しつつ、
今時点を俯瞰する視点を持ちつつ、
今に取り組む。
そうしたら、立ち位置は揺らぎにくくなるような気がする。

