目覚めたら、「心豊かな日々」でした。

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人生はあっけないかもしれないんです

自分らしく生きよう!と思っているのに、
変わりたい!と本当に思っているのに、
なんで結局同じ状態を続けてしまうんだろう。

って思うことありませんか?


私は結構いつも思っていました。

ただ、「変わりたい」と思いつつ、今の状態を知っているからの安心感や居心地のよさ、ある程度の幸せ感もあり、結局今を変える道に進むようで立ち止まり戻るを繰り返してきました。


そして、その自分を見て「ああ、決めてないんだな」と思っていました。


でも、決めていないんじゃなくて、気づいてなかったことに気づいたんです。

自分の人生の尊さに。


あまりにも毎日が普通にやってくる日々を過ごしてきたことで、なんとなく「まあいっか」と自分の人生をなあなあに消費する時間で過ごしていてわかっていなかった。
本当に終わりがあるということに。




今年5月に10年来の私より少し若いお客様、そして6月に3歳7か月の愛犬の突然の死に出会いました。

想定外のお別れにどうしたら良いかわからない深い悲しみの感情が沸き起こりました。

どちらのお別れも、「数日前は元気だったのに・・・」と、その元気な状態で出会っていることや一緒に生活している状態がずっと続いていくように信じていたのに、それが突然終わってしまった。


お客様に関しては、最後にお会いした3日後くらいに。
そして愛犬に対しては、亡くなることを知った数時間後に。


お客様とは、亡くなった1週間後にお会いする予定でした。
愛犬は、まだまだ10年以上一緒に生きていくと信じてました。



それなのに、もう一緒に過ごす時間はどうやってもやってこない。

わかっているけれど、私の『いつも』の日々を過ごしていると、
普通にお客様がお越しになりそうだし、愛犬もすぐそこから嬉しそうに出てきそうな気がしてしまう。


それでも数日経っても本当に会うことがなくて、もう彼女たちの命の時間が終わってしまったことを実感せざるを得なかった。


そして、それなのに私の人生は関係なく続いてるんだな・・・と思いました。


悲しみでいっぱいだったとしても、私の人生が揺るがされることがないんだと。
そして、彼女たちに私が何かを感じたとしても、その想いは伝わることなく消えていく。


なんとなく、人の一生があっけなく感じたんです。



今までも、大切な人が亡くなったり、愛犬が亡くなったりの経験があったのに、こんな感情、こんな感覚を持つことがなかった。

もしかしてそれは、間もなく亡くなっていく事を知っていて、お別れの準備が自分の中に出来ていたからかもしれない。



今回は、まだまだ続いていくと信じていた状態が突然終わってしまったことで、妥協の上に作られていた私の中の今の状態が大きく揺らぎ、人生について、生きることについて深い所で考え始めた感じでした。


元気だと思っていたり、まだまだ人生は続いていくと思っても、いつその人生が終わってしまうかわからないということ。

自分の人生でいろいろな人との重なる時間があるけれど、別の道を選んだら出会わなくなるし、重なる時間を過ごしていても、その人の命が終わってしまったら出会わなくなるし、それでも自分の人生は続いていくということ。

亡くなった人へ何かの感情を感じても、もうその想いはその人の生きてた人生には届かないということ。



そんなことを考えていたら、

あれ?人目を気にすることが多いけど、結局何を思われようがどう見られようが私の命の終わりとともにそれが消えるんだったら、私の人生を脅かすことってなくない?

だったら他の人の目を気にする必要ってあるのかな?

と思えてきた。


結局死んでしまったら、それ以上もそれ以下もなく、人生はそれで終わる。

そうしたら他人の目を気にして自分らしくいられなかったり、
動きたいのに動けなくなっていたり
それって、とてももったいないのではないだろうか・・・。


生きている今の時間を自分の心が、内面が本当に望む生き方をしてあげた方が良くないかな?

