年末に母が亡くなった後

不思議なことがありました。



《 その1》


霊的な現象はよく電気系統にあらわれる

と聞いたことがあります。



その日  実家で
雨戸を閉めていた息子が突然

「母さん  今 テレビつけた?」

と聞いてきた。



私はその時  
台所にいて 夕飯の準備を始めたところ。


だから もちろん 
テレビなんてつけてない。



息子 

「おれも今 リモコン 触ってない!」




でも テレビはついている。



画面を見ると 
何か動物番組だったようで
かわいいネコちゃんが映っていた。


結論!

「ばぁばが観たくて 
   テレビつけたんだろうね音譜



実際  ちょうど
母の遺影がテレビ 観てました爆笑




《 その2 》


父はずっと足の痛みがあって
ただ歩くのにも苦痛を伴っていました。


病院で診てもらい  原因はわかったけれど
それを根本的に治すには手術が必要で
でも受けたからといって100%完治ともいえず
痛み止めの薬を飲む にとどめていて。



それが 母が亡くなった日を境に
ピタリ!と足の痛みが無くなったそう。



中断していた散歩も再開。


痛みなく歩けることと
近くの公園の清々しい空気がとても嬉しいよう。


ペースは遅いながらも
毎日  歩きに出かけるようになり

「きっと ばぁばが
   痛いのを持っていってくれたんだろう

と言っています。



これは 

「怪」 というより 
「快」 だけど !



〜  宇宙人くん  〜  おばけくん  〜 バイキンくん 〜



もう30年も前のこと。


一緒に住んでいた祖母が亡くなった後
しばらくして 母が
こんなことを言っていたの。


「さっきね  なんだか 
   おばあちゃんが外にいるような気がしたから
   ドアを開けてきたの。
   中に入れるようにと思って。」



その時  私は
怖いとも 変だとも思わなくて

「へぇ  そうなんだ」

と言っただけ。



日夜 神棚や仏壇に手を合わせていた
祖父母の影響もあったと思うけれど
見えない存在は幼い時から近くにあって

(おばあちゃん 来たんだ)

と何の不思議もなく そう思ったんだよね。




母は生前
通常の医療認識を飛び越えて
尋常じゃない生命力を発揮し
まだ身体がある内から 
あの世とこの世を行き来していたみたい。



亡くなっている祖父母たちがよく話に出てきて

「さっき 一緒に散歩してたの〜♡」

なんて言っていたし。


自力では歩けず  車椅子なのに。



妄想と言ってしまば そうなのだけど

・バーベキュー
・お花見
・運動会
・山登り

などなど

「美味しかった!」
「夜桜がキレイだった☆」
「走ったから疲れたー」
「天気が良くて気持ち良かったぁ♡」

なんて ベッドの上で
まるで体感したかのように話していたのよね。



身体がなくなった今なんて
それはもう自由自在に飛び回り
あちこち出没しているに違いない。
  

そりゃ  観たいテレビも勝手につけるだろう 笑




母は認知症だったので 
自分の現状を把握できなかったけれど
晩年を思い返してみると

不都合な現実は身体が一切受けつけず
自分に都合の良い思いだけを
素で受け容れて 楽しんで
幸せに生きていました。



病気が6つあったって
全く痛みは出なかったし

数値が「危篤状態」でも
何食わぬ顔で復活したし


「サイコー!」
「絶好調!」

が口グセだった母。



その大いなる楽観性が
苦痛となるはずの現実を吹き飛ばした

と私は感じています。



何を自分の中に置くか

が大事なんだろうね。




母も認知症じゃなかったら
病気のことを考え続けて 落ちこんで
塞ぎこみの最晩年だったかもしれない。


だから  私も家族も  
母の認知症はギフトだった と思っています。




現実をものともしない

「こんな生き方もあるのよ〜」


母はその生き様で教えてくれました。



これが1番の「怪」「快」だったかも。






母はこれからも
私たちのそばに来るでしょう。


特に  美味しいもの食べてる時 なんかね。


「あ  ソレ  一緒に食べたーいドキドキ

ってね。




お供えって
仏様にあげるだけじゃなくて
一緒に食べたい思い なんだろうな。



大好物
母と一緒に食べている気がします。





ちょうど26年前の写真

母が抱いているのは生後間もない息子


きっと強力に これからも
家族を守護してくれるでしょう