小説を読み進んでいる。ゆっくりと。
イヴィーがVの拷問を耐えて、屋上で雨を浴びて、そしてシャドウ・ギャラリーから出て行くまで。
映画からのノベライズを読む意味や価値があるのか分からない。
小説には、映画で語られない背景や設定が書かれている点では、理解を深める目的のために読む価値があると思う。
また、映画ではワザワザ声に発せられないキャラクターたちの心の声が(主にイヴィーの視点からの描写として)書かれているという点でも、新たな発見がある。でも、この点においては、映画を観て、自分が感じたこと、思ったこと、理解したことそのままでも良いんじゃないかなとも思う。
何が言いたいのかというと、あの場面でイヴィーやVはきっとこう思っていたんだろうな、と自分が解釈していたことに対して、公式な解釈を得られて嬉しいと思うと同時に、押し付けられているような気持ちにもなってしまうからだ。
この作品において私がより参ってしまったのは、小説を読むことで私が映画を観て思っていた以上に、鑑賞的になってしまうということ。
イヴィーがVの元を去るシーンは、映像でもかなりほろ苦い、切ないシーンなんだけど、それをいちいち言葉で書かれるとね、一行一行読み進める毎に胸に刺さる。
自分の中でも、もやっと思っていたことがはっきり文章で書いてあると、そうと分かっていたことなのに、さらにドシンと胸に響くんだ。
昨夜、就寝前にこのシーンを読んでしまった私は、メランコリック全開になってしまい、映画をシーンを思い出してはそこに小説で得た彼らの心情を重ねてため息をつくばかり。眠れなくなってしまう。
あの、Vがジュークボックスから選んだ曲が浮かんでくるんだ。
Vの心の淵の深さを、イヴィーを介して覗き見た気がする。
でも、目が届くよりもっと深くて暗い底知れない闇がそこにはあるんだ。