自分が望む生き方を体験できる時間は思っているよりも短いかもしれない。

その時間、他人を気にしすぎて浪費してしまったらもったいない。


と感じました。



今の状態になんとなくの不満もありつつ、幸せだと感じている。
だから変わりたいと思いつつも、まあまだ時間あるしねとどこかで思っていた自分。

不満から目をそらして自分の心の奥を見ることから逃げていた自分。


その自分の土台が揺らいで

 自分にとって幸せな生き方って何だろう?

を自分の奥深くに問いかけ続けていました。


そうしたら、

 自分の奥にある自分に気づきたい。
 可能性を開いて体験してみたい。
 どんな自分と出会うか見てみたい。

という想いが返ってきた。


人生はあっけないかもしれない。
でもだからこそ尊いし、その尊い時間に何を体験するのかを私たちは選べる。


どんな人生を体験したいですか?


私は自分の奥にある想いに気づいてあげたい。
その想いに従って生きていきたいです♪

急逝した愛する末っ子ワンコ、ルヴィへの想い

2026年6月23日、我が家の愛する末っ子ワンコ、ルヴィが本当に急に天国に旅立ってしまいました。


病院の先生から『死』を覚悟するお話をされてから1日経たないうちのこと。

3歳7カ月、我が家に来てくれてから3年3カ月でした。


「ヒャン!」という声とともにルヴィが不安を含めたいつもと違う様子を見せた次の日の朝、後ろ脚に力が入らず立てなくなっていて、そこから5日後のことでした。



亡くなる1週間前は本当にいつものルヴィで、元気にはしゃぎ、愛情や愛嬌をいっぱい表現してくれていました。


ルヴィは、
 同じ空間にいるときは掃除をしていても何をしていても私の後をついて来る。
 リビングで座っているといつの間にか膝の上に居て、寒い時にはカンガルーの赤ちゃんように洋服の中に入って来る。
 私の仕事中はリビングのドアの前で待機して、
 お客様が帰った後にリビングのドアを開けると玄関へダッシュで行って「今日は誰が来たんですか?」とフンフン匂いを嗅く。
 外出から帰ってくると玄関まで喜んで迎えに来てくれて、
 夜ベッドに入ると私の首に首を重ねて『大好き』を表現してくれる。
 ごはん時には植木の周りをぐるぐる回り嬉しさを表現する。
 とても懐っこくて誰かに「可愛いね~」と可愛がられると、嬉しくて嬉しょんをしてしまう。
そんな子でした。


そんなルヴィと一緒の毎日が、まだまだ普通にずっと続くものだと信じていました。


今まで病気をしたことがなく、いつも元気だったルヴィが雷などの空模様以外で不安を見せ、不調を見せた初めてのこと。
それから1週間たたないうちのことでした。



ルヴィが天国に渡って2、3日は、
 どんなに悲しんだところでルヴィは帰ってこないし、夢じゃないんだな…
そして、
 当たり前だけれど私の日々はやってくるんだな…。
と思いました。

しかも一見普通の日。

ルヴィがいない以外。


でも、そのルヴィがいないことで心に穴が開いたというか、スンっと感情が消え去ったみたいになってしまった。


ルヴィが我が家に来てくれて、1日1日と一緒に過ごしいろいろな経験をするうちに、ルヴィのいる生活が当たり前になり過ぎていた。
それがどんなに有難い瞬間瞬間だということかわかっていたはずなのに。


勝手にあと10年くらいは続いていく時間だと思い込んでいただけに、ルヴィとお別れする心の準備が全然整っていなくて心がついていきませんでした。


今のところ、ちょっとしたことをキッカケに頭が勝手に色々考えたり、「無理やり悲しもうとしているのか?」と思ったり、いきなり悲しい感情がやってきたり、悲しすぎて無意識に感じることを拒否したり、複雑です…。



ただ、ルヴィが去った日は、あまりの悲しさと寂しさでどうして良いかわからなかったけれど、
数日経つとどうしても目の前の状態を見ざるをえず、受け入れるしかなくなるんだなと。



