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A Votary of V4V

映画 V FOR VENDETTA にハマってしまった自分のための備忘録(ネタバレ)


小説を読み進んでいる。ゆっくりと。

イヴィーがVの拷問を耐えて、屋上で雨を浴びて、そしてシャドウ・ギャラリーから出て行くまで。

映画からのノベライズを読む意味や価値があるのか分からない。

小説には、映画で語られない背景や設定が書かれている点では、理解を深める目的のために読む価値があると思う。

また、映画ではワザワザ声に発せられないキャラクターたちの心の声が(主にイヴィーの視点からの描写として)書かれているという点でも、新たな発見がある。でも、この点においては、映画を観て、自分が感じたこと、思ったこと、理解したことそのままでも良いんじゃないかなとも思う。

何が言いたいのかというと、あの場面でイヴィーやVはきっとこう思っていたんだろうな、と自分が解釈していたことに対して、公式な解釈を得られて嬉しいと思うと同時に、押し付けられているような気持ちにもなってしまうからだ。

この作品において私がより参ってしまったのは、小説を読むことで私が映画を観て思っていた以上に、鑑賞的になってしまうということ。

イヴィーがVの元を去るシーンは、映像でもかなりほろ苦い、切ないシーンなんだけど、それをいちいち言葉で書かれるとね、一行一行読み進める毎に胸に刺さる。

自分の中でも、もやっと思っていたことがはっきり文章で書いてあると、そうと分かっていたことなのに、さらにドシンと胸に響くんだ。

昨夜、就寝前にこのシーンを読んでしまった私は、メランコリック全開になってしまい、映画をシーンを思い出してはそこに小説で得た彼らの心情を重ねてため息をつくばかり。眠れなくなってしまう。

あの、Vがジュークボックスから選んだ曲が浮かんでくるんだ。

Vの心の淵の深さを、イヴィーを介して覗き見た気がする。

でも、目が届くよりもっと深くて暗い底知れない闇がそこにはあるんだ。



この映画、見終えたあとに困惑する。

すごく高揚する。

号泣という感じではなくて、
胸の内から何か溢れ出てきて喉が詰まる感じ。

それでいて、心にポッカリと風穴が開いてしまったみたいに寂しくて切ない。

もうワケがわかりません。

The Rolling Stones の Street Fighting Man に救われて、BKAB でまた意識がトランスする!そして放心。


悲しくて切なくて清々しい。

ここで、「あー、良い映画だったな」で終わらないのは、やっぱVのせいだと思う。

この人物があまりにも謎めいていて、不気味でチャーミングで、あんな最期を遂げるからだ。心をすっかり持っていかれてしまう。

思わず銭形警部の名台詞を思い出してしまう。実際、Vはいろんなものを泥棒してますんね。(彼は取り戻しただけのつもりでしょうけど)

すっかり盗まれてしまった!
さすが、Vのやることは抜かり無い。


サントラを注文しましたが、海を超えて私の手元にまで届くにはまだ日数がかかりそう。もちろん、Vが命を掛けて正した英国からのインポートにしましたよ!!



そのイントラには入っていないという、エンディング曲をYouTubeやニコ動で探してみた。印象に残った2曲目。



Ethan Stoller というひとの BKAB という曲です。インディアンテイストの曲ですね。途中で演説が入るやつです、マルコムXともうひとりはグロリア・スタイナムという人のだそうです。



ヒンディー語なのだと思いますが、女性ボーカルとテンポの良さがなんとも癖になる。iTuneで150円だったのでさっそくDLしました。サントラにも入ってたら良いのにね。



サントラは何が入ってるのかろくに確かめずに注文したけど、イヴィーが再びシャドウ・ギャラリーにやって来たときの Cry me a river と、イヴィーが去るときにVがジュークボックスでかける I found a reason という曲は入ってるそうです。やったー。待ち切れなくて、YouTubeとかで聴いております、仕事中も落ち着く!。てかイントロの時点で涙出そうになって仕事どころじゃなくなるからヤバイ。

もちろん、チャイコフスキーの1812も入ってるみたい。楽しみだー。

このブログは、私のその時その時の想いを書き留めるためのものなので、取り上げるシーンの順番とかはもうぐちゃぐちゃです。いつか、時系列で書き連ねてみようかな、長くなりすぎるな絶対…

この映画はもう5年前に劇場公開されたものだけど、未だに2chではスレッドが生きているようだし、愛されているんだなーと思うと嬉しいです。私も何年経っても同じ気持ちでいたい。


さて、一人ひとりの自由と個性を奪還するために立ちあがるVが、その顔には仮面を着けているというのは滑稽なもんだわ?とも思いました。仮面には表情がなく、大量生産が可能という意味で無個性の象徴とも言えませんか。

