自転車世界横断!!TERU-TERU project-München01

ザルツブルグから西へ進みドイツへと入国した。

この1ヶ月で7カ国目の入国を果たし突き進み、
我ながらハイペースに進んでいる事を実感する。

ザルツブルグからミュンヘンまでのルートは大きく2つあるのだが、
地図を眺めていると『ローゼンハイム』と、言う町があり、
「名前が素敵だ。」と、言う理由だけでその町を経由した。

天気は良好で、ただただ伸びる細い道路をミュンヘンに向かい走る。

気温もこの季節には似つかわしくなく暖かく、
久しぶりに顔を出した太陽はしばらく空に浮かび、
特に何のストレスもなく、景色を楽しみながら、
途中の小さな町に何度も立ち寄り走った。

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『ミュンヘン』はバイエルン地方の中心地であり、
ドイツ南部の最大都市でもある。

街の規模は巨大で、人と物が町中に溢れている。

何不自由ない生活がそこにあり、
まさに先進国の日常が営まれている。

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BMWの本社ビル

ザルツブルグで知り合った日本人に教えてもらった宿に入り、
今後の予定をゆっくり慎重に考える事にした。

ヨーロッパはもうすぐ本格的な冬が国中を包み込み、
自転車で旅をするには過酷な状況に置かれる。

ミュンヘンで3日滞在し今後の予定を考えるにしても、
一番気になるのは「天気」についてなのだが、それが難しい。

パリに向かって西へ進む場合、無事にパリに着いた所で、
その後雪が降って八方塞になる可能性がある。

イタリアへ向かう場合、地中海性気候の冬は雨が多く、
移動しようにも足止めを喰らう日々が多くなる可能性がある。

どこか第三国へ思い切って飛んでしまうか?

それはそれで何処に行くか決め兼ねない。。。

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毎日開かれている青空市場には多くの人が集まる。
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ミュンヘンで毎晩飲み歩き、フラフラに酔っ払って考えている時、
「これはやっぱりイタリアへ言ってみようか!」
と、ふと思いついた。

おそらく安くおいしいワインを飲みたいだけなのだろう。。。

雪が降って寒くて動けないよりは、
少しでも暖かい方が良いだろう。

昔から行きたいと思っていた町も数多くあるのし、
おいしいワインも安く手に入る。

もともと今回の自転車旅では行く予定ではなかったのだが、
だからこそ、「これを口実に言ってしまおう!」と、決心が決まった。

アルプスを越える必要があり、公共機関を使っての移動となるが、
行ける所までは自力で進んでみようと思う。



と、言うわけでこれから更に南へと下り、イタリアへ向かう。

どうなる事やら分らないTERU-TERU project自転車の旅。

本当に本人ですら行き当たりばったりで先が見えない。

だからこそ面白い出会いや感動があるのだろう。

そんな希望や妄想をエネルギーに、
今後も世界をペダリングするのだった。

そしてユーロスター第2幕 完。

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↑ミュンヘンから南へ進み、再びオーストリアへ!
アルプス麓の町「インスブルック」を目指します。
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深い霧なのか雲の中なのか分らないまま、
ただただ真っ白に霞む景色の中を漂う。

冷たく張った朝の空気は出発の決心を鈍らし、
それを無理矢理に押しのけてペダルを踏む。


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牧場の景色はどの国にいおいても長閑で広大だ。

ヨーロッパの都市は、首都であっても規模が大きすぎず、
セントラルに機能が集中する為、一度郊外に出たとたんに、
あっという間に緑が広がる風景へと場面が変わる。

地方都市であればあるほど、そのあり方は顕著であり、
教会を中心とした広場を中心に町が広がり人々が住み、
町と町の間には農村風景の中に走る道路と線路があるだけだ。

町を生活の拠点とし、私生活と自然との区別を明確にする事で、
その価値もより明確化され、必要以上に自然を壊す事もなく、
今も多くの緑が残り、昔から変わらない街並みや風景が守られる。

日本を始めとするアジア諸国が急速に発展し、
その姿や文化もまた急速に変化してゆく一方で、
ヨーロッパの時計は、焦る事無く自然のリズムで、
ゆっくりとその針を動かして来たのだろう。

「ヨーロッパの人々は、自然に対する配慮や意識が高い。」
と、よく言われるが、何世代にも渡って受け継がれる、彼らの
ライフスタイルを考えれば、至極当然の事なのかも知れない。