今まだまだ気持ちが落ち着かないけれど、いったん今感じることは、


ルヴィの命の長さがたとえ同じだとしても、やっぱりまたルヴィに出会うことを選ぶと思う。


そして、
ルヴィという存在が愛おしくて、そこに居てくれるだけで幸せで、だからその愛をずっと感じていたかったということ。


だけど、ルヴィが発病してから命が尽きる最後まで頑張る姿を見せてくれたことも、

症状の進行がとても速くて、もう本当に一緒に居る時間が少ないとわかった止められない時間、わずかしかない時間を一瞬一瞬ルヴィを感じながら一緒に居られたことも、

その間ルヴィが私と見つめ合いながらその大切な時間を過ごそうしてくれたことも、

あまりにも大切な愛を感じる時間でした。


愛する存在だったから苦しかったし悲しかったし切なかったし愛おしかった。
言葉で表現できない想いがそこにたくさんあった。

こんな感情で愛を感じたくはないけれど、でもとても愛してたから感じている感情なんだと思いました。


それに気づかせてもらったこと、そんな時間を過ごさせてもらったことに、本当に言い表せない思いです。


ルヴィの命が私の人生に重なってくれた時間は、本当に私にとってとてもとても大切な宝物でした。



  ルヴィ、とってもとっても愛してるよ。
  出会ってくれて本当にありがとう。
  いっぱい愛をくれてありがとね。
  絶対にまた会おうね。

ルヴィの最後が近づくときに何度も伝えた言葉。


今はまだ、ここにルヴィがいない事が寂しくてたまらないし、たまにちょっと苦しい。
けれど、ルヴィがいてくれて豊かになった私の人生を大切にしたいと思います。



今どんなに悲しくても、出会えた感謝を覚えていても、いつしかルヴィがいない日々にも少しずつ慣れて、今こんなにも感じているこの感情や気持ちが薄れていってしまうかもしれない。

だから、ルヴィとの今までの時間、最後の1週間、特に最後の15時間のすべてを覚えておきたくて、そこで感じたことを忘れたくなくて想いを残しておきたいと思いました。



最後に、気にかけてくださった皆様、本当にありがとうございます。

後悔しない1日を☆

今日1月7日、三浦海岸では早朝におんべ焼きが行われました。



「今年は久々に行こう!!」


と思っていたのに、
本日朝、速攻アラームを消していた私…。


昨夜遅くまで起きすぎていて起きられなかったのです。



再び目覚めた時、
まず後悔しました。

なぜ起きなかったのかと。



正直、昨日の夜からわかっていたかもしれない

もう明日はムリだと…


いや、眠るときには結構諦めていた自分がいました。



行こうと思ったキッカケを考え、
それを
「別にいかなくても良くない?」
の自分と戦わせたのです。


結果は、

最初から「やっぱりやめよう」を決めての戦いをしてたので・・・


勝ったのは眠る自分でした。




眠ることを優先させた自分も、
結局自分の幸せを求めていたから、
選んだ答えは『間違い』ではないのかもしれません。


だけど、『後悔』はあるんですよね。



たぶん、一番大切にしたい自分を大切にしなかったから。




当初の予定は

 おんべ焼を見る→そのままジョギング

でした。


ちょっと諦めていた理由としては服装で…


私の中で、おんべ焼きを見ている服装と
ジョギングをしている服装では
ちょっと同じではいられない感じがして
想像のなかでさよならをしたのです。

(寒さとかの問題で…)


でも、そんなことは当初からわかっていること。

「やろうとしたことを選ばない理由」は、
見つけようと思ったら、なんとでも見つけることが出来るんですよね。


結局やらなかった自分を正当化する理由が欲しい。
 

それを見つけて安心するのだけれど、

それ以上にそれをしなかった自分が大きく後悔している。


ということは、

本当は、とってもしたかったのかもしれない。


もしくは、

「今度はするよ!」
と決めた自分を裏切ってしまった気持ちが大きいのかもしれない。



何かをすることが大切なわけではもちろんなく、

だけど、自分が「よし!やろう!」と決めたことをしてあげない時、
思った以上に自分へのダメージは大きいんですね。


自分の気持ち、行動を一番見守っているのは、
やっぱり自分なんですね。



年始から自分をガッカリさせてしまいました。

が、
ちょっと深くガッカリ後悔したので、
自分の状態を整えて、
自分の選択に後悔しない1日1日を過ごし、

 

そんな日々の積み重さなった1年にしていこうと思います☆

 

 

皆さまも、

したいことをして、後悔しない1年にしてくださいね☆

 

 

 

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自分にとって本当に大切なこと

2026年の目標などありますか?