その仮面を着けた男が、政府を相手にひとりで挑むという構図は、政府がそれまで完全に抑圧し得ていたと考えていた「没個性な国民たち」からの反撃を意味しているのかなーと思います。あのマスクが、焼けただれた顔を隠すためだけのものではないことは、映画を観た人ならば誰にでも分かることですね。

仮面で姿を多い隠しているテロリスト。
BTNは当初はマスクの男を卑怯者呼ばわりしていますが、最後にはそのマスクを着けた群衆にのみ込まれてしまう。

声を発せず、武器も携えず、ただただ前に進み続ける群衆に、完全網を引いていた軍隊が手出しできずに埋もれて行くシーンはものすごいカタルシスを感じますね。
革命なんだ。
血が流れない。
怒号もない。
ただまっすぐ歩くだけ。

ああ、Vの意思が、こんなにたくさんの人に引き継がれたんだね、って思うと涙が滲みます。このシーンをVの絶命後にしてくれたのは、感傷的になり過ぎる私の心のためにもとても良かった、希望に満ちたシーンですもんね。

議事堂を見つめる。
同じマスクを着けているのに、みんな顔が違って見える。

爆破、そして花火。

一人ひとり、次々にマスクを剥いで素顔を晒すシーンではまた涙腺が緩みます。
だって、みんなあまりにもまっすぐな目をしている。ゴードンやヴァレリー、眼鏡の少女や、ドミニクや老人ホーム(病院?)のお爺ちゃんの姿も。たまらないですよね。(なぜ死んだ人があそこにいるのか?と疑問を持つ人がいるようですが、まったくもって無粋な質問だと思います。)

群衆の顔は笑ってない。
誰かが達成してくれた革命をただ喜んでいるんじゃない。
この国のためにVがしてきたこと、Vに奮い立たされてきた1年間、これから待ち受ける試練や困難、二度と同じ過ちを繰り返してはいけないという決意、すべてを見つめているのではないでしょうか。ここでもし、「やったー!Vありがとー!!往生するわー!」だったら大変に興醒めですもんね。

それにしても、Vはたった一人でなんてことをやり遂げてしまったのでしょうか。
Vがしたことはキレイごとばかりではないけど、それでも、こんなヒーローは見たことが無いです。

本当に愛すべきキャラクターです。



少しずつ、ゆっくりと小説を読んでます。

Vフォー・ベンデッタ
株式会社竹書房

今はもう絶版なのでしょうか、ネットで探す限りどこにも在庫が無かったのでAmazonのマーケット・プレイスで買いました。中古。本来は700円の代物ですが、3000円以上しましたよ!ボリやがる!でも買っちゃったけど…大人だなあ私。

これは映画のノベライズ本であります。映画のシーンからいくつか、またイメージボードみたいなイラストが付いてます。

原作のコミックスと映画では異なる点もいくつかあるのだけど、小説の内容は映画と同じ。

ただ、映画では語られていない設定が書かれていますね、デリアとVと、スカーレット・カーソンを繋ぐエピソードとかね。小説では、原作通りにヴァイオレット・カーソンとして登場しますしね。あと、Vが古典の引用をするセリフでは、それがどの作品からの引用なのか説明が入るのも嬉しいですね。

映画を観ているだけでは分かり得ない情報を得られるので、映画の補完として読むのが良いと思います。

ただ、日本語訳が少々直訳気味で、硬い。ぎこちない日本語になってますね。だから、いきなり小説から読んじゃうと変な風に感じるかも。まあ映画から入る人がほとんどだろうから問題ないでしょうけど。

ほんと、すごい直訳調なので読んでて違和感があるんだけど、映画版に心から陶酔している私には、「英語ではこういう言い回しだったんだな?」と、元の英語表現を想像することができて、逆に良い感じです。そこまで計算してこの直訳調というなら、ほんとグッジョブです。

というかね、DVDの字幕はたまーに間違ってると思うんです。耳で聴く英語と目で見る字幕が合わなくて、アレ?と思うところが数カ所あり、でも私の英語力なんて中学生並みなんで自信が無かったのですが、この直訳調の小説を読むと、やっぱりこう言ってたんじゃないのー?!って思えるところがありました。

まあそんな感じで、小説を読み進んでいます。今はデリアの日記の内容を追ってるところ。Vがラークヒルを爆発しましたよ~。この頃からVは爆発好き?というか爆弾作りが得意?かなり手先が器用ですよね。収容される前は何をしてたのか、何故ラークヒルに収容されたのか。気になるねえ、気にしてもしょうがないのにねぇ。