しばらくヨーロッパの農村風景の中を走っていると、
そんな事を考えさせられるのであった。

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リンツの中央広場


標高500m~800mの辺りを何度も上下する道を、
チェコ南部からオーストリア中北部『リンツ』まで下り、
更に進路を南西にとり、ひたすら農村風景の中を走る。

予定ルートの週間天気予報を一通りチェックすると、
しばらくは天気が安定しそうなので一気に前へと進み、
オーストリアとドイツ国境の町でもあり、
モーツァルト生誕の町、『ザルツブルグ』へと着いた。

モーツァルトが25歳まで住んだ町には、
今も音楽が至る所に溢れており、
町には楽器を担いだ人々が多く歩き、
細い路地では誰かがギターを弾き語り、
広場では誰かがクラッシクを演奏する。

そんな町をフラフラと歩いていると、
いつも妙な感慨深さと優越感を感じる。

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くもりガラス越しの光の様に淡い太陽の下、
数週間ぶりに雲の隙間からは青空が覗く。

アルプス山脈に程近いものの『ザルツブルグ』は暖かい。
しかしこの暖かさもそう長くは続かないだろう。

町の南には青い山脈が険しくも雄大にそびえている。

ここで2日間滞在し、また再び西へと進むのだった。

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↑ザルツブルグの宿では二人の日本人と出会いました。
日本人と日本語で話するのが久しぶりでした。今は何処へ?
私は現在ドイツへ入国しています。
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チェコ南部、南ボヘミア地方の小さな都市を目指す。

「世界で最も美しい町」と称される『チェスキークルムロフ』は、
山間を曲がりくねりながら流れる川に、更に絡みつくように佇む。
雄大な自然と都市とがコンパクトに纏まった借景は、
何処を見渡しても美しく、おとぎ話の絵本を切り出した様だ。

世界遺産にも登録されているこの町には、
世界中から多くのツアー客が押し寄せる。

この町の美しさや素晴らしさは、ここを訪れた誰もが認めるだろう。

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13世紀後半に町が作りはじめられ、
何人も領主の交代を繰り返し、
国境線の曖昧な立地の為に、
戦争の度に何度も統治する国が変わる。

建築物もルネッサンス様式からゴシック様式、ネオゴシック様式と、
様々に姿を変えながら加えられ、洗練されていった。

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しかし、その栄華が現在まで変わりなく続いたわけではない。

近代においては、住人の多くがドイツ系であったのだが、
第二次世界大戦でドイツが敗北した事で、
チェスキークルムロフはチェコスロバキアに返還された。

チェコスロバキアのドイツ系住民に対して、
市民権と私有財産を剥奪、没収する政策
(無慈悲政策)が可決されると、
彼等は町を追放され、町は無人化し荒廃した。

1948年の共産主義化により、町は歴史的遺物と見なされ、
その価値を完全に否定され、町は更に荒廃化する。

1968年、チェコスロバキアの変革を目指した『プラハの春』
以降に、やっと町の補修が始まり観光地化が進んだ。

しかし、荒廃化し復興が始まるまでの間に、
町の中心部にはロマ人が住み着いていた。

ロマ人とは北インドのロマニ系の人々で、
移動型民族として世界中に散らばって暮らしており、
ヨーロッパではどの土地であってもコミュニティーが存在し、
一般的には「ジプシー」と、呼ばれる人々の事を指す。

ジプシーはどの土地であっても大抵は迫害されているのだが、
ここにおいても激しい差別が残り、現在でも民族浄化の為に、
ロマ人へ対しての強制断種政策が続いている。

そんな民族問題を内在させながらも、
歴史的価値が世界的に再認識された事で、
町の復興が急速に進行し、1992年にはユネスコの
世界遺産に登録され、更に観光地化が進んでいる。

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レンズが突然壊れたので、持っていたフィッシュアイで撮影。
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町の目に見えるフォルムだけを見れば、
多に類を見ない程の美しさを感じだろう。

しかし、この町の裏側を覗くと、
そんな根強い問題が存在するのだ。

確かに町をふらふら歩いていると、
世界中から集まった観光客の向こう側に、
色の黒いジプシーを見る事がある。

美しい景観の中だからこそ、
余計に彼らが気になり、
複雑な気持ちにさせる。

『チェスキークロムルフ』を、
本当の意味で「世界で最も美しい。」
と、言えるのは、
まだまだ先の話なのかもしれない。

高台にそびえるチェスキークルムロフ城の塔に登り、
町を見下ろすと、その眺めに溜息が出るのだった。

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↑ここに着いてすぐにカメラのレンズが壊れ、
翌日30km離れた町まで買いに出かける事に。。。
現在は更に南下しオーストリアに入国しています。
オーストリアは物価高すぎです。。。