どのように生きたいとか。

今日は新年初の満月☆

満月も美しくて
素適な1年の始まりです♪


皆さま、2026年どんな年にしたいですか?



私は『丁寧に生きる』がこの1年大切にしたいこと。

そして、

『自分自身を大切にする』

を日々忘れないで過ごすこと。



私には
「面倒くさいからまあいっか」
というとっても良くないクセがあります。

さらに、
時に目の前のかりそめの「楽しい!」に飛びつき
本当に大切にしたいことを疎かにして
後に後悔することも多々ありました…。



そんな日々、そんな事を何度も経験して
日々は思った以上に早く過ぎて行ってしまうことに
ほ~んとに気づく最近。


日々を重ねれば重ねるほど、
年を重ねれば重ねるほど
思った以上に早く時が過ぎていく。



『自分にはどんな可能性があるのかしら?
 自分の可能性を開きたい!』

そんな思いがあっても、


「今はちょっと休憩…
 明日から頑張ろう!」

にしてしまうと、

まずやりたいことが始まらない。
始まらなければ、それがどのように変化していくかもわからない。

だから夢がなんらかの形になる日がやってこない。



それって、いつまでも
『夢』を持ちづつけることはできるかもしれないけれど、

気づいたら、
「あれ?ちょっとスタートするには思ったより年齢が…」となってしまい、
結局諦めてその日はいつまでもやってこず夢で終わってしまうかもしれない。



自分にどんな可能性があるんだろう?
私は本当はどんな生き方をしたいのかな?

本当に本当に自分を大切にして生きたい


そう考えたら、

目の前の「『今』をどう過ごすか」を大切にするしかない。



自分にとって大切なこと

をちゃんと考えて過ごす1年に。


そして、1年後、
大切にしたからの今だね☆

と、自分を今より好きになっていたいなと思います☆

 

 

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自分を信頼して可能性が開いていく幸せな1年になりますように☆

新年明けましておめでとうございます♪
今年もよろしくお願いします♪♪


初日の出は毎年海岸で迎えているのですが
今日は起きた時から海が雲に覆われていました。


初日の出、見ることが出来るかしら?

と思いつつも、海へ。


雲が本当に多くて、
やっぱり日の出の時間には太陽が見えず。

まあ、雲の多さを見たら想定通り。


でも、あの雲を超えてくれたら、
雲の合間に太陽が見えるかも!

と雲の多い、それでも美しい空を見ていたら
雲の上に太陽が♪♪



初日の出を見ながら毎年思うこと。


太陽が現れる瞬間って、
本当にエネルギーが変わる。

その瞬間表現できない幸せを感じて、
寒くても見に来て良かったといつも思います。



映像や写真を撮ったけれど、
まあ、私の携帯が古いということもあり、
やっぱりその美しさは映しきれない。


残すことができないから
今感じているこの景色、この感覚を
今ここにいる自分の中に残すしかないんだなぁ。


自分の人生で経験するってだから大切なんですね。
とても美しかったです☆


雲の多かった今年の初日の出。


人生も雲に覆われていて計画通りに行かなかったり、
この先どうなるかがわからなく感じることがあるかもしれない。

でも、雲のその先にはすでに光あり、
その光はいつでも私たちに届く準備が出来ている。

だから雲に覆われていても、太陽が現れることを信じているか
そして、それを見るための行動をしているかどうか。

それが美しい景色、望む景色を見るために大切なんですね。


初日の出を見ながらそんなことを感じました。



2026年、皆さまにとって自分を信頼して可能性が開いていく
とても幸せな1年になりますように☆

 

 

